魔法少女ブルーミングリリィ

第一章

7.ますます顔が母さんに似てきたかな?

「オープン・ザ・リリィ・ドア!」

 トラックの陰に身を隠しながら、身体を魔法少女のものへと変える呪文を唱える。
 鍵は魔法の杖に。僕の身体は少女のものに。身にまとっていた男子用制服は純白のワンピースドレスに。

 変身の光をまといながら、僕はすでに移動を始めていた。

「リリィ・ヒーリング・ワウンド!」

 道に倒れる人達に回復魔法をかけながら、宙を滑るように車の群れを駆け抜ける。

「はぁあああっ!!」

 アスファルトにひびが入る程の跳躍。勢いそのままに、巨大なゴリラの脇腹にドロップキックを叩き込む。
 そして蹴り飛ばされたゴリラを前にステッキを構え、声高らからに名乗りを上げる。

「魔法少女ブルーミングリリィ! みんなは……わたしが必ず助ける!」

 今月に入ってもう四回目くらいになる名乗り。"わたし"という一人称にももうすっかり慣れてしまった。

 吹き飛んだゴリラを見れば、蹴りをかましたところから白いモヤが漏れ出ている。
  魔法少女の衣装……靴は、ヒールのロングブーツだ。それがもろに刺さったのだろう。
 流れる白いモヤは魔力……魔獣における血のようなもので、結構なダメージを与えられたようだ。

 しかしそれは、不意をついた渾身の一撃だからここまで効いた訳で。こちらを警戒しだしてしまった以上、もう滅多なことじゃまともにダメージを与えられないだろう。

「ティム! サンとレインは!?」
「残念だけど近くにはいないみたいだ!」
「マジか……参ったな」

 攻撃能力に乏しい僕一人で魔獣を相手取るのはなかなか厳しい。

 ……ここはチェーンを構えるスーパーの駐車場。時間は昼前。
 最も混む時間に出てくるとは、なかなか魔獣も質が悪い。
 かく言う僕も、昼食の材料の買い出しに来ていたのだが、突然ドンキー……もとい、巨大なゴリラが現れて暴れ始めたのだ。

 幸いにも死者や重傷者はいなかったので良かったが、僕の回復魔法も万能じゃない。
 治せないものは治せないんだ。

「さて、どうするかなぁ」

 僕が使える魔法は二つ。回復魔法と、敵の魔力を吸い取る魔法のみ。
 もちろん後者を使うべきなのだが、今の相手は大人しく当たってくれないだろう。

「とりあえず……殴る!」

 再び僕は走りだし、停められた車を足場に加速。ゴリラの前に来たところで地面を蹴り、右へ。
 僕が真っ直ぐ行っていればいたであろう所を、ゴリラの腕が空振る。

 右に止まっていた大型車の側面に着地……着壁? し、そこからゴリラに向かって跳ぶ。いわゆる、三角跳び。

「おりゃぁあああっ!」

 そのままゴリラの左頬を、多分世界で一番硬い魔法の杖でぶん殴る。

「オゴォッ!?」

 今度は吹っ飛ばされはしなかったものの、思いっきり頭から倒れるゴリラ。魔獣も魔界ではただの獣。
 脳を揺さぶられれば真っ直ぐ立つこともままならないようだ。

 数度の戦闘で、僕はようやく魔法少女の戦い方というものがわかり始めていた。
 魔法少女と言うくらいだから、呪文を唱えて魔法で……とは残念ながらならない。

 例えるなら、アメリカンヒーロー。
 驚異的な身体能力をフルに活用して、殴ったり蹴ったり投げたり。
 魔法はどちらかと言うと、特殊アビリティみたいなもので。戦闘中にちょっと助けになるくらいのものでしかないんだ。

 しかし、やはりトドメは魔法じゃないとキツイ。相手は腐っても魔界の住人。単純な物理攻撃で倒せるほどやわな敵ではない。


 頭をふらつかせながらゆっくりと立ち上がろうとしている魔獣を見て、今が好機と見る。

「リリィ・テイク・ア・ルーツ!」

 数十の花の種が宙に現れる。ステッキを指揮棒のように振るい、それらをゴリラの体表に植え付ける。

「スプラウト・アンド・ブルーム!」

 そして発芽。身体中から植物の目を生やす姿は、何度見ても生理的に受け付けないものがある。
 そんな僕の思いとは裏腹に、全ての芽が花開いていく……が。

「ウホォォォオオオ!!!!」
「う、うそっ!?」

 なんとゴリラはその両手で、体に生えた百合の花を引っこ抜きっ始めた。
 とは言え、すでに根付いているのを抜くわけだから、ゴリラの体も無事ではない。

 花が抜けたところからは白いモヤがどんどん流れている。


「…………あ」


 そう、大量に流れ続けているのは、魔界の住人にとって生命活動に欠かせないエネルギー。
 この魔法は、花が全て咲ききれば、それ以降はほとんど宿主の魔力を吸ってくれないのだ。だから所持している魔力量が桁外れに多い相手には効かない……という弱点があったのだが、今回は勝手が違う。

