強制女装っ娘の受難~天然人たらし親友にはたらされないからな!~

3.3話

【あらすじ】
宇佐美晴樹は、瀬戸幸治からの頼みでストーカーを追い払う為に女装をし、恋人のふりをしてストーカー、川原美乃梨と対面した。予想に反して話し合いはスムーズに進み、あっという間にストーカー事件は解決した。
その帰り道……。


【登場人物】
・宇佐美 晴人
主人公。天然たらしの親友を「爆発しろ」と思いながらも面白く眺めている。女装中はキャラクターづくりのために女口調でいる。
・瀬戸 幸治
親友。本人にたらしてるつもりはないが、気付いたら女子に囲まれている。ある意味主人公。
・瀬戸 愛奈
たらされた義妹。一年生。今日は大好きなお兄ちゃんもいないし、せっかくなの休日なので街中に遊びに来た。
・三浦 綾香
ハルを喜々として女装させたクラスメイト。女装中の宇佐美晴人は女子として見ている。



【本編】

 ストーカー女、もとい川原さんと別れ、私は幸治と帰路についていた。
 幸治はせっかくだしこのまま街をぶらつこうぜとか阿保なことをのたまっているけれど、こっちは女装バレして万が一それで家や学校に連絡が行ったら一巻の終わり、社会的に死ぬこととなる。

 本当ならすぐにでも着替えたいが、川原さんと再会しても困るし、服も三浦の家に置いてきてあるし、残念ながらこのままもうしばらく過ごすしかない。

「いやぁ、それにしても本当に助かったよ」
「そう? あの感じだったら、私がいなくても普通に和解できてたと思うけど」

 そういうと、幸治はいやいやと首を振った。

「いんや、晴香がいてくれたおかげで、本当に勇気が出た……ぶっちゃけ一人だったら会おうともしなかった」
「へぇ……」

 なんだろう、誰か周囲の人が困っていたら、自分のことは顧みずに助けに行く男なのに、自分のこととなると意外と臆病らしい。
 意外とかわいいところあるじゃん。と思って、クスリと笑う。

 ……ああ、そうだ。こいつに頼られて嬉しかったのか。
 そこでようやく、自分の胸の内にある感情に気付く。

 幸治は人助けはするけど、自分が困っても助けを求めない奴だった。
 もちろん、明らかに困っているときは手助けしたこともあるし、こいつに救われた奴はみんな、こいつに恩を感じていて……情けは人の為ならずというが、幸治が困ったことがあれば、誰かが手を貸していた。

 でも、こうして幸治からSOSを出すことは本当に珍しくて。
 しかもその相手が、ほかの誰でもない私だったということに、喜びを感じているのだ。

 ……我ながら良い性格してるよほんと。

「どうかしたのか?」
「なんでもないよ」

 そう、なんでもないのだ。
 これで事件は解決。明後日から、またいつもの日常に戻るのだから。



 さてはて、こうして歩いていると、ギュルリと腹の虫の音が聞こえてきた。
 発生源は隣を歩く男から。

「なぁ、わるい、俺緊張して朝から何も食べてないんだ……帰る前にちょっとマッグでも寄っていかね?」
「はぁ? メンタルクソザコじゃん。しょうがないなぁ」

 あまりに申し訳なさそうに言ってくるので、しかたなくバーガーショップへ寄ることに。

 やはり休日ともあって、なかなかに混んでいる。
 俺は人前でしゃべるわけにもいかないので、幸治に注文する内容を言って頼む。

「おま、まじかよ!?」
「ん? マジだけど……? あ、おもちゃはいらないから言っておいて」

 さて、私が頼むのは子供用のしあわセットだ。
 ポイントとしては、バーガー、ポテト、ドリンクがセットでワンコインで食べれることだろう。
 ちなみにポテトもドリンクもSサイズなのだけど、基本的に腹いっぱいには食べず、腹八分目で済ますことが多い私にはまさに最適なセットメニューだ。

