TS転生オリ主、シンオウ地方でニンジン農家始めました。
1.一日目
夏、日差しは良好。空を見上げれば、紫の風船がふわふわと飛んでいる。
「ふわちゃーん、あんまり遠くに飛ばされないでね?」
「ぷわー」
しかしあれは無機物にあらず。
俺の大切な友達だ。
目の前に広がるのは広大な畑。土からわさわさと伸びる葉が、まるで寝起きに伸びをしてるみたいに日光を浴びている。
「さて、収穫しますか! 今日もよろしく、リオ」
『ああ。任せろ』
俺の隣で同じように畑を見ていた、二本足で立つ青い犬のような彼に言うと、落ち着いた声が……頭に直接響いた。
彼もまた、俺の大切な友達だ。
まあ彼曰く、俺は護るべきか弱い存在らしいけど、俺からしたらタマゴ時代から世話してきた、弟のような存在なんだよな……。
俺は手始めに、目の前に生い茂った葉っぱの付け根を掴む。
「折らないように、真っ直ぐ……えいっ」
ズズズッ、スポンッと畑から飛び出したのは、鮮やかなオレンジ色の野菜。
これまで間引きしてきたものと違い、太くて長い、立派な根。
「おぉ! すごい! 見てみてリオ!」
苦節十年──もとい半年、ついに初の売り物になる『ニンジン』ができたのだった!
『よかったな、イクハ』
「あ、うん……」
しかし返ってきたのは、微笑ましげな目と声。
年甲斐もなく女児のようにはしゃいでしまった。
「おほん。さ、さっさとやっちゃうぞ!」
そんな目から逃れるように、俺はそそくさと収穫を始めた。
リオ以外の仲間にも手伝ってもらい、昼がすぎる頃には何とか収穫作業を終えることができた。
もちろん畑になっているニンジンを全部抜いたわけではなく、葉の状態を見て大きい根が生っていそうなものを見極めて収穫するので、なかなか時間がかかる。
ふうっと、腰を伸ばし軍手のキレイな部分で汗を拭う。
台車に積まれた大量のニンジンを感慨深く見ていると、何やら怪しい影が。
「って、あああ! ニンジンドロボー!」
「ミミッ!?」
俺の半ば悲鳴に近い大声に驚いたのか、犯人は飛び上がった。
モコモコの体と耳。うむ、どこからどう見てもウサギだ。
「ミミルォ?!!」
こちらは食欲を抑えて収穫作業を手伝ってくれたウサギの鳴き声。そういえば、ウサギって声帯なかったような……どうでもいいことを思い出したが、頭を振って追い払う。
「ミミちゃん、捕まえて!」
「ロォ?ッル!」
すっかり激怒のこちらのウサギ。
それにビビって逃げ出すニンジン泥棒のウサギ。
しかし、にげられない!
こちらのウサギは素早さ全振りかつ、泥棒ウサギの進化形だ。
あっという間に距離を詰め、泥棒ウサギを見事捕まえた。
「よくやったミミちゃん!」
さてはて、この泥棒ウサギめ、どうしてくれようか……。
「……いや、そんな目で見てもダメだからな……?」
「ミミィー……」
「うっ」
涙を潤ませた泥棒ウサギ。
やめてくれ、うちの相方のせいでウサギにはめっぽう弱いんだ。
「はぁ……しょうがない。なあお前、これは食べちゃダメだ」
「ロルゥ?……」
「でも、うちには間引いたやつとか、売れないやつがあるから……それで我慢してな」
俺がそう言うと、ウサギは目を輝かせて鳴いた。
やっぱり可愛いなぁ……。
さて、ここで少しばかり説明をさせてくれ。
この世界には、ポケットモンスター。縮めて「ポケモン」と呼ばれる不思議な生き物が、いたる所に住んでいる!
ここに、モンスターボールがある! ちょっとボールの真ん中のボタンを押してみてくれい!
カチッ
「ミミミミロォルーゥ!!」
我々人間は、ポケモンと仲良く暮らしている。一緒に遊んだり、力を合わせて仕事をしたり、そしてポケモン同士を戦わせて、絆を深めていったり……。
私達の隣には、いつだってポケモンがいる。
そう、ポケモンだ。日本国民なら誰でも知っているであろう、あの人気ゲームとそれにまつわるアニメやコミックス。
それが現実に──創作物としてではなく、実態を持って遥か昔から存在する。ここは、まさにポケモンの世界なんだ!
