魔法少女ブルーミングリリィ

第一章

6.どおりでめっちゃ肉よそわれたわけだ……

 豹型の魔獣との戦闘後。

 僕はブルーミングリリィのまま努を抱え、自宅へ向かって民家の屋根を跳躍していた。魔法少女の肉体は忍者映画のようなアクションができて少し楽しい。
 母さんは深夜帯まで帰ってこないだろうから、変身したままで大丈夫だろう。と言うか変身した状態じゃないと、僕より体の大きな努を抱えて運ぶだなんてできないし。

 それにしても、今回の戦闘は危なかった……。
 僕はつくづく支援型だと言うことが嫌ってほどわかった。
 回復魔法に、敵の力を奪う魔法。そんなのばっかりで、直接的な攻撃魔法が何もないんだ。

 今回新しく覚えた魔法だって、花が咲くまでは敵も元気に動き回れるし、敵の魔力量が半端なく多ければ、花が咲いてもそれほど効果はないだろう。
 何より、最終的に敵を倒すまでいかないのが、一番の難点だろう。
 つまりトドメはシャイニングサンとポーリングレインに任せるしかないってことだ。
 トドメをさす時まで一緒にいれば、変身状態を続ける必要はなくなる。きっと二人は元の姿に戻り、僕にも変身解除を促してくるだろ。

 ……うん。ダメだ。
 なんだかんだ言って、冷静になって考えれば社会的に死ぬのはやっぱり嫌だ。

 ……正体を隠す以上、あまりサンとレインとは共闘できないかもしれない。そうなると一人で戦うような場面も、これから出てくるだろう。今のうちに一人で戦う時の戦闘方法を考えたほうが良いかもしれない。 

 なにか武器とかないだろうか……。いや、このシャイニングサンのバカ力で殴っても壊れない魔法の杖が武器と言われればそうなんだろうけど、残念ながら変身した僕にも魔獣を撲殺するだけの力はない。

 剣とか銃とか、なにか有効な武器があればいいのに……。

「ただいま~」

 そんなことを考えながら、自宅……七階建てのマンションの四階に着いた僕は鍵を開けて中に入る。
 とりあえず努を僕のベッドに寝かせると、僕は変身を解除した。

「魔力封印マナ・ロック!」

 その呪文を唱えれば、僕の身体は変身時同様、まばゆい光に包まれ、一瞬にして元の姿に戻る。

「あっ、靴履きっぱだ」

 ブルーミングリリィの状態だと、不思議な力で衣類を脱ぐことができない。つまり強制的に履かされるヒールブーツも脱ぐことができないのだ。
 あと変身を解除すれば努を抱えて移動できないので、仕方なくそのまま来たのだが……うん。これからは気を付けよう。

 僕はいそいそと靴を脱ぐと、玄関にしまいに行ったのだった。





 午後八時。僕がキッチンで夜ご飯を作っていると、部屋から努が起きてきた。

「おはよう努」
「おはよう……やっぱりお前の家か」
「うん……あ、もう完成すできるから、詳しい話は食べながらでね」
「できるって……まさか蕾がご飯作ってくれてんのか!?」

 僕が鍋をかき混ぜていると、ずいぶんと驚いたようすでキッチンに入ってくる努。
 顔色は……ちょっと悪いか。まあ傷は治っても失った血はすぐには戻らない。
 でもそれ以外は大丈夫そうで安心した。

「うん。ビーフシチューだよ。ほんとは食べに行く予定だったけど、あんなことがあったから……」
「そ、そうだな……。ってか、お前料理できたんだ……」

 あれ? 確か前にもそんな話をしたような。
 確か……学校で弁当を食べてる時に話した気がする。

「何言ってんだよ。努がいっつも勝手に摘む弁当。あれだって毎日僕の手作りだぞ」
「ま、まじか……あーいや、前も言ってたな」
「もしかして信じてなかった?」
「そういう訳じゃないけど……もっと手軽な物だと思ってたから。冷食とか。だからこうして、目の前でガッツリ作ってるの見てびっくりしたんだ」
「そ、そっか」

 なんだろう。こうも驚かれると少し照れくさくなってくる。
 頬に熱が集まるのを感じて、それをごまかすために話をそらした。

「ほ、ほら。良いからご飯よそって」
「ほーい」

 カレー皿はもう出してあるし、ご飯もかまかしてある。後はよそうだけなのでそれをやってもらうことに。
 僕は僕で、じゃがいもや人参に日が通ったことを確認して、火を止める。

「……多いな」
「あ、わり」

 盛ってくれたご飯だけど、努からしたら少な目なのだろうその量は、僕からしたら結構な大盛りだ。
 ……まあ今日はたくさん魔力を使ったし、食べられるんじゃないかな?

「いや、良いよ。今日はお腹減ってるし」
「そっか。多かったら俺が食うから無理すんなよ」
「うん」

 その皿にビーフシチューを注ぎ、湯を沸かしてる間に作っておいたサラダと共に布団を外したこたつに運ぶ。

「じゃあ、食べよっか」
「うまそー! じゃ、いただきまーす」
「召し上がれー」

 ご飯とともにスプーンですくい、一口。
 牛肉の旨味がしみ出した濃厚なソースが、甘味の強いご飯とよく合っていて、とても美味しい。

 ちなみに我が家では、夜ご飯は〇〇ライスが多い。
 カレーやハヤシはもちろん、ホワイトシチューまでご飯にかけて食べるんだ。
 ホワイトシチューはご飯にかける人とかけない人で別れているのを知った時は驚いたよ。
  他には、オムライスやチャーハン。時間がないときは卵かけご飯や水ご飯、お茶漬けに玉子丼、バターご飯なんてのもよく食べる。
 バターご飯は他の地方では食べられないみたいだけど、簡単だからぜひ試してみてほしい。

