TS転生オリ主、シンオウ地方でニンジン農家始めました。
8.幼女イクハのチートチャレンジ
……これは、俺が前世の記憶を取り戻した頃の話だ。
当時の俺は前世の記憶を生かして、ほかの子より優れたことができるんじゃないかと思い、さっそく色々と試してみることにしたのだが……しかしそのほとんどは散々な結果となったのだった。
まずは言語分野。この世界の言葉は、文字は見たこともない謎の形をしているが、音や文法などは前世の日本とほぼ同じだ。
だから言葉がスラスラしゃべれるかと思いきや、そうもいかなかった。
単純に舌が回らないだけでなく、そもそも言葉が自然と出てこない。
普段、何かを喋ろうとした時、いちいち単語や文法、言い回しを考えて喋るかというと、そうではない。
イクハは、その「無意識レベルで言葉を喋る」ことができなかった。
もちろんちゃんと単語を思い出して、思い浮かべて、それを喋ることはできる。だが長文でなにかを言われたとき、それが音として頭に入ってきて、言語としてはすぐに理解することができなかったり、それに対して返事をするときも、一個一個単語を思い浮かべて、それを口にしていく……文法まで気を回す余裕がないため「あした、おみせ、イクハ、お花、かう」といった感じでしか話せなかったのだ。
次に計算分野。さすがに「1+1=2」くらいならできるが、前世で当たり前のように解いていた繰り上がりのある足し算や、繰り下がりのある引き算、割り算なんかはなぜかちんぷんかんぷんだった。
どうにも、数字を認識すること自体が難しいらしい。掛け算は、九九表を覚えていたのでできたが、それは数字ではなく「にごーじゅう」といった音で認識しているようで、じっさい九九表に当てはまらない掛け算は全然できなくなっていた。
他には料理。前世ではある程度の自炊経験はあったが、レシピに頼らないとすれば「何をどれだけ入れたらこういう味になる」といった感覚が重要となってくる。しかしそれがわからない。
「勘」と呼ばれる能力は、本当は体や脳に蓄積された経験によるシュミレーション能力なのだと思う。
その脳の一部分にしかその「経験」が蓄積されていないイクハは、まったくと言っていいほど料理ができなかった。
……まあ、そもそも危ないからって包丁は握らせてもらえなかったのだけど。
後は運動か。
走る投げる跳ぶなんかは、筋肉が足りていないのももちろん、体の動かし方を脳がわかっていないみたいで、たどたどしかったり、転んだり。
さらに言えば、文字を書いたり、箸を上手に使ったりもできなくなっていた。
これに関しては、普段やっていることを、利き手の反対の手でやってみれば簡単に実感できるだろう。つまりそういうことだ。
というわけで、びっくりするほど転生チートができなかったイクハは、諦めてただの幼児として生活を送っていたのだった。
「イクハちゃん、なにかいてるのー?」
「ミミロルだよ」
「へぇー、なんかちゃいろいねー」
「うぐっ」
子供は正直というかなんというか。
しかし絵も描けないとは……。
なんというか、例えば腕が胴体から突然横に生えているわけでなく、肩から下に伸びているのは分かっている。
そういう点では他の子たちより現実に即しているだろう。
でもどうにも、髪の毛をぐじゃぐじゃとしか表現できないというか、まるで頭の上にカツラを置いたような絵になってしまう。
なぜだ、なぜなんだ……!
「イクハちゃんだいじょーぶー?」
「あ、うん。だいじょうぶ」
いかんいかん、突然頭を抱えて悶えてたらモモちゃんに心配されてしまった。
「ふたりともなにやってるんだ」
「あ、ツバサくん」
「えをかいてるんだよー」
正確に言うとモモちゃんは描いていないが。
「えー、それよりいっしょにあそぼうぜ!」
なんでこの年の男の子って、無理に「だぜ」とか言うんだろうか?
あーいやでも、女の子でも不自然に「だわ」とか言う子もいるな……男女差というより個人差が大きいのかな。
「いいよー」
「なにしてあそぶ?」
クレヨンを片付けながら訊ねる。
「ポケモンバトルごっこ!」
「えー! それよりポケモンコンテストごっこにしようよ~」
おうおう、やっぱり男女でそこは分かれるのかね。
……いや、女性トレーナーだっているし、男性コーディネーターだっているし、これも個人差なのか?
「なあ、イクハちゃんはどっちがいいんだぜ」
「イクハちゃんもポケモンコンテストごっこがいいよねー?」
「ふつうにおままごとがいいかなー……はっ!?」
やばい、上の空で答えてた!
