TS転生オリ主、シンオウ地方でニンジン農家始めました。

9.ゲン

 ある晴れた日の昼下がり、わが農場に竹馬の友であるモモちゃんが訪ねてきた。

「やっほーイクハ」
「久しぶりだなー」

 モモちゃん、俺が前世の記憶を取り戻す前からの親友で、(関係としては)女同士ともあって俺の男っぽさを見せられる数少ない相手である。
 さすがに前世が男であることは墓場まで持っていくつもりだから話してないが、俺が「俺」という一人称で話せるのはポケモン達とモモちゃんくらいだろう。

「前にあったのっていつだっけー?」
「んー、リオの卵もらった時?」
「いやいや、その後もあっていっしょにポケモンコンテスト出たじゃない」
「アハハ、ソンナコトオボエテナイナー」

 あのフリフリのドレスを着せられた時のことは思い出したくもない。

「あとは……思い出した。朝っぱらから「生理が来たー!」って呼び出されたこともあったし。あの時私ヨスガシティにいたのに、2時間くらいかけて、ナギサシティまで行ったんだから」
「あー、その節はどうも、ご迷惑をおかけしました……」

 なんというか、モモちゃんの前では大変お恥ずかしい姿を見られる機会が多かったな……。
 やっぱり素で接せられる相手というのは、ついつい頼りがちになってしまうものだ。

「リオも、ほかの子たちも元気してる?」
「うん、ほらみんな出ておいで」

 ボールからミミロップのみみちゃん、フワンテのふわちゃん、ムウマージのメア、ルカリオのリオ、ガブリアスのガブさんを出す。

「あれ、むったんは?」
「言ってなかったっけ?」

 ムクホークのむったんは、俺がトレーナーを卒業するときにツバサに託したのだ。

「リオ、元気だった?」
『ああ。姉さんも元気そうで何よりだ』
「もうすっかり大人っぽくなっちゃって。最初観たときはこーんなだったのに」

 そりゃ卵だしな。
 てかなぜモモちゃんは「姉さん」って上に見てるのに、俺のことは「イクハ」って呼び捨てな上、下に見てるというか、護る対象みたいな扱いなんだろう。

「そりゃ、イクハはちっちゃくて可愛いからね」
「解せぬ」

 少なくともリオより三十㎝は背高いぞ……?

「そういえばイクハ、ゲンさんとはまだ連絡とってるの?」
「は、はぁっ!? そんな訳ないだろ!!」

 あの人とはあれっきり……あいや、リオが卵から孵ったときとか、リオがルカリオに進化したときとか、トレーナーやめて農家始めたときとかくらいしか連絡とってないし!!

「うわー……」
「な、なんだよ……」

 そのジト目はなんだ。俺にやましいことは何もないぞ。

「相変わらずわかりやすいというか……初めて会った時からぞっこんだったもんねー」

 モモちゃんは呆れたような表情で思い出を語り始めた。





 今から数年前、俺がトレーナーとして旅をしていた頃、たまたま立ち寄った鋼鉄島でモモちゃんと久しぶりの再会をしていた。

「うわひっっっしぶり!」
「ほんとにな! って、なんでモモちゃんこんなところに?」

 なんでも、ポケモンコンテストでは美しさはもちろん、強さもなければ上位には行けないらしく、ポケモンと自身を鍛えるために来たらしい。

「夢に向かってがんばってるんだなー」
「もーやめてよ! ただしたいことしてるだけなんだから!」

 十歳で就職する気にもなれず、猶予時間を得るためにポケモントレーナーをしている俺からしたら眩しすぎる。

「どうする? 早速中はいる?」
「そうだなー、せっかくだし一緒に行こうか」

 そうして俺たちが鋼鉄島の洞窟に足を踏み入れようとしたその時だ。

「ちょっと君!」
「ん?」

 背後から声をかけられ、立ち止まる。
 モモちゃんと振り返ると、男がいてこちらに向かって歩いてきていた。

「あらやだ、ファンかナンパかしら」

 なんかモモちゃんがほざいておる。
 男は……年齢不詳で整った顔立ちをしていて、青い服とシルクハットを身に着けている。
 20代前半か……いってるとしたら30代後半くらいだろうか。
 なかなか不思議な雰囲気を纏っている。……なんていうか、ぶっちゃけものすごいイケメンだ。

 男はまっすぐに俺たちの方に来ると、そのまま俺の目の前で立ち止まった。

「君、名前は?」

 おう、最初に声をかけられた時には気付かなかったが、こう、耳をくすぐるような優しい声をしている。「いや私じゃなくてイクハかーい!」などとモモちゃんが言っているが、耳を素通りした。

