TS転生オリ主、シンオウ地方でニンジン農家始めました。
5.ふわちゃんとの出会い
ある風が強い日、夕方になっても帰ってこないフワンテのふわちゃんに痺れを切らし、俺は農場を飛び出した。
「ガブさんも、今回ばかりは頼んだぞ」
『俺が組む。』
「お願いな」
唯一言うことを聞かせられるルカリオのリオに、ガブリアスのガブさんに付いてもらう。
人手が足りない……実質4人しかいない。ニャースの手も借りたいくらいだ。
早速手分けしてふわちゃんを探し始める。
「おーい! ふわちゃーん!」
空だけ見てればいいわけではなく、風に煽られて木に引っかかってたり、木々の下にいたりするかもしれない。地面だけ探せばいい歩くポケモンと違ってなかなか厄介だ。
ブワッと、風が髪を引っ張る。なんとなくその方向に向かいながら、俺はふと「確かあの日も、こんな風に風が強い日だったな……」と、幼い日のことを思い浮かべていた。
「……あれ?」
確か、6歳くらいの頃のことだったと思う。ある休みの日、俺はママとハクタイの森にピクニックに来ていた。
お昼にサンドイッチを食べて、しばらく休憩した後。ミミロルのミミちゃんがはしゃいでぴょんぴょこし始めて、俺もそれに付いていったんだ。
途中まではちゃんと道を覚えていたはずだ。未開の森というわけではなくて、ソノオタウンからハクタイシティまでを繋ぐ一般的な通路になっているわけだから。
多少道から外れても、すぐ戻れると思っていた。
のだが……。
「ここ、どこ……?」
まずい。非常にまずい。
前、木々。
右、木々。
左、木々。
後ろ、木々。
上、木々。
「ま、まよった……」
来た道を戻ろうにも、ぐるぐる周りを見渡してる間に、どこから来たか分からなくなってしまった。
俺としたことが、何たる失態!
「ミミィ~♪」
「み、ミミちゃんっ!!」
おおう、思ったより悲鳴混ざりの情けない声が出た。
でもしょうがないじゃん。めっちゃ迷ってるのに、ミミちゃんそんなことにも気付かないでぴょんぴょこどっか行こうとしてるんだもん。
てか足がすくんでしまってる今、このままミミちゃんがどこか行ったら俺は独りぼっちになってしまう。
────ムリムリこわいしんじゃう!!
「うぅっ……」
幼い体に一気に不安が押し寄せてきて、視界が涙で歪む。
まずは冷静にならなくちゃ。
「えっと、こういうときは、まずむやみにいどうしないこと……」
下手に動けば、さらに森の奥へ奥へ進んでしまったり、野生のポケモンの縄張りに入って刺激してしまったりするかもしれない。
あとは何だろう。狼煙を上げるとか?
「み、ミミちゃん、ひのこ」
「ミゥー?」
「だよねぇぇぇ!」
ミミロルは「ひのこ」は覚えない。常識だ。
っていうか、確か狼煙って特殊な技術で、普通に火を起こした時より煙がたくさん出るようになっているらしいけど……もちろんその技術は知らない。
「ど、どうしよう……」
「ミミ~」
焦る俺にやさしくすり寄るミミちゃん。慰めはいらないから妙案を出してほしい。うそ。慰めも欲しい。
くっ、このままじゃらちが明かない。多少のリスクは飲み込んで、道を探そう。
男は度胸! …………男じゃないけど。心は男だ!
「ミミちゃん、いくよ!」
「ミミロォ~!」
~数時間後~
どれくらい歩いただろう。さっぱり道は見つからない。
もう太陽も森の陰に隠れ、空は夕焼け、しかし森の中はすでに薄暗い。
「ビュオォォォォォォ!!」
「ひっ」
今のはポケモンの声? それとも風の音?