 作り方は簡単。熱々のご飯にバターを乗せて、醤油をかけるだけ。
 お好みで鰹節や生卵をかけてもいい。

 幼い頃の僕が〇〇ライスが大好きで、料理を始めた頃に比較的簡単で、他におかずがいらないからと最初に教えてもらったから今でもよく食べるんだ。


 そうして何口か食べたところで、努が神妙な顔で訊ねて来た。

「……それで、あの後どうなったんだ?」
「うん……あの後すぐに魔法少女………ブルーミングリリィが来てくれて、努を治したあとあの魔獣と戦ったんだよ。その後シャイニングサンとポーリングレインが来て……それでブルーミングリリィが家まで努を運んでくれたんだ」

 僕は予め考えていたストーリーをスラスラと言う。
 すると努は少し残念そうな……寂しそうな顔で「そうか。」と一言だけ言って押し黙ってしまった。

 また自分だけ魔法少女に会えなくて落ち込んでるのかな……。

「ほら、せっかく無事だったんだから、食べて食べて!」
「お、おう」
「血がたりないと思って、レバーのビーフシチューにしたんだから!」
「どおりでめっちゃ肉よそわれたわけだ……いや、まあ、ありがとな」
「うん? うん」

 それからは努の様子も元に戻り、他愛のない会話をしながら食事を進めた。
 うーん、ここまで落ち込むほど魔法少女が好きなら、一回くらいはブルーミングリリィの姿で会ってやっても良いかな?

 なんてことを考えながらサラダをもぐもぐと噛んでいると、何かに気付いたのか努が訊ねてきた。

「……蕾、ちょっと太ったか?」
「えー? そんなことないと思うけど」

 そんな頻繁には計ってないけど、前に計った時は別に増えてなかった。

「そっか。なんか顎のラインが丸くなった気がして」
「ん~、気のせいじゃない?」
「まあそうかも知れないけど……」

 納得がいっていない様子の努。
 鏡もない居間じゃ、どの道確認しようがない。人とご飯を食べてる時にスマホを使うのはマナー違反だし。

 ……まあいいや。後で鏡で見とけばいいよね。


 結局食べきれなくて、残りを努に処理させ、努はお暇することとなった。

「今日はごっそさん」

 玄関で靴を履いた努に、鞄を渡す。

「はい。……今日はありがとね」
「え、なんで俺がお礼言われてるんだ?」

 全く分かってないといった感じで訊ねられた。
 しかし僕からしたらかなり重要なことだっったんだ。

「ほら、魔獣に襲われた時……かばってくれたじゃん」
「あー、そっか。どういたしまして」

 少し照れたように頬をかく努。
 でも本当に。もしあの時、僕がやられていたら二人とも殺されていたかもしれない。
 もし僕が、すぐに変身して戦っていれば、少なくとも努はあんな痛い思いをしなくて済んだわけだし、もはや僕のせいと言っても過言ではない。

 本当は「ありがとう」より「ごめんね」を言うべきなのかもしれないけど、それは心の内に留めておく。

「じゃ、帰るな」
「うん。また明日」
「おう……ありがとな」
「え?」

 努はそう言って帰って行った。
 最後のはどういう意味だったのだろう……?
 よく分からないけど、ベッドを貸したこととかご飯をごちそうしたこととか、そう言うのを纏めてのお礼だったんじゃないかな。





「ティム」
「どうしたんだい? ツボミ」

 お風呂に入って、自室のベッドに転がった僕は、同じくベッドに転がるティムを両手で持ち上げながら話しかけた。

「あの鍵……僕に持たせてくれない?」
「……ボクはいいけど。キミの方がいいのかい?」

 何を隠そう、魔法少女の変身アイテムである鍵の所持を拒んだのは僕であった。
 自分で言うのもあれだけど、僕は、身も知らない人を命がけで助けようとするほど、お人好しじゃない。

 初回は、僕を助けようとしてくれた二人の魔法少女……そして母さんと僕自身のため。
 今回は親友と、また僕のため。
 二回とも僕と、僕の大事な人のために変身したんだ。

 これがもし全く知らないオジサンだとか、仲が良くない生徒が襲われているだけだったら、僕は見て見ぬ振りをして通り過ぎていただろう。
 ……もしそんな時鍵を持っていたら、助けなかったことで後から気が咎めるだろう。
 我が身大事だけど、悪人にはなりきれない。

 だったら、最初から戦う術を持たなければ良い。そう思ってティムに鍵を預けていたんだ。
 ……でも今回の件で思った。もし大切な誰かがが危険な目にあっている時に、鍵がないことで助けられなかったら。

 その時僕は、かつてないほどの後悔をするだろう……。

「良いんだ。いや、預けてほしい」
「わかった……それがキミの覚悟なんだね」
「うん」

 ただ、頷く。
 そしてティムは、僕に鍵を託してくれた。

「ありがとう」
「……まあその鍵は、キミの……キミだけの鍵なんだけどね」
「そうなの?」

 初耳だ。

「鍵は、合う錠がないと意味がないだろう? その鍵はユリゾノツボミの、ブルーミングリリィの鍵なんだ。
 確かに最初は全ての魔法少女の種の少女に合う鍵だったけど、今ではキミにしか合わない鍵なんだ」

「僕の鍵……」
「開けるも閉めるも、キミ次第ってことさ」
「……うん」

 僕はティムの代わりに鍵を掲げて、それを眺めていた。
			

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