 頼む恥ずかしさ? そんなの中学生のころに克服済みだ。

 さて、幸治がもごもごとした声で「しあわセット」を頼んでいる間に、私は席を取りに行く。
 と、ちょうどテーブル席に座っていた人が食べ終えたようで、立ち上がったのでそちらに向かう。

 その時だ。

 たまたま通りすがろうとしていた人の手が私の持つカバンに当たり、カバンが床に落ちてしまった。

「あっ! ごめんなさい……」

 相手がすぐに謝りながら拾ってくれる。が、その時カバンから飛び出していた交通ICカードを見て、その相手が固まった。

「え……?」

 や、やばい……。
 そのICカードは、普段は学校へ行くための定期として使っていて、そこには本名や性別が印字されているのだ。

「おーいどうした晴香……って、愛奈!? なんでここに!?」

 タイミングが良いのか悪いのか、その場にやってきた幸治。
 その口で告げた名前は、幸治の義理の妹である瀬戸愛奈に他ならなかった。

 ふわふわした髪をツインテールに結んだ幼い風貌の彼女が、じろじろと私の顔を見た。

「え、え……ほんとに、晴樹さん……?」
「あ、えっと……そうだけど」

 や、やべえ……知り合いに女装がばれた……!
 で、でも慌てるな。事情をちゃんと話せばわかってくれる子だ。

「なんでお兄ちゃんと……そんな姿で?」
「えっと、それはだな……」

 しかし、そこで口ごもる幸治。どうした、早く訳を話せ!

 ……あ、なんとなくこいつの考えることがわかってしまった。
 たぶんだけど、事情を話すということはストーカーに会っていたことも話さないといけない。
 でもそれを話せば、きっと兄思い……重い兄思いの愛佳ちゃんは心配するだろう。

 そもそもストーカーに悩んでいたのに、一応家族である愛佳ちゃんに相談していなかったのも、心配をかけまいとする気持ちからだったのだろう。

「まさかお兄ちゃんと晴樹さん……デートしてたの?」
「はぁ!?」

 なんでそうなるんだ! いや、はたから見たらそうなるのか。実際恋人”役”な訳だし……。

「そ、そういえば確かにいつもお兄ちゃんと晴樹さん一緒にいるし……私が椎名会長とやりあってる時も、いつも余裕そうな表情で眺めてたし……」
「お、おーい? 愛奈ちゃーん?」

 表情を消し、うつろな目でボソボソと何かを呟く愛奈ちゃんに危機感を覚えた私は、顔の前で手を振りながら話しかける。

 ガシィッ!

「ひぇっ」

 突然その手を掴まれた。

「ふふふ……なんて言ってましたっけ? そう……晴香……なるほど……まさか一番の敵がこんな近くにいただなんて……」
「て、テキジャナイヨ!」
「いえ、もう騙されませんよ……今までもこうしてこっそりデートしてたんでしょうけど、これからはそうはさせません。まずは同盟に入っていただきます」

 ど、同盟……? なんの?

「お兄ちゃんとデートするには、ライバル同士で順番を決めてしっかり打ち合わせをして、抜け駆けや邪魔建てをしないように同盟を組んでるんです。幼馴染親友枠の晴樹さんがいっしょに遊びに行く分には見逃していましたけど、”晴香”さんとデートするって言うなら、そういう訳にはいきませんからね……」

 そ、そんな同盟あったんだ……てかこのまま誤解されたままだとまずいことになる……幸治の炎上に巻き込まれる……!!

「あ、あの愛奈ちゃん!」

 思い切って声をかけるも、愛奈ちゃんの目はうつろなままだ。

「とりあえず、今日のところは晴香さんのデート日として正式にカウントします。邪魔建ては規約違反になるので立ち去りますけど……いいですか? 絶対に最後までシたら駄目ですよ?」
「なにを!?」
「そりゃナニですけど……では私はこの辺で……明後日、放課後、残ってくださいね?」

 あ、ちょ、愛奈ちゃん……待って! 誤解を解いてから行って! てか幸治もフリーズしてないで事情話せや!

