TS転生オリ主、シンオウ地方でニンジン農家始めました。

11.ゲン、襲来

モモちゃんが遊びに来た数日後のことだ。

……なんと突然ゲンさんがわが牧場を訪ねて来た。

「げっ、ゲゲゲゲゲンサン!?」
「ゲゲゲゲゲンサンではないが……久しぶりだね」
「お、おひさしぶりです……と、とりあえず上がってください! なんもないところですけど……」

 うおおお、どうしよう、なんで急に来たんだ!? てか何気に初めて家に上げるよな!?
 リビングは別に汚くないはず……お茶は、この前ご近所さんにもらったいい紅茶があったはず……それから、お茶菓子は……ない! いやあるけど、手作りのニンジンクッキーしかない!!

 ゲンさんをソファに座らせ、ミミちゃんやリオに手伝ってもらいながらわたわたと歓迎の準備をする。
 ゲンさんは「急に来たのはこちらの方だから、気にしなくていいのに」と苦笑いしていたが、そういう訳にもいかない。

「粗茶ですが……」
「ははは、君は変わらないね」
「そ、そうでしょうか……」

 そして何とか準備を終え、お茶とクッキーを出して俺も腰かけた。

「うん、これはいい紅茶だ。クッキーも、仄かに自然な甘みが口の中で広がって美味しいね」
「ほ、ほんとうですか!?」
「ああ。この練りこまれたオレンジ色の実が、君が育てているニンジンという野菜なのかい?」
「そ、そうなんです……ガラル地方の特産品なんですけど、種を輸入して育ててます!」

 このニンジンという野菜は、スープやサラダ、果てにはスイーツまで。多くの料理に使える万能食材なのだ!
 ということを伝えると、それは興味深い。よかったら今度、何か作ってほしいね。と言われた。

「そ、それなら……カレーとかどうですか?」
「前に言っていた料理だね?」
「はい! ガラルの郷土料理で、複数のスパイスを煮込んでご飯にかけた料理です。見た目はちょっと微妙ですけど、味と香りは天下一品ですよ!」

 いつかゲンさんに振舞える日が来るのだろうか……。

「それで……今日はどうしてうちに?」

 さて、どうにもテンションが上がっていらんことまで喋ってしまっている気がする。気を取り直して、用件を聞くことに。

「君の友達の……モモから、君が悩んでいることがあるから相談に乗ってあげてほしいと連絡が来てね」
「へ?」

 俺に悩み? なんだ? そんなことあったっけ……?

 …………あ、ああ! さてはあいつ、余計なお節介を焼いたな!?
 俺は別にゲンさんのこと好きじゃないって言ってるのに!

「それで、どうしたんだい?」
「え! あの、えっと……」

 やべえ……せっかく来てくれたのに「なにもない」だなんて言える訳がない! 何かないか!? 何か……あ!

「ああああの、り、リオのことなんですけど……」
「リオがどうかしたのかい?」
「どうにも決め手に欠けるというか、必殺技のようなものないってリオが悩んでいて……」

 さて、これは嘘ではない。
 現役トレーナーだったころから、リオは自分の能力で悩んでいた。
 リオの覚えて居る技は、波導弾、竜の息吹、ラスターカノン、神速の四つだ。
 しかしそのどれもが汎用技であり、必殺技とはなりえないものだ。普段の戦いでは問題ないが、強いトレーナーとの戦いでは、切り札ともいえる技がないことで負けたことも少なくなかった。

「ふむ……それなら、一つ心当たりがあるな」
「っ、本当ですか!?」
「てっていこうせん……そう呼ばれる技があるらしい。自然に覚えたり、技マシンで覚えられるものではなく、それを教えることができる人がいるらしいんだ」
「教え技、ですか……」
「しかし、このシンオウの地にはいないだろう。たしか……そう、君の言っていたガラル地方にいるとか」
「うっ、家開けるわけにはいきませんし、難しいですね……」

 すまんリオ、俺の力不足だ……。

「すまない、もっと他にいい案が出せればよかったんだけど」
「いえ、気にしないでください。というよりわざわざ来てくれて、アドバイスまでくれて、すごくありがたいです」



「……あとは、そうだね。初めて会った時のように鋼鉄島で鍛えてみるとか、あとは人の道場なんかに行ってみるのもいいかもしれない。技とは、ポケモンの技だけではないのだから」
「なるほど……」

 この世界にも空手はあるし、そういった武道なんか、人に近い姿のリオなら修められるかもしれない。



 そうして一応「イクハのお悩み」相談を終え、まったりとした雰囲気が流れ。
 話題は過去の話に。

「しかし、やはり君に卵を預けて正解だったな。リオの波導は、君のと歯車のようにぴったり重なっている」
「すごい偶然ですよね……」

 異世界出身の俺の変わった波導とぴったり重なるリオの波導。
 もし巡り合わなければ、リオはずっと卵のままだったのだろうか……。

「前に会ったのは、リオがルカリオに進化したときだったね」

 リオが進化して、ついに波導弾を覚えた時だ。
 波導使いである波導ポケモン。その能力を最大限に出力した技だ。
 なにせトレーナーが波導使いではないから、適切な教育ができるわけもなく、当初のそれは小さかったり、敵に当たる前に霧散するような不安定なものであった。

