魔法少女ブルーミングリリィ
第一章
4.お前ほんと猫みたいな性格してるよな
魔法少女になった翌週。
今日は母さんが同僚とご飯を食べてくるから遅くなると言っていたので、努と一緒に遊んで、夕飯もどこかに食べに行くことになった。
どうしても友達付き合いが悪くなりがちな僕だけど、努はこの二年間飽きもせず友達でいてくれた……。正直僕の中では初めてできた親友、のつもりなんだけど、努はどう思っているのだろう。
「じゃあな努」
「おう高橋、また明日なー」
努と教室を出ようとした時、クラスメイトの一人が声をかけてきた。もちろん僕に向けてではない。
……まあ努は誰とでも仲が良い。僕もきっとそのうちの一人なんだろうな。
「どうした蕾?」
「んー? なんでもないよ」
「そうか?」
うーん、この相手の変化に気付く観察眼と、細やかな気遣いできるからこその、これだけ友好関係なんだろう。
少し寂しい気持ちと尊敬の念を抱きながらも、僕は「置いてくぞ」と声をかけさっさと教室を出ていった。
広瀬努と言う男と出会ったのは、高校に入学したその日の事だった。うちのクラスに「ひ」から始まるのは広瀬の努で、それ以降は「ゆ」で始まる百合園の蕾まで誰もいない。
つまり長時間座っているだけで特にすることのない入学式で、僕の前にいたこの男は話しかけてきたのだ。
確か第一声は「校長の話が長いのは定番だけど、この学校はPTA会長のおばさんの方が長いんだな」だったはず。
いかにも教育ママなオーラを漂わせている誰かの生徒の母親は、確かに。かれこれ十分は話し続けていた。
それにしても、まさか入学式中に後ろを振り返って話しかけてくるとは。その時僕は驚いて「あ、うん」としか答えられなかったんだけど。
とにかく、入学式に知り合った僕達は三年生になった今でもクラスメートで、それでいて仲の良い友達なんだ。
しかし意外かも知れないけど、出会った当時はあまり仲が良くなかったんだ。と言うか僕が一方的に壁を作っていただけなんだけど。
まあ一ヶ月もしない内にすっかり心を許し、今では一方的に親友だと思うくらいには懐いてしまっている。
そう、懐くだ。
努に何度も言われたのが「お前ほんと猫みたいな性格してるよな」というセリフ。意味がわからない。
「気まぐれで自分勝手で普段ツンツンしてるけど、仲いい相手にはベタベタになる」
だそうで、「お前が女だったらなぁ……」はすでに両手で数え切れないほど言われている。
そんな頭のおかしいことを言うには言うが、広瀬努という男はハイスペックなやつだ。
成績もまあまあ、スポーツもそれなりに。容姿も結構整っていて、コミュ力は僕が懐くくらいだ。物凄く高い。
コミュ力以外は、物凄く良いって訳じゃない。あくまで上から数えた方が早いってくらいだ。
だけど突き抜けた天才特有の取っ付きにくさ……それが良い具合にないんだ。
そんな努だが、一つだけ欠点? がある。それが魔法少女オタクであると言うところだ。
本人はあくまで"ファン"であることを強調しているが、彼を知るものはみなこう言うであろう。
『努? ああ、あいつは魔法少女オタクだよ』
……と。
いや、別に僕ら男子からしたら別に良いんだけど、問題はこいつに思いを寄せる女子だ。
話しやすくて、スペックも良い上、容姿も良い。そんな努に淡い恋を抱く女子生徒は少なくない。
少なくはないのだが……努に興味を持ち接近すると、必ずあの噂を耳にすることになるのだ。
「広瀬努は魔法少女オタクである」
努もよせば良いのに、噂の真偽を訊かれると"オタク"であることを否定しながら、嬉々として魔法少女について熱く語り始めるんだ。
眼の前で初めてそれを見せつけられた女子生徒は、まあなんと言うか。
一言で言えば「百年の恋も冷める」こととなるのだ。
そのせいか、努は高校に入学してからまだ一度も恋人がいたことがない。
実に惜しい男だと思う。
僕が努との馴れ初めをなんとなく思い返していると、隣を歩く努がおもむろに頭をポンポンして来た。
「おーい蕾~、すねんなって!」
「頭なでんな。ってか、すねてなんかないけど?」
いきなり何を言い出すんだこいつは。
しかし努は真剣な顔で続ける。
「俺がさっき他のやつと話したから嫉妬してんだろ?」
「はぁ……?」
いやナルシストか! 自意識過剰か!
