強制女装っ娘の受難~天然人たらし親友にはたらされないからな!~
2.2話
【登場人物】 ・宇佐美 晴樹 主人公。天然たらしの親友を「爆発しろ」と思いながらも面白く眺めていたが、今回はとうとう騒動に巻き込まれた。 ・瀬戸 幸治 親友。本人にたらしてるつもりはないが、気付いたら女子に囲まれている。ある意味主人公。 ・三浦 綾香 ハルを喜々として女装させたクラスメイト。晴樹にある策を伝授する。 ・川原 美乃梨 会社の飲み会でパワセクモラアルハラ上司に飲まされすぎて帰宅途中道の端でうずくまっていたところを瀬戸に介抱される。 そして瀬戸のストーカーと化した。 【本編】 三浦に見送られ、私は都心部の駅へ向けて移動を始めていた。 「だ、大丈夫かな……」 閑静な住宅街といえども人通りはある。 たった一人女装姿で戦地に送り出されたわけだが、戦地に着く前に戦死しそうだ。 これ、ばれたら社会的に死ぬのでは……? 「うぐぐ……こんなことなら最初から断っておけばよかった……」 女装をして恋人のふりをして、ストーカーを撃退する……警察を呼ばないのは、今のところ実被害がないこと。それから、加害者に対する思いやりといったところか。人をたらすのはいいけど、それで万が一のことになったらどうするつもりなんだろうあいつ……。 通り過ぎ行く人たちは、今のところ特に私を見てどうも思わないようで、視線を感じることもなくバス停に着いた。 幸い他にバスを待つ人もいなく、ほどなくしてバスが到着した。 ICカードを翳して乗り込み、一番後ろの席に座る。 バスの中はガランとしていて安堵した。 私は背もたれに体重を預け、今日の作戦内容を思い返すことにした。 ステップ1。 協力者の三浦の家で着替え&メイクをする。 ステップ2。 札幌駅で幸治と合流。待ち合わせをしているというコーヒーチェーン店でストーカーと対面。 ステップ3。 私はしゃべらなくて良いそうで、あとは幸治がストーカー行為をやめるよう説得する。 スッテプ4。 それで了承してもらえれば終わり。駄目ならついに国家権力に頼ることにするそう。 ふぅ……上手くいってくれるといいけど……。 私的にはかなり一大決心というか、一大決戦というか、戦地に向かう面持ちなのだけど、窓の外の流れる景色を歩く人々はまったくの平穏を過ごしていて、どこか現実離れした感覚を覚える。 「まあ、なるようになるでしょ」 やがてバスは終点で停まり、私は待ち合わせの場所へ向かった。 札幌駅は北口と南口の二つの出口があるが、その実東側の北口、西側の北口、東側の南口、西側の南口と四つに分かれている。 だから「南口で待ち合わせ」とすると、東側と西側で分かれて合流できない……なんてことがよくある。 今回集まるのは西側の南口。シンボルはロのような形の白いオブジェだ。 そこへ歩いていくと、人がわらわらいて幸治がどこにいるのかぱっと見ではわからない。 そういう時は壁際に立って、一人ずつ認識していくと見つけやすい──あ、いた。 幸治は手持ち豚さんにスマホを弄りながら、たまに顔を上げて周囲を見渡していた。 私が早速近づいていくと、その目が私の姿をとらえ……目をそらされた。 「あの……」 「? え、俺ですか……?」 どうにも態度がおかしいので声をかけると、不思議そうに私を見てきた。 ん? まさかこいつ……。 「晴樹だけど……」 「へ? は? まじで!?」 「やっぱり気付いてなかったか……」 「いやいやいやいや! 分かるか! お前豹変しすぎだろ!? 普通に女子じゃん!」 「いやま、鏡観たときは私も思ったけどさ……」 「”私”……?」 「んや、気にすんな。こっちの話」 「お、おう……」 そう、さっきから私私言ったり、若干女口調なのは、三浦の案によるものだ。 さて、男が女にしか見えない格好をしたからと言って、ちゃんと女に見えるだろうか。男だとばれないだろうか。 実際は否だ。 声はもちろん、細やかなしぐさや表情で簡単にばれてしまうだろう。 そこで、三浦が提案してのが「口調を変える」だ。 物語の登場人物がセリフ、口調でそのキャラクター性を確立しているように、口調というのはそれだけで大きな力を持つ。 今回、声が男な私はしゃべらない予定だが、心の中だけででも口調を女にすることで、意識……それに連なる仕草なども女性に寄せられるらしい。 まあ、最低限ガニ股にしないとか、歩くときは腰を振るようにするだとか、脇は閉めるだとかは指導されたけど、あとは心の中で「私」と言うことで自分は女である……だから、仕草とかもそれに則したものにしようという意識を持つだけでいいらしい。 さてはて、そのことを説明するのも面倒くさいし、ここはこのまま行かせてもらう。 「で、まだ行かないの?」 「うおおう……声は晴樹のままなのがめっちゃくちゃ違和感……」 「いいから。もうそろそろ時間でしょ?」 「っと、そうだな。行くか」 時刻はそろそろ十一時。 移動を含めればちょうど待ち合わせの時間になるだろう。 「おっと、その前に……」 しかし幸治は歩みを止め、俺の方を向いた。 「どうした……?」 「いやさ、今日の格好、可愛いなと思って。よく似合ってるぞ、晴樹」 「…………」 こ、こいつ……タラシて来やがった! 幸治のタラシ発言に深い意味はない。なんというか、とりあえず褒めるみたいな生態の動物なんだ、こいつは。 英才教育によって、そういう風にプログラミングされているのだ。 しかし私は男だってのに、女相手のようにタラシて来るとは……やはり見た目の印象は大きいということなのか……。 