 しっかり咲ききるまで魔力を吸い、そしてゴリラは、肉をしっかり掴んでいる根ごと、それらを全部引っこ抜いた。

 どんどん流れ出る魔力。どんどんふらふらになってくるゴリラ。
 そして……。

「ウホォ…………」

 ゴリラは光の粒子となって空に溶けていった……。



「…………」

 一瞬固まる空気。

「う、うおおおお! やったー!」
「リリィが勝ったぁあああ!」
「ついに一人で倒しちまった!!」
「おねえちゃんすごーい!!」

 そしてワッと湧く歓声。
 正直まぐれで勝ったようなものだし、全然嬉しくない……。
 けれど他の人からしたら、被害を出さずに勝ったか負けたかが重要な訳で。

「あ、あはは……」

 僕は引きつった笑みを浮かべて、手を振るしかなかった。






「マナ・ロック」

 その後僕は、迂回してスーパーの裏手まで来て、変身を解除した。

「あー、疲れた……コレから食材買って買わないといけないし……」
「まあ、しょうがないよ。それにしても、最近は出現頻度が多いね」
「ほんと! 週に二回とか出てくるとか本当キツい……」

 僕こと百合園蕾が魔法少女になって約一ヶ月が経った。
 先月の中頃に変身し、二回魔獣と戦ったのだが、今月は二週間程で四回も魔獣が出てきたのだ。
 そのおかげで、すっかり魔法少女ブルーミングリリィの存在は町中の人々に知られるようになったのだった。

「うーん、流石に異常だね。前は二周間に一回とかしかでてこなかったのに、今では四倍だ」
「新しい魔法少女が力をつける前に……ってこと?」
「ありえるね。でもそろそろツボミも戦い慣れてきたし、そう考えるとこれからは、弱い魔獣を小出しにするんじゃなくて、強い魔獣をぶつけてくるようになるかも」
「うへぇ……マジか」

 どっちにしろ厄介だった。もし強い魔獣……つまり、魔人が直接乗り込んでくるようなやつがやって来たら、僕なんかじゃ相手にもならない……。

「うーん、変身した状態でも良いから、シャイニングサンとポーリングレインと連絡を取ってみたら? 流石にその場だけの共闘じゃこれから先キツイかも」
「だよねぇ……」

 別に普段から一人で戦っている訳じゃない。
 サンとレインと会ったらその時は共闘して、二人がトドメの一撃を入れている間にトンズラこくのだ。今まではそれでやってこれた。

 しかしこれまで僕が戦ってきたのは、適当に放たれる弱い魔獣ばかりだった。いや、僕からしたら強いんだけど、もっと強い魔獣がいるらしい。
 そう言うのは、魔人が自らやって来て、その場で召喚しなければならないほど、必要な魔力が多い……つまりそれだけ強いらしい。

 全く、勘弁してほしい……。


 今後のことは大事だけど、今はそれより今日のご飯のほうが大事だ。
 僕はさっさと買い物を済ませるために店内へ急いだ。

「今日は……麻婆豆腐丼でいいや」

 市販の麻婆豆腐の元と、豆腐。付け合わせのサラダのための野菜。これだけで一食分の買い物が終わりだ。
 まあ夜の分も買わないといけないんだけど……。

 夜は一般的な和食スタイル……一汁三菜……は作るのが面倒なので、一汁二菜になるように魚とほうれん草などをかごに入れていった。

 レジに向かって歩いていると、前方から走ってきた小学生くらいの子供が僕の腕にぶつかって来た。
 結構な勢いだったので思わずふらついてしまった……。
 それからすぐに、その子の親と思われる女性が慌てて近付いてきた。

「あぁ! すみません! 怪我はないですか!?」
「大丈夫です……ちょっとぶつかっただけなんで」
「本当にすみません……ほら、たくちゃんもちゃんとお姉さんに謝って!」

 え。

「お、おねーちゃん、ごめんなさい……」
「う、う、うん……これからは気を付けてね……」

 お、おねーちゃんと来ましたか。二次性徴を終えてから始めて性別を間違われたよ……。
 しかしまあ、ここで否定するとまた面倒そうなので、僕はたくちゃんと呼ばれた少年の頭をポンポンと撫でた。



 その後二人と別れ、買い物を済ませた僕は荷物を抱えて帰路についていた。

「うーん……そんなに女っぽいかぁ?」

 立ち止まって、建物のガラスに映る自分の姿を確認する。
 意識してみてみると、顔が少し丸くなったかも……。

 そう言えば、前に努にもそんなこと言われたなぁ……。
 でもなんでこんな急に……食べすぎ? 運動不足?
 いや、魔法少女になってからは運動量は増えているはず……。

 一体何でなんだろう。確かに癒やし系とはよく言われるが、それは"小動物系の可愛さ"が出ているらしく、それで可愛いとは言われる。だけどそれは、少なくとも"女の子っぽい"可愛さではないはずだ。
 今まで性別を間違われたことはないし……。

「……と言うか、ますます顔が母さんに似てきたかな?」

 おっとりとしたタレ目に、緩やかな眉。それと優しそうにほころぶ口元。
 残念ながらイケメンではない。これは確かに癒やし系だ。

 大人になってきて、癒やし系の長である母さんに似てきた……だから女と間違われた?
 そんな適当な推理をしながら、荷物を抱え直して再び歩き出した。



「ただいまぁ~」

 返事はない。母さんは、土曜は午前で終わり。だから帰ってくるのは昼過ぎなのだ。

「はぁ……疲れた」

 ドサリとエコバッグを調理台に置く。
 どうも最近は戦闘の機会が多いせいか、体が重い。今まで余裕で持てていた荷物も、短い時間ならまだしも長くは持っていられなくなった。

 今日はご飯食べたら、しばらくゆっくりしていよう……。

 休憩したいのは山々だけど、のんびりしてたら母さんが帰ってくるまでにご飯が間に合わなくなる。
 僕は一度大きく伸びると、昼ごはんの準備に取り掛かったのだった。
			

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