ザワザワと、森が騒めく。
それが生き物の気配を消し、まるでこの広い森の中、自分一人しかいないような、そんな錯覚を起こさせた。
見えない恐怖が、着々と精神を蝕んでいく。
そんな時だ。
ザザッ
「っ!」
明らかに風とは違う、何者かによって揺らされた木々の音。
「み、ミミちゃん!」
「ミミッ!」
ポケモントレーナーではないけど、前世ではゲームなどで経験を積んでいる。
俺はミミちゃんを前に出して、今使える技を思い出しながら音のした方を睨みつけた。
そして……。
「ぷわぁー?」
「え……」
木の陰からふわりと表れたのは、一見紫色の風船。
しかしよく見ると、目があるし、風以外の力で動いてもいる。
「フワンテ……?」
「ミミンミ……?」
突然現れたフワンテだが、どうやら様子がおかしい。
野生のポケモンと言えば、人を見れば逃げ出すか、襲い掛かってくるのが常。しかしこのフワンテは、特に敵意を見せるでもなく、かと言っておびえている様子でもない。
「もしかして、誰かの持ちポケモン?」
「プワワン!」
合っているらしい。
そしてそのまま近付いてきて、俺の手を取った。
「ぷわっ、ぷわわっ」
「え、なに? ついて来いってこと?」
「ぷわぁ~」
意外と力が強く、俺はよろけながら引っ張られていく。
ミミちゃんはこの時点でボールに戻した。
はて、もしかしてこの子のトレーナーがトラブルにあっていて、助けを求めているのか……もしくは、俺を探すために派遣されたのかも?
どの道、このままついていけば人に会えそうだ。そうすれば道を聞いて帰れる!
と、ついに希望が見えてきたその時。
ビュワァアアアア!!!!
「ぷわん~っ!」
「ひゃああああ!?」
とつぜん突風が吹き流れ、フワンテと──手をつなぐ俺の体が浮き上がった。
フワリと体が浮き、足が地面から離れる。
「や、やなかんじぃぃぃ!!」
余裕があるのかないのか、そんな悲鳴を上げながら俺は吹き飛ばされていった。
完全に空に飛んでいるのではなくて、俺の重さで浮き上がったり地面に足がついたり。
まるで月の上を跳ねて歩くような感覚が少し面白く感じたのもある。
そのままフワンテに手を引かれふわふわすること五分程。最後にひときわ強い風に煽られ、岩がせりあがったところを越えたところでママの姿が目に入った。
「イクハ!?」
「ママー!」
そして俺の重さでゆっくりと降下していき、最後はママにひったくるように抱き留められた。
さて、迷子になっていた子供との再会の時、親はどういう反応をするだろうか。
泣いて喜ぶ? 泣いて怒る? 案外気にしてない様子?
しかしママが行ったのは、俺を素早く背後に隠し、懐からモンスターボールを取り出すことだった。
「ママ……?」
「イクハ、無事でよかったわ……でもこのフワンテには、すこしお仕置きをしなきゃね……」
「え? その子って、お、わたしを探しに来た誰かのポケモンなんだよね?」
「いいえ……たぶん、野生ね。無駄話はここまで。そのまま動かないでいてね」
ママは鋭い目でフワンテを睨みながら、モンスターボールからビーダル(モコモコしてて大きいビーバー型のポケモン)を出した。
そこまで来て、ようやく俺はフワンテについての前世の記憶を思い出していた。
(そういえば、フワンテってあの世へ子供を連れて行こうとするとか……人やポケモンの魂が中に詰まってるとかって噂があったような……え、まさか俺連れ去られかけてた!?)