「えー、おんなっておままごとすきだよなー」
「え、あ、いや、そういうんじゃなくて……」
あーえー、確かに前世の記憶が戻る前は、モモちゃんとよくおままごとをしていたけど、別に好きってわけじゃないし!
「まあいいや。おままごとで」
「そうだなー」
あう、決まっちゃった……。
「イクハちゃんはかわいいから、およめさんね」
「え」
「ツバサくんはうちでかってるムックルのやく!」
「えー! まえもおれだけポケモンやくだったじゃん! きょうはおれがだんなさんやくな」
なんだかモモちゃんが仕切り、あれよあれよという間にイクハの配役が決まってしまった。
てかイクハ、ツバサくんと夫婦かよ……。
ツバサくんなー。根はやさしい子だけど、やっぱりオラってるというか……ツバサくんが旦那になったら亭主関白になりそうでやだなぁ。
「おいイクハちゃん、おまえがいいだしたんだから、そんないやそうなかお、するなよ!」
「あーごめんね」
子供って妙に鋭いよね。
こら、そこ。「表情に出やすいだけじゃ」とか言わない!
「えー、じゃあわたしもおよめさんね」
「いいぜ」
「いいのかよ」
まさかの、弱冠四歳にしてハーレムの主かよ。この地方って一夫多妻制じゃないよな……?
「ただいま」
「おかえりなさい」
「お、おかえりなさい」
「ごはんにする? おふろにする?」
「じゃあおふろで」
「いってらっしゃい」
「いってきます」
そして何の合図もなく唐突に始まったおままごと。
なんと早々にツバサくんがお風呂(家と決めたスペースの端っこで寝っ転がってる)で脱落。
モモちゃんと二人で寸劇をすることに。
「イクハちゃんはごはんつくってね」
「う、うん」
俺はおもちゃ箱からお料理セットを持ってきて、積み木を切ったり焼いたりするふりをする。
「モモちゃんはなにしてるの?」
「テレビみてる」
「おい」
フリーダムかよ。
てか特にそれ以上の掛け合いもなく、ツバサくんは横になったままだし、モモちゃんはテレビ(俺が描いたミミロルの絵)を眺めてるし、俺は積み木を延々といじり続ける謎の空間が出来上がった。
ほんと子供って自由だな。これ面白いのか???
するとさすがに二人とも飽きたのか、モモちゃんがツバサくんを呼んで、突然宣言した。
「けっこんしきします」
「けっこんしき」
「じゅんばんおかしくない?」
今までのは結婚式上げる前の出来事だったのか。
さて、あれよあれよという間に、家だったスペースは結婚式場に。
神父(もしくは牧師)もいないし、花嫁二人だけどいいのだろうか。いいらしい。
「おれは、ふたりをずっとあいするとちかいます!」
モモちゃんに促され、そう宣言するツバサくん。
おうおう、ハーレム宣言かよ。
「わたしは、ツバサくんをずっとあいするとちかいます!」
あ、花嫁側はあくまで花婿だけに愛を誓うのね。
……モモちゃんの世界観がよくわからない。
さて、ついに俺の番が来てしまった。
いやなんも、別にただのごっこ遊びなんだから、軽ーく言ってしまえばいいだけのことなんだけど。
どうもこう、素直に子供になり切れないというか、大人になって「愛してる」とか言うの恥ずかしくない? 体は子供だけど。
「イクハちゃんのばんだよ!」
「お、おう…………い、イクハも、ツバサくんをずっとあいすると、ち、ちかい、ます……」
うわああああ恥ずかしいいいいいい!!!! なんの拷問だこれ!?
顔が熱い! あーやめて! 隣で様子を見てた先生、そんな微笑ましそうな顔しないで!! 別にツバサくんが好きで照れてるとかそういうんじゃないから!!!!
「い、イクハちゃん……」
「な、なに……まだなにかあるの……」
俺が悶えていると、モモちゃんがガッと肩を掴んできて話しかけてきた。……そしてそのまま抱き着いてきた!
「やっぱりツバサくんにイクハちゃんはあげない! わたしがおよめさんにもらう!!」
「どういうことなの!?」
もう本当訳が分からない!
「えー! おれがおよめさんにもらうからだめだー!」
「やだー! ツバサくんにはもったいないもん!」
二人に抱きしめられ、身長が低い俺としてはなかなかに苦しい。
「あらあら、イクハちゃんはモテモテね~」
とうとう耐え切れなくなったのか、先生がそう話しかけてきた。
まさか真のハーレムの主は俺だったのか!?
──そんな、とある日のよくある一幕だった。