TS転生オリ主、シンオウ地方でニンジン農家始めました。
3.ポケモン新聞社
「早速質問なんですけど、イクハさんってどうしてニンジン農家を始めたんですか?」
さてはて、ニンジン農家業も軌道に乗り、ニンジン収穫体験やミミロルとのふれあい体験が人気になってきた頃。
俺はある新聞記者から取材を申し込まれた。
相手はシンオウ地方でもっとも人気を誇る新聞会社「ポケモン新聞社」だ。
ほら、ゲームで言うと育て屋があるズイタウンにいる、毎日「このポケモン見せてくれ」ってバイトを募集してるあの人。
せっかくの機会だしと快諾し、あれよあれよという間に取材日当日。
普段行っているニンジンの収穫作業等を見せた後、俺の家でのインタビューが始まった。
そしてしょっぱな、冒頭の質問だ。
「イクハさんて、ポケモントレーナーとして旅をしてたんですよね? 実家が農家で継いだわけでもないし。そしてまたなんでニンジンを育てようと?」
「そうですね……おいで、ミミちゃん」
「ルゥ??」
首を傾げつつ跳ねて来たミミロップのみみちゃんを隣に座らせ撫でる。
「色違いのミミロップですか」
「ええ。ニンジン農家を始めたのは、この子がきっかけですね」
全部を全部話すと長くなる上、たぶん精神疾患を疑われるだろう。
上手くごまかすためにも、俺はミミちゃんを撫でながら過去のことを思い返していった。
これは、俺がこの世界に生まれて四年くらい経ったの頃。
言うなれば、物心がつく頃。幼児の脳が、周囲の情報をただただ取り込むのが限界で、行動はほとんど本能によって制御される……のが、終わり。
いよいよ人格が定まり、記憶も保持できるようになってきた頃の話だ。
俺は、前世の記憶を思い出した。
「っ! イクハ!? イクハっ!!」
ママと散歩中、スローモーションで傾いていく世界の中、壮絶な顔でイクハの名前を呼ぶママと、先ほど草むらから飛び出してきた、始めて見る“うさぎのポケモン”だけが異様に鮮明に写っていた。
それから、イクハは三日間に渡って寝込み、ずっと意識がなかったという。
医者は「転んだ時に頭を強く打ったのかと」と見当はずれなことしか言わなかったそうだ。
言えなかったとも言う。
まさか、前世の記憶が戻ったようです。だなんて分かるはずもない。
幸いだったのは、幼女として生きた四年間が、男として生きた前世の記憶に押しつぶされることがなかったことだろう。
前世の記憶については、寝込んでいる間に夢としてなぞるように追体験し、改めて記憶しなおした。イメージで言えば、あまりに強烈に記憶に残る夢を見て、しばらく経つと本当にあったことなのか、夢で見た内容なのか分からなくなる……そんな感じだろう。
目を覚ましたイクハは、鏡を見て困惑していた。
幼女である。
確か前世は男。それも、成人はしていたはずだ。
別に今の体に違和感を覚えることはないが、こう、男としての価値観をもって見れば、鏡に映るのはなかなかに整った顔立ちの可憐な少女、いや幼女。
少したれ目気味で、おっとりとした顔立ちをしている。
将来はふんわりお姉さん系美少女になるのでは? と思わせる雰囲気だ。
イクハがこんな可愛らしい幼女でいいのか? ありえるのか? 許されるのか!?