「い、イクハです……」

 なぜか異様に口の中が乾いていて、少しどもりながら答えた。

「イクハ、か……私はゲン。ここでよく鋼タイプのポケモンについて研究しているんだ。君は?」
「あー、モモです。はい」

 一通り自己紹介を済ませると、何やら顎に手を当て考え込むゲン。
 サッと風が吹き、ゲンさんの少し長めの髪を撫でる。
 前髪の隙間から、透き通るような蒼い目が覗いた。

「(ふむ。不思議な波動をしているし、もしかしたら……)」
「あ、あの……?」
「ああ、すまない。よかったら君たち、少し私の研究に付き合ってくれないかな」
「いやぁ、私達「わかりました!」ってイクハー!?」

 何やらモモちゃんが断ろうとしたので慌てて是と答える。

「ちょちょちょ、ちょっと待ってくださいね! イクハこっち来て!!」

 そしてモモちゃんに岩の陰まで引っ張り込まれた。

「ちょっとイクハ! あんたどうしたの!?」
「え、な、なにが……?」

 え、なんで俺問い詰められてるの?

「いやいやいや、あんた様子おかしいから……」
「そんなことないけど……」
「いや、イクハって普段もっとこう、警戒心強いというか、慎重というか、知らない人にはホイホイついていかない質でしょう!?」
「そりゃまあ……」

 小さな子供が悪い大人からしたら格好の的になるのは、同年代の子たちよりわかっているつもりだからな。

「じゃあなんであの人には着いていこうとしてんの?」
「え、えっと、あの人は多分いい人だし……どこかで見たことあるような気がするんだよね……」
「えええ、ほんとぉ……?」

 すごく朧気ながらなんだけど、遠い昔に見たことがある……気がする。それこそ前世とか。
 まさかそのことを言う訳にもいかず、あいまいな説明しかできない。

「うーん…………イクハの好みのタイプはわかったけど、でももうちょっと警戒した方がいいんじゃない?」
「何の話!?」

 なんだ!? ノーマルタイプか!? ミミちゃん好きだし。

「そうじゃなくて。昔から男っぽくて、男に興味ないのかと心配してたからそういう点では安心したけど、逆に悪い男にコロッと騙されないか不安だわ……」
「いやそういうんじゃないし!!」
「そういう割にはさっき声上ずってたし、明らかに警戒心薄いし……」

 それは口が乾いてたからたまたまだし、警戒心薄いのはたぶん前世の記憶で~なんて言っても話がこんがらがるだけなので、とりあえずそういうことでいいよ……と話を収める。

「とりあえず、せっかくだから手伝おうよ」
「あーはいはい、わかったわよー」
「な、なんだよその投げやりな感じ……」
「なんでもないって。ほらいこ」

 今度は背中を押され、再びゲンさんの前へ。

「おかえり……それで、答えは?」
「ぜ、ぜひ……そんなお役に立てるかはわからないですけど」
「そうか! よかった。助かるよ」

 そうして俺たち三人は、洞窟の中へ。



「昔はそれなりに栄えた鉱山だったけどね、今は鋼も採り尽くされたのか、ポケモンしかいないよ」
「へぇぇ……すごい詳しいんですね」
「それほどじゃないよ。知らないことは山ほどあるさ」



「鋼ポケモンを使うポケモントレーナーが鋼ポケモンと闘うのは……自分と闘うようなものかな」
「なるほど……言われてみれば、同じタイプ相手だと決め手もないですし、なかなか厳しい戦いになりますよね」
「そうだね。他人によりも、自分に勝つのが難しいから」

 こうして歩きながら話していると、やはりどこかで見たという感覚が自分の中で強くなっていくのを感じた。

 途中野生のポケモンが出てきたときは、ゲンさんと俺、俺とモモちゃんのタッグでバトルすることもあった。
 ──モモちゃんは「思ったより野生のポケモンのレベル高いし、控えておくわ」といって後半は俺とゲンさんの二人で闘ったが。

「ほら、これで元気になった」
「あ、ありがとうございます! よかったねみみちゃん」
「ロォルゥ!」
「よかったねーイクハ」
「え、なにが?」
「なんでもない」

 なんかモモちゃんからずっと白い目で見られてる気がする。なぜだろう。

 ゲンさんは鋼タイプのポケモンを倒した後に紙に何やら書き込んだり、戦いの跡や、ポケモンがいたらしいところの砂を袋に入れたりとしている。
 そうやって集めた情報を持ち帰って研究するらしい。

 そして最深部へたどり着き、今度は来た道を戻って出口へ。
 ──そんな帰り道、事態は大きく動いた。

(後編へ続く)
			

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