そう思うと、途端にさっきまでの体験が怖くなってきた。
そうこうしている間に、ママはビーダルに指示を出した。
「ビーダル! みずでっぽう!」
「まって!!」
「ダビッ!?」
ビーダルが大きく息を吸い込んだ時、なんだか俺はいてもたってもいられなくなり、ママの背後から飛び出してビーダルとフワンテの間に躍り出た。
「イクハ!? 何やってるの!!」
「ちょっと待ってママ!」
確かに、あれが俺を連れ去ろうとしたこうだったとしても、最終的には俺をママの連れてきてくれたことには変わらない。
野生だったら危ないけど、モンスターボールで捕まえて、ちゃんと言うことを聞かせれば、連れ去ろうとしたりはしないだろうし。
それにこのまま痛めつけるだけで野放しにしたら、またどこかで子供を連れて行こうとするかもしれない。
俺は疎い言葉でそう必死に説得した。
フワンテも自分に関わることなのが分かっているのか、特にアクションを起こすことなくじっとこちらを見ていた。
「──つまり、この子をうちで引き取るってこと?」
「う、うん!」
「でも、ミミちゃんと違って野生なのよ?」
ミミちゃんは、育て屋で見つかった卵から孵った子で、最初から人に慣れていた。
しかしこのフワンテは野生。モンスターボールで捕まえたとしても、ちゃんとしつけなければ人に危害を加えてくるかもしれない。
「わかってる。ちゃんとお、わたしがしつけするから」
ミミちゃんの時とは違い、ママの俺を見る目は鋭い。まるで瞳を通して心の内まで覗こうとしているかのような視線だ。
そのまま数十分……いや、そう感じただけで本当は一分も経っていなかっただろうけど、それくらい長く感じる間見つめられた後、ママはふっと力を抜いた。
「ふぅ、分かったわ。でも、あのフワンテが大人しく捕まってくれるかは別問題よ」
捕まえるにしろ、倒すにしろ、もし最初の一回で捕まらないようだったら攻撃する。そう言外に告げられた。
「う、うん。お願い……」
俺が頷くと、ママは空のモンスターボールを取り出した。
そしてスッと息を吸うと、じっとしているフワンテに向かってそれを投げた。
ポーンッ、パカッ、ポトン。
フワンテがボールに収まり、一揺れ、二揺れする。
ドキドキとなる胸に手を当て、じっとそれを見守る。
──そして。
カチッ。
ボールは、動きを止めた。
「つ、つかまった……!」
「はぁ、とりあえず、この子は一旦ママが預かりますからね」
「う、うん」
家に帰った後、三日くらいして俺はフワンテと再会した。その間に人を襲わないようにとか、ブリーダーにも頼んで最低限のしつけをしてくれたらしい。
そうして、フワンテは俺にとって二匹目のポケモンとなったのだった。
そんな幼い日のことを思い出しながらも、ハクタイの森でふわちゃん探していると、だんだんと空が暗くなり始めて来た。
ふわちゃんは紫色で、夕方ならまだしも暗くなると本当に見えなくなってしまう。
どんどんと焦りが募っていき、ふわちゃんを呼ぶ声もじゃっかん悲鳴がかってきてしまう。
そんな時。
ビュウウウウ!!!!
ひときわ強い風が俺の髪や服を揺らした。
そして。
「ぷわぁ~」
「うわあああ!」
風上の方から、そんな声が聞こえてきた。
見れば、木々の間からふわちゃんと──その手につかまった六歳くらいの男の子がふわふわと飛んできた!
「ふわちゃん!?」
慌てて男の子をキャッチすると、ふわちゃんは嬉しそうにぷわわんと鳴いた。
「え、どうしたのこの子!? もしかして攫ってきた!?」
「まってよ! こいつ悪いヤツじゃないんだ!」
「え、え?」
混乱しながらもしゃがんで男の子に目線を合わせて話を聞く。
「おれ、ともだちと遊びにきてたんだ。でもまよっちゃって……そしたらこいつとあって、人がいるところまで連れてきてもらったんだ!」
「それって……」
もちろん男の子の思い込み……あの時と同じように、自分にとって都合の良いように考えてるだけかもしれない。
でも、ふわちゃんの目を見ればわかる。
『えっへん! ほめてほめて!』
親バカのアテレコかも知れないけど、俺にはふわちゃんがそう言っているように見えた。
「よしよし、よくやったな、ふわちゃん」
「ぷわぁ?♪」
「君も。どこから来たんだい?」
「ハクタイシティ!」
「……真逆じゃないか」
さてはて、もう暗くなってきたし、先に保護したことを連絡して、今日はうちにでも泊めて明日送ろう。
男の子にも承諾をとって、うちに帰ることにした。
「……もしかしてふわちゃん、あの時も本当に助けようとしてくれてたの?」
「ぷわわん??」
何の話だかわかっていない様子で首(体?)を傾げるふわちゃん。
まあ、わざわざ今更蒸し返す話でもないだろう。
そうだといいな、と俺は胸に留め、ふわちゃんと手を繋ぐ男の子の、もう片方の手をとって帰路についたのだった。