自分自身であるのにもかかわらず、思わず恐縮してしまう。
肩くらいまで伸びた、ふわふわとした亜麻色の髪。
瞳はハシバミ色で、顔は丸っこいが小さい。
ぺたぺたと自分の顔を触ると、さすが幼児。モチモチで大変さわり心地がよろしい。
イクハはあまり活発な子ではなく、ズボンではなくスカートをはかされているが、レギンスもはかされているためそこまで違和感は覚えなかった。
てか、今でもたまにおねしょするので、日中はともかく寝るときはオムツをはかされているんだよな……。
羞恥で心が折れそうだが、まだ骨盤底筋が発達しきってないんだ。日頃から自分で意識して力を入れてトレーニングすれば、すぐにオムツは完全卒業できるようになるだろう。
なってくれるはず。
なってくれ。
まあしかし、重要なのは今世での姿ではなく、今世の世界そのものだろう。
イクハは、この世界が前世でゲームやアニメなどで慣れ親しんだ「ポケットモンスター」の世界であることに気が付いた。
思い出したきっかけは、散歩の途中にこの世に生を受けて初めてポケモンを、ミミロルを目にしたことだろう。それが呼び水となって、前世の記憶を引っ張り上げたのだと思う。
とりあえずは目が覚めた後も、普通にそれまでと変わらないイクハとして過ごした。
というか、前世の記憶を取り戻したから言ってどれだけチートができるかというと、実際は大したことはできなかった。
幼児らしからぬ知性を身に着けた(と勘違いした)イクハは、そのところ肉体も、そして脳も未発達で。
言うなれば、夢の中で飛べたり、宇宙の真理を解明する方程式を解いたからと言って、起きてから同じことができるかというとそうではないと言うことだ。
言葉も上手くしゃべれないし、計算もできないし、運動もてんでだめ。
まあその恥ずかしい体験については、後日また語ろう。
ということで、イクハはいたって標準的な幼児として幼少期を過ごした。
とは言え、少しばかり自分から情報を得るよう努力するようにはした。
性別のことは一旦頭の隅に追いやり、前世の世界と違うのはポケモンの存在だけなのか。その辺りを確かめるために、ママに聞いたり、テレビを見たり。
テレビを見ようとするとママが幼児向けの教育番組とかを入れてしまう上、イクハもついつい夢中になって観てしまうため、テレビからは大した情報は得られなかったが。
そうこうして得た情報によると、この世界はやはり、前世とはまるで違う世界だということがわかった。
せいぜい日本語の音や英語の音、地形が同じだったり似てたりするくらいで、他はゲームのポケモンと同じといった感じだ。
ちなみに、イクハが生まれ育ったこの場所は、シンオウ地方みたいだ。
住んでる街がコトブキシティだしな。
そうそう、焦ったのが、なんとこの世界では十歳で成人ということだ。
十歳で小学校(義務教育)終了で、卒業したら税金も払わなきゃいけないし、どこかちゃんとした企業に就職したいなら、それ以降の高等教育を受けないとまず受からないらしい。
高等教育機関に就学するなら、その間は勤労学生控除を受けることができるらしいが、それでも学費はバカにならない金額だ。
一方で、十歳になればポケモン捕獲免許試験を受けることができるようになるし、大人と同じだけの権利を持つことができる。
とはいえ、どちらにしろ子供として気楽に生きられる期間が短い!
のんきに過ごしてたらあっという間に大人だ。
聞くところによると、皆のあこがれポケモントレーナーも、大体が若い内に見分を積むための旅をして、ある程度したら引退。その後は何かしらの職に就くのだという。
例外といえば、ジムリーダーやジムトレーナー、ポケモンリーグの四天王やチャンピオンくらいか。
第一、収入が不安定なポケモントレーナーは、税金が納められないどころか生活費すらかつかつ。
公式戦で勝てば賞金を獲得することができるが、ゲームとは違い道端でバトルして勝ったからと言ってお金をせびるのは、それはカツアゲだ。
というわけで、夢のポケモントレーナーになるにしても、続けられるのはせいぜい一、二年が限度だろう。
ううむ……将来は何をしたらいいんだろう……。
ぶっちゃけ将来やりたいことっていったら、それこそポケモントレーナーくらいしか思い浮かばない。
でもポケモントレーナーで一生生きてはいけないし……。
トレーナー、トレーニングさせる人。この世界ではポケモン捕獲免許を持っていて、主に公式戦での賞金で生計を立てる人だ。
ブリーダー、繁殖させたりする人。ただしポケモンは、どうやって繁殖するかは不明ということになっていて、この世界では公的機関や企業などに育てたポケモンを販売する職業のことだ。
育て屋、人のポケモンを預かって面倒を見る人。これは少々幅が広くて、
まだポケモン捕獲免許を持っていないため、ポケモンセンターの預かり機能が使えない人等のためのポケモンホテルを指す場合もあるし、
新米トレーナーや、お年寄りが持つポケモンを代わりに育成したり、躾をしたりする職業を指す場合もある。
どれにしろ、ちゃんとした資格が必要であり、かなりの専門知識が求められる仕事だ。
うぇぇ、できる自信がねぇぇ……。
思わず頭を抱える。
将来やりたいこと、か……。
前世の記憶が戻ってから一年間は、主にそんなことを考えて過ごしていた。
(後編に続く)