 そこで俺はゲンさんに泣きつき、リオに波導の使い方を教えてもらったのだった。

「その前は……そう、リオが生まれた時だ」



 ────リオが生まれたのは、そう……ゲンさんから卵を受け取って、一週間くらい経った頃だ。

 生まれたばかりのリオは、「喜び」の波導を垂れ流しながら俺に突撃してきた。
 とにかくもう、生まれた瞬間から懐いてきてくれた訳だが、頭に直接響く音のようなものが酷く、夜も眠れずノイローゼになりかけて、ゲンさんに泣きついたのだ。





「大丈夫かい、イクハ」
「あ、あはは……正直、きついです……」

 二週間ぶりのゲンさんとの再会を喜ぶ余裕もなく、俺はゲンさんにリオを預けた。
 波導ポケモンのルカリオやリオルは、波導をきちんと使えるようになり、言葉を覚えると、人と念話をすることができるようになる。
 言葉を覚えなくても、感情をそのまま波導を通して伝えたりするらしいのだが、リオは波導の出力が非常に強かった。

 例えば「楽しい」という感情を伝えるのに、言葉がわからなかったら笑ったりしてそれを伝えるだろう。
 しかしリオは、その笑い声がとにかく大きい……というと分かりやすいだろうか。

 このまま言葉を覚えても、「たのしい」ではなく「た゛の゛し゛い゛!!!!!」という感じに頭に響いてくることになるだけだ。

 つまりはその伝える手段である波導の使い方を覚えない限り、俺に安眠はないということだ。

「さぁリオ、目を閉じて……君のママを視るんだ」

 ま、ママって……!
 なにやらよろしくない想像が一瞬頭に広がり、思わず顔が赤くなった。
 とまあ、俺がくだらないことをしている間に、ゲンさんはリオに波導の使い方をひとつひとつ教えていった。

「……そう、その思いを、優しく込めて……ゆっくり響かせて」
「……ルオッ」

「あっ……」

 そうしてしばらくして、俺の頭の中に、優しい……暖かいものが響いた。

「そう、いい調子だ。ほら、君の思いはちゃんとママに届いたよ」
「ルオッ!」

 その後もしばらく特訓は続き、日も暮れてきた頃、リオはほぼほぼ完璧に波導のコントロールができるようになった。
 感情が荒ぶった時とかには波導が暴走したりするかも知れないとのことだが、それは精神の成熟に伴い落ち着いて行くだろうとのこと。

「イクハ、とりあえずこれで不必要に感情が波導に乗って垂れ流されることはなくなるだろう」
「あ、ありがとうございますぅ……」

 本当に、助かった……。あのままだと、その内寝不足で倒れかねなかった。

「あとは言葉を教えていけば、あの不定形の波導が言葉になって、会話できるようにもなるだろうし、ここからは君と、リオのがんばり次第だ」

 リオを見る。リオも、俺を見る。
 言葉はなくても、お互いに「一緒に頑張ろう」という思いが通じたのを感じた。
 ……これが波動なのだろうか。

「うん、いいね。君たちの波導が共鳴しているのが視える。これからも良きパートナーでいられるだろう」
「ん、ありがとうございます」

 こうして、リオの夜泣き(?)問題も解決し、ゲンさんとの再会を終えたのであった。





 ────懐かしい思い出を語り、終わるころにはすっかりお茶も冷め、ニンジンクッキーもなくなってしまった。

「すっかり長居してしまったね。私はそろそろお暇することにするよ」
「今日は来てくださって、本当にありがとうございました」
「いや、結局大して力になれなくて申し訳ない」

 申し訳なさそうに言うゲンさん。って、こっちが申し訳なくなるわ……。
 モモちゃんのいらん気遣いでわざわざ足を運んでもらったのだ。

「今日は本当にありがとうございました。……こんど、ぜひカレーを食べに来てください」
「うん。その時は楽しみにしているよ。じゃあ」

 こうしてゲンさんは帰っていった。
 日が暮れ、夕色から夜色に移り変わる蒼にあっても、どこか浮き出るような青いコートをはためかせながら。
 その姿が見えなくなってもぼうっと見送っていると、いつからか横にいたリオに突かれた。

『……イクハ』
「はっ、な、なにリオ!」
『……いや、言いたいことがあるなら言った方が良いんじゃないかと思ってな』

 なんだろう、リオにまであらぬ誤解を受けている気がする。

「さ、さあ、お夕飯の準備しようか!」
『まあ、イクハがいいならいいが……』

 俺は何かほざくリオの背を押して家の中へ入っていった。

 今日はカレーにしようか!
			

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