TS転生オリ主、シンオウ地方でニンジン農家始めました。

10.ポケモンの卵

 たまたま立ち寄った鋼鉄島で、ポケモンコーディネーターを目指して旅をする親友のモモちゃんと再会した俺は、声をかけてきた男、ゲンの「鋼ポケモンの研究」の手伝いをするために三人で洞窟へ向かった。
 実力者のゲンのおかげで比較的気楽な探索となり、特に何事もなく最深部へたどり着くことができた。

 しかしその帰りのことだ。
 出てきた野生のポケモンに、ゲンが今までと同じくルカリオを。俺はムウマージのメアを出した。

「ルカリオ、波導弾!」
「っ!」

 ──波導弾。ゲンさんとタッグを組んで初めて使われたその技名を聞いた瞬間、俺の脳内に電流が走った。

「ヴルォオ!!」

 ルカリオの掌の前に青い弾が形成される。

「ガネェイ゛!!」

 そして襲い来るハガネールに向かって発射。破裂を伴って炸裂した。

「イクハ、いまだ!」
「っ、はい! メア、シャドーボール!!」
「ムァア!!」

 のけぞりひるんだハガネールの顎の下に、メアの放ったシャドーボールが直撃した。

「グ、グァァァ……」

 戦闘不能になったハガネールは土煙を上げ、一瞬にして小さくなってどこかへとその身を隠した。

「ふぅ、ナイスシャドーボールだったよ」
「あ、ありがとうございます」

 戦闘が終わり、ねぎらいの言葉をかけてくるゲンさん。
 俺は先ほど思い出した記憶について、話してみることにした。

「あ、あのゲンさん……ちょっと聞きたいことがあるんですけど」
「うん、なんだい?」

 あ、こらモモちゃん、なにかを察したような顔をして離れていかない! それ勘違いだから!

「あの、アーロンっていう名前に聞き覚えはありませんか?」
「アーロン……」

 俺が思い出したのは、前世に観たポケモンの映画だった。
 「波導の勇者」そう呼ばれた英雄と、その相棒のルカリオの儚く切ない物語。

 ゲンさんの姿は、その英雄アーロンとあまりに酷似していたのだ。
 すぐに思い出せなかったのはもう十数年以上昔の記憶であることと、それから観たのはあくまでアニメーションで、こうして三次元で見る顔とは印象がまるきり違ったことが原因だろう。

「よく「波導の勇者アーロンと似てる」とは言われるね。昔カントウ地方のロータという町に行ったときに彼の肖像画を見たが、確かに私によく似ていた」
「(っ! この世界にもアーロンはいたんだ……)」

 ポケモンは……前世で創作物として扱われていたポケモンは、それ故メディア媒体によって設定が矛盾していたり、そもそもその設定がなかったり……「主人公」と呼ばれる存在によって大きく話が変わっていたりする。

 だからこの世界では存在しない人物や組織、歴史があったりしたのだ。
 しかし波導の勇者が実在したとは……。

「実は私も彼と一緒で、波導を使えるんだ」
「波導をですか!?」

 波導使い。そう呼ばれる人種は多くはない。
 眼の前にこうしている事自体が幸運だ。

「と言っても、歴史で語られる彼ほどではないけどね。もしかしたら遠い先祖なんじゃないかと思って調べたこともあったが、詳しいことは何もわからなかったよ」

 もうほとんど覚えていないけれど、映画で描かれるアーロンは、はどうポケモンであるルカリオに波導使いとしての訓練をさせるほどの波動使いだったはず。
 当時の戦乱の世と、今の平和な時代では、訓練の必要性も大きく変わってくるからだろう。

「そうなんですか……すみません、突然変なこと聞いちゃって……」
「気にしないでくれ。……あぁ、じゃあ。私からも一つ聞いてもいいかな?」
「はい……へ、あ、あの?」

 ゲンさんは一歩こちらに距離を詰めてきて、身をかがめて顔を寄せてきた。

「ちょ、げ、ゲンさんっ……!?」
(うわ、眼蒼くて綺麗……)

 錯乱してそんな場違いなことを考えていると、ゲンさんは小声で尋ねてきた。

「君は……一体何者なんだい?」
「っ……!」

 顔に集まっていた熱が一気に引く。
 
 何者。どういう意図の質問なんだ。分からない。どう答えるのが正解なんだ。

 ゲンさんは続ける。

「私には波導を感じる能力がある。君の持つ波導は……今まで一度も出会ったことのない不思議なものだ」
「そ、れは……」

 先程までとは違う意味で鼓動が跳ねる。
 言い淀んでいると、全てを見通すかのような蒼い目がまっすぐに俺を貫く。
 思わず、息をすることも一瞬忘れて────。

「……なんてね」
「へ?」

 そう言って、ゲンさんは一歩離れた。

「これこそ、いきなり失礼なことを訊いたね。何者かだなんて」
「あ、い、いえ……気にしないでください」

 するとゲンさんはポンと俺の頭に手を置き、困ったような笑顔を浮かべた。

「すまなかったね。ただの知的好奇心だったんだけど、私の悪い癖なんだ」
「は、はひ……」
「お詫びと言っては何だが、よければこのポケモンの卵、君がもらってくれないか?」