しかし、この世界の人は、ポケモンが創作物だなんて微塵も思っていない。
なのに何で俺はそのことを知っているのかというと、俺には、かつて日本と呼ばる国で、ポケモンをプレイして過ごしてきた前世があるからだ。
前世の記憶は、今となっては十数年前のこと。
それも、0歳から始まって5年、10年ほどのことは、成長後にはあまり記憶に残らないことから分かるように、正直前世のことなんかかなり覚えていない。
きっと、新しいことをスポンジのように覚えていくために、必要じゃない(と判断された)記憶は自動的に消されていくのだろう。
っと、ちゃんとした自己紹介がまだだったな。俺はコトブキシティのイクハ。ここ、ソノオタウンでニンジン農家を始めた、今年で15歳のピッチピチ(死語)女子だ!
はい、女子です。前世男でした。
ま、まぁ? 前世のことなんかうろ覚えだし? 自分の体にやましい感情なんてこれっぽっちも湧きませんし?
ぶっちゃけ友達の女の子とお風呂入ることになったときはドキドキしましたけども、残念ながら女児の裸じゃ全く興奮しませんでしたしね!!!!
母親の体? あー、なんだろう。近親相姦を避けるために、うまいことできてるんだね。全くだよチクショウ!
まあ俺のことはこのくらいでいいだろう。
え、容姿? なんだ元男のプロポーションが気になるってか。
身長は……母親の血が濃いみたいで低いな。身体の凹凸もそんなにない。けど、脚が長いのか幼児体型ではないな。スレンダーってやつだ。
しかし童顔みたいで、そのせいかツインテールが妙に似合っている。嬉しくない。
俺のことはもう良いだろう!
あ? なんでツインテールかって? 小さい頃からやられてきたから、これで慣れてんだよ。
もう次行くぞ!
俺の仲間たちを紹介しよう。
まずは……うん。俺が5歳の誕生日の時に初めてもらったポケモン。ミミロップのミミちゃんだ。
もちろん出会った頃は進化前のミミロルだったけど。
なんとこの子、色違いである。本来薄い黄色? の部分がピンク色なのだ。カワイイ。
初めてのポケモンが色違いとは。プレゼントされた時は本当に驚いた……。
次。フワンテのふわちゃんだ。なんとなく変わらずの石を持たせて、進化させないようにしてる。
この子との出会いは……まあ後から聞くとゾッとするものだったけど、その時は精神的にふわんてい……もとい不安定な頃だったから、心強かった記憶がある。
次に、ムウマージのメア。ハクタイの森の洋館で出会ったポケモンだ。
もちろん出会ったときは進化前のムウマだったけど。
なんかよくゴニョニョ呟いてるけど、何を言ってるんだろうか。
お次はルカリオのリオ。前に旅をしていた時に知り合った人からもらったタマゴから孵ったリオルが進化したポケモンだ。
なんとこやつ、前世で観た映画のように、波動で念話をすることができる。
あと器用で力持ちだから、ほとんどボールから出して側にいてもらっている。
最後はガブリアスのガブさん。ガブさんはまあ、俺の態度も悪かったのだろう。完全に見下されてる。前世での「ガブリアスは強い!」って印象を持って接したため、ガブさん的序列では俺はなんと最下位である。
だが、単純な戦闘力でタメを張るリオは上に見てるらしく、リオに頼んで言うことを聞いてもらってる現状だ。
さて、長くなったが、以上が俺と俺の仲間たちの紹介だ。
ん? ポケモンは五体しか持ってないのかって?
そうだなぁ、分かりやすく言えば、ポケモンは大型犬だと思ってくれ。
野生の大型犬が飛び出してきた!
捕まえた!
家につれて帰ってきた!
……それを何十回も繰り返すか? 普通。
食費もかかるし、一匹一匹ちゃんと世話しなきゃ駄目だし、ゲーム感覚で何百匹とゲットできるような軽い存在じゃないんだ。
ちゃんと自分が面倒みれるだけ。これ常識な?
さて、今日はこの辺りで終わろうか。明日は今日収穫したニンジンをパック詰めしたりしないといけないからな。
農家の朝は早いんだ。
じゃ、また明日。