「あ、いや、すまん……女同士の争いには下手に口を挟まない方が良いから……」
「私は男だコノヤロー!」

 殴った。
 叫んだ。超小声で。

 さてはて……こうして俺の穏やかな日常は、動き始めたピタゴラスイッチのように波乱万丈なものへと変わり始めたのである。

 どうしてこんなことになったのか……うん。幸治のせいだな。幸治が全部悪い。責任を取ってもらわなければ。
 あ、やっぱりいいです。余計なことしないで。
 いいから! 絶対面倒くさいことになるから!

 ……頼むから、平穏を返してください。



「あら、お帰りなさい。どうだった?」
「……最悪だ」
「えぇっ!? 大丈夫なの? まさか警察沙汰に?」

 心配した様子でうつむいた私の顔を覗き込んでくる三浦。

「あーいや、ストーカーの方は大丈夫だった……けど……」
「もしかして知り合いに女装がばれたとか……?」
「うん。それも最悪な形で…………」

 カムバック、平穏……。

「え、ちょ、泣いてるの!? とにかく家はいって! 中で話は聴くから!」

 私はその後、三浦に優しく背中を押されて三浦家に上がった。
 そして今日あった事を一つずつ話していった。

「そっかぁ……あのハーレムに無理やり加わえさせられたと……災難だったねぇ……」
「ほんとだよ……私は小さいころから瀬戸の修羅場を見てきてるから知ってる。下手したら死ぬぞあれ……ああああいやだああああまだ死にたくない!」
「お、落ち着いて! よしよし!」

 乱心した私は三浦に抱きしめられ、頭を撫でられた。
 ウィッグ越しではあるけど、少しずつ落ち着いていく……。

「まあ、私が力になれるかはわからないけど、何かあったら頼ってよ!」
「三浦……!」
「そう、それ……せっかくだから名前で呼んでよ! なんていうか、もう友達じゃない!」
「あ、綾香……」

 なんていいやつなんだ……。

「私も晴香って呼ぶから」
「う、うん……」

 …………あれ? それって女友達として見られてるってことじゃね?
 てか、わた、俺、もう素に戻っていいはずなのにずっと「私」って言ってなかったっけ。

 …………ふむ。確かに心の中で私って言うことで女子になり切れるって三浦の案、正しかったみたいだな。
 クラスの女子に抱きしめられて安心してたもんな……。

「あ、赤くなった」

 俺は何やってるんだぁああぁあ!?

「う、え、あ、三浦、すまん……!」
「おおう、正気に戻ったか……呼び方も戻ったね」
「さっきまでの俺は俺じゃない! 忘れてくれ!」

 うおおお、恥ずかしすぎる……!

 激しく床を転げまわりたい衝動に駆られたが、ここは自室ではなく三浦の部屋だ。
 手で顔を覆ってうずくまることで耐え忍ぶ。

「うーん、若干仕草が戻り切ってないよ……?」

 あああああわかってる! やってから気付いた! だから言わないで……。

「てかこの格好のせいだ! もう着替える!」

 口調もそうだけど、服装というのも大きな要因だろう。
 ”ガワ”の内面に与える影響は大きいらしいし。
 学校の制服とかも、パリッとして気を引き締めたり、帰属意識を高めたりする狙いがあるらしいし、実際私服の時と制服の時では若干意識も変わる気がする。

 気を利かせた三浦が部屋を出ていき、俺はぱっぱと着替えると三浦に化粧を落とすための指示を仰いでごしごしと擦り落とした。

 ……さっきのこっぱずかしい記憶とかもまとめてこそぎ落としたい!



 こうして、俺にとっての決戦の一日は終わったのであった。
			

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