「なあ幸治、お前……あんた、いつか刺されるよ……?」 「えぇ!?」 誰にでもこれだから、痴情のもつれが起きるんだ。むしろ今までよく刺されなかったなと思う。 「あとそうだ。そのストーカーの前で晴樹って呼んだらバレるかもしれないから、今日は私のことは晴香って呼んでよ」 「お、おう……」 さて、何とも言えない表情をしている幸治の手を取り、私はコーヒーショップへ向けて歩き出した。 「お、おい晴樹っ」 ギンッと睨みつける。 「は、晴香。おま、手……」 「恋人のふりするなら、手くらい繋がないと怪しまれるでしょ?」 「お、おう、そっか……そうだな」 なんだこいつ、変にキョドりだして……しかも変に納得したのか、今度はがっしり握ってくる。 ……その手が汗ばんでいたのは、きっとこれからストーカー女と対面することへの緊張だろう。 さて、私たちがコーヒーショップに着いて注文して商品を受け取り、席に座ったところで入り口から件の人物が入店してきた。 グッと、隣に座る幸治の体が強張ったのを感じた。 まったくこいつは……。 私はそっと、固く握りしめられていた幸治の手に自分の手を重ね、そっと揉み解した。 「あっ……」 「固くなりすぎ。こんなところなら相手も行動を起こさないだろうし、もっと気を抜いて……」 万が一失敗しても、この人がたくさんいる空間では手出ししてこないだろうし、幸い駐在所も近くにある。それを踏まえてこの場所を話し合いの場にしたのだから、固くなりすぎないでほしい。 さて、ストーカーをするような非常識な相手ではあるが、一応注文はするくらいの常識はあったらしく、コーヒーを片手にこちらへ歩いてきた。 と、その目線が重ねられた私たちの手を捉え、沈痛そうな表情になった。 「あの……お待たせしてすいません……」 「あ、いえ……ちょうど今来たばかりなので……」 なんか初デートのカップルのようなやり取りを始める二人。 しっかりしろよ。 かかとで幸治の足を踏む。 「いっ……あ、あのええと、とりあえず座ってください」 「は、はい……」 ストーカー女……シャツワンピからレギンスジーンズを穿いた足が覗いているコーデで、ショルダーバッグもバッグというよりポーチで、可愛らしくも上品に仕上がっている。 靴も白いヒールサンダルで、涼しげだ。 爪も丁寧に手入れされていて、見た目で言えばとてもストーカー行為をするような人には見えない。 しかもなんか異様におどおどしていて、なんかこっちが悪いことしているような気がしてくる。 「えっと……こうして挨拶するのは初めてですね。川原美乃梨です」 「瀬戸幸治です……こっちは、恋人の宇佐美晴香です」 私は無言で頭を下げる。 挨拶をしたは良いが、川原さんはその後口を閉ざしてうつむいてしまった。 「……やっぱり」 「?」 ポツリと、彼女は口を開いた。 「瀬戸君くらいかっこいい子だもん、彼女くらいいるよね……」 「えっと……」 幸治が戸惑って何も言えないでいると、突然川原さんは立ち上がって、頭を下げた。 「ごめんなさいっ、私……あの日、優しくしてもらって……歳もそんなに離れてないし、もしかしたら付き合えるんじゃないかと思って……こっそり跡をつけたりして」 「それは……確かに困ってましたけど……」 「あの、こんなこと言っても信用してもらえないと思うんだけど、ストーカーをしてるつもりはなかったの。ただ、もう一度会って話をしたいと思って……でも、結果的には変わらないよね……ほんとに、ごめんなさい……」 ふむ、どうやらストーカーときいてイメージするような、盗撮したり、食べた弁当箱から割り箸を抜き取って舐めたりと言ったような、そういう気持ち悪い感じの行動はとってなかったみたいだ。 どちらかというと、学生と社会人。接点がないため会うことも、話すこともできず、話しかける勇気もなく、その機会を狙っていたら結果的にストーカー行為になっていた……と言うことらしい。 「そういうことなら……とやかくは言わないです。ただ、無言で後をつけられるのは怖いので……よかったら連絡先を交換しませんか」 「「!?」」 あまりに頭がおかしい発言が聞こえてきて、思わずこの野郎の顔を見つめた。 川原さんは「そんなこと良いんですか!?」といった感じの反応だったけど、私的にはマジかこいつ頭湧いてるのか!? という心境だ。 しかし幸治は至って真面目で真剣な表情をしていて、少なくとも単なる同情や、大人の女性の魅力に当てられてデレたわけではないようだ。 いやまぁ、本人がいいっていうなら何も言わないけどさ……一応、恋人役が隣にいる場面でそれ言うか普通……? 私がはぁ……っとため息をつくと、川原さんから同情的な目で見られた。 うむ。この短時間で、この男の厄介さの片鱗を理解したようだ。 「えっと、申し出はすごくありがたいんだけど……彼女さんに申し訳ないので……」 「いや、こいつはそんなこと気にするような奴じゃないですし……このまま縁を切っても、お互いモヤモヤが残りますし」 幸治がそう言うと、いよいよ川原さんからの視線に込められた同情の具合が天井突破した。 とりあえず、このまま押し問答になっても面倒くさいので、私は苦笑いを浮かべて、頷いて見せた。 ……こうして、幸治のストーカー事件は思っていたよりずっとあっけなくその幕を閉じたのである。 が、そこで気を抜いたのがいけなかったのだろう。 まさかその日の帰り道、あんなことが起こるだなんて……安堵している当時の私を叱咤してやりたい。ほんとに。