 そういうと、背負っていたバッグから孵化装置に入れられた卵を差し出してきた。

「ぜひ受け取ってほしい。君との友情の証に」
「え、ええ!? そ、そんな受け取れないですよ!?」

 だってポケモンの卵って、この世界じゃ非常に珍しいものだ。一生で一度目にかかれるかどうか……ポケモンの研究者たちがこぞって欲しがる貴重なものだ。

「実はね、この卵、もうずっと卵のままでね」
「え、そうなんですか?」
「でも、孵化装置のバイタル測定ではちゃんと反応はあるし、中から確かに波導も感じるんだ」

 だから、なんらかの要因が足りなくて生まれてきていないのだろうと思ってね。……その不思議な波導の持ち主である君と一緒にいれば、きっと孵るんじゃないかと思ったんだ。
 そう言ったゲンさんは、だから、と続ける。

「もちろん、無理にとは言わない……君にとって迷惑になるのは分かっているからね。でも、よければ受け取ってほしいんだ」
「め、迷惑だなんてとんでもないです! じゃ、じゃあ……私でよければ」

 そうして、結局俺は卵を受け取ることにした。

「ありがとう! その卵から生まれてくるポケモンに、いろんな世界を見せてあげてほしい」
「は、はい!」

 そして話も終わり、少しした頃、空気を読んで離れてたモモちゃんが戻ってきて(結果的に読めていた)脇腹を肘で突いてきた。

「や~るじゃんイクハ!」
「な、なにがさ……」
「まーたとぼけちゃって。見てたんだから! 恋人いるかとか聞いたんでしょう? それにその後言い寄られてたみたいだし」

突然とんでもない事をヒソヒソ声で言い出したモモちゃん。

「はぁぁぁ!? なんで俺がゲンさんにこっ、恋人いるかとか訊かなきゃいけないんだよ!!」

 俺も極力声を潜めて悲鳴を上げる。

「俺はただ、似た人を知ってたからその人のこと訊いただけだし!!」
「えー! じゃあなに、連絡先も聞いてないってわけ?」
「連絡先はっ! ……向こうから教えてくれたけど。で、でもポケモンの卵くれて、そのこととかで相談があったらって教えてくれただけだし!!」
「え、なにポケモンの卵までもらったの!? あんたそれ絶対向こう”も”気あるでしょう!?」
「へぁっ!? な、ないない!! そんなわけないじゃん! 俺みたいなちんちくりん!」

 ありえない! そう否定すると、モモちゃんはマニューラのような笑みを浮かべた。

「……イクハ、今自分は気があるの認めたね」
「!? ゆ、誘導尋問だーっ!!」

 さすがに大声で叫んだ。



「君たちと一緒にいて、とても面白かった。私もいろんな場所で自分の力を試そうと思う」

 鋼鉄島の港で、船の前で俺たちはお別れをしていた。
 正直まだ一緒にいて色々と話をしたくはあったが、ゲンさんにも用事があるだろうし無理は言えない。
 …………隣からモモちゃんが意味深な視線を送ってくるのもあるし。

「じゃあまた会おう! 気を付けて帰るんだよ」
「はい、本当にありがとうございました! そちらも気を付けて!」

 ────そうして、俺とモモちゃんは船に乗り込み、ミオシティへと帰っていったのであった。





 そんな思い出話を語り終わったモモちゃん。
 対する俺はテーブルに突っ伏してもがくことしかできないでいた。
「も、もうやめて……」
「おほほほほ」
「てか別に、人間としては尊敬してるし、そういう意味では好意は持ってるけど……」

 高笑いを上げるモモちゃんに言い訳がましく反論する。

「それに、まだ恋愛とかわからないし……」
「イクハ……」

 前世は男。今世は女。
 もう生理だって来たし、胸だって大きくなってきている。まあ小さいけど。
 ふとした時に自分は女なんだなと実感することもあるし、別にそれに不満や違和感を覚えることもない。

 でも、どうしても恋愛については分からないんだ。
 正直なところ今更女の裸を見ても何も感じないし、かと言って男の裸を見ても(見る機会はないが)何も思わないだろう。

 そんな宙ぶらりんな状態で恋愛なんて、これっぽっちも考えることができない。

「イクハ……」
「モモちゃん……」

 モモちゃんが優しく肩に手を置いてきた。

「……あんな女の顔しておいてそれはないわ」
「はぁ!?」

 あれ!? 今慰めてくれる流れじゃなかったの!? それに女の顔ってなんだ!? おれそんなかおしない! ゼッタイ!

「あぁぁぁ……なんか、ゲンさん苦手だ」

 またテーブルに突っ伏して頭を抱える。

「はぁ? またなんで」
「自分が自分じゃなくなるみたいで……」
「あーまあ、イクハのあんな顔初めて見たしねぇ……まあツバサには見せないようにしなさいよ?」
「…………」

 そういえば、ツバサともひと悶着あったもんなぁ……。

 イクハ、十五歳の秋、恋に悩む季節です。
			

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