そうツッコミたかったが、当たらずとも遠からずな予測に思わず声を詰まらせてしまった。
「いや、別にすねてないよ。ただ何て言うか、自分が情けなくなったと言うか……」
うん。言葉にしてみると確かにそんな思いはあった。
「ほら、僕コミュ障じゃん? それに勉強も運動も得意ではないし、モテたこともないし……」
「おおう、劣等感感じてる相手にあけっぴろげに言うのな……」
呆れたように言う努。もちろん僕だって仲が良くない相手には言わないさ。
「んー……まあでも、蕾は癒やし枠だからなぁ……いると精神安定に良いんだよ」
「僕はペットか! ってかいつまで撫でてるんだよ!」
前回のワシャワシャとする撫で方でなくて、優しくナデナデするような感じだったので、何となく放置してしまった。
「今回の記録は五〇秒かぁ……前昼休みに居眠りしてた時の一分三〇秒は超えられず、と」
「ちょっと待った何の話だそれ!?」
突然不穏なことを言い出した努。
全く見に覚えがないのが何より怖い。
「まあ起きそうになってやめたからなー」
「寝てる時とか卑怯だぞ!?」
「お前だってだらしなく頬を緩めて喜んでたじゃないか」
「んな訳あるか!」
僕が激しく否定すると、努はニヤリと嫌らしい笑顔を浮かべた。
「な、なんだよ……」
「証拠の動画だって残ってるんだぜ?」
そう言ってスマホの画面を見せようとしてくる。
「うわあああ! 見せんな! そして消せ!」
悪魔だ! 悪魔がここにいる!
僕が騒ぎ立てると、さすがに不味いと思ったのか「わかったわかった」と頷いた。
「じゃあ行き先変更だ。カラオケの採点機能でお前が勝ったら消すよ」
「いや消せよ」
まあようは勝てばいいんだ。童謡とか歌えば勝てるだろう。
それに、こうやって何かを競うように遊ぶなんて、友達っぽくて良いな……なんて。
僕は努の策略にわざと乗って、うちの近くにあるカラオケへと向かうのだった。
「よーし、歌うかー」
「おー」
「一曲目慣らしで、二曲目勝負ねー」
「おっけー」
僕は真っ先に曲を入れる。選んだのは九〇年代に放送された国民的アニメのオープニングテーマだ。
めったに来ないが、カラオケに来た時は必ず歌う十八番曲。最初は声が出てなかったけど、後半は本領を発揮し得点は81点と高得点。
うむうむ。作戦通り。
続いて努の番。流れてきたのは、流行りのドラマのエンディング曲だ。
さすがコミュ力の鬼。前から思っていたけど、選ぶ曲が誰もが知っているやつばかりなのだろう。
歌唱力もそれなりに高い。ううむ、末恐ろしい男だ。
感動的なラスサビを歌い終わり、余韻も引きずるままいよいよ本番。
「悪いけど勝たせてもらうよ」
「ほう?」
僕が入れたのは「ドレミの歌」。音階をただたどって行く単純な曲だ。
「ほんとはこんなことしたくないけど……えへへ、努が悪いんだよ。動画なんてとるから」
動画を消させるためなら、僕は悪魔にだってなろう。
きっと僕は今悪い笑みを浮かべているだろう。
さて、さっそく流れてきた明るいメロディー。ポイントは、なるべく平坦に歌うこと。下手にこぶしやビブラートを意識すれば、かえって音程が安定しない可能性が高い。
音程勝負だ!
そして歌い終わり、採点画面に移る。
デュイーンと得点が上がって行き、最終的に表示された点数は「91.312点」。この勝負もらった!
「さあさあ、次は努の番だよ! せいぜい頑張ってね!」
「おう! まかせとけ!」
異様にテンションが高い努。やけっぱちになっているのだろうか……。
ピッピッとタブレットを操作し、画面に表示されたのは二〇〇六年に放送された人気アニメの劇中歌だった。
アップテンポで、ギターが鳴り響く激しめの前奏が流れ出す。
まさか勝負を捨てたのか!?
そして歌い出し……僕は愕然とした!
「う、上手い……!?」
一曲目はわざと手を抜いていたのか、音程はピッタリな上、要所要所でビブラートを自然に使い、どんどん加点されていく。
ラスサビ、一音上がりテンションもマックスに。
努は見事最後まで完璧に歌いこなした。
「ふー……さて、得点はどうかなー」
「え、あっ」
思わず聴き惚れていた僕は正気に戻り、慌てて採点画面を見た。
点数が「0.000点」から一気に上がって行き、「90.000点」を超えると同時に上昇スピードが一気に減速する。
しかし僕の得点を安々と超え、表示されたのは「95.879点」と言う僕からすると前代未聞な点数だった。
「よし、俺の勝ちだな」
「う、うそ……」
「じゃ、と言うわけで動画はこのままなー」
「くぅ、まさか努に歌の才能があったとは……悔しいけど負けは負けだし、正直聴いてて感動するくらいうまかったし、動画の件は諦めるよ……」
敵ながらあっぱれ。
……あれ? もしかして最初から努はこれを狙って「カラオケで勝負」と言い出したのか?
…………僕は何も気づかなかったことにし、その後も努とカラオケを楽しむのであった。
カラオケも中盤に差し掛かり、トイレに行っていた僕は部屋に戻ろうとしていた。
すると僕達の隣の隣の部屋から二人の少女が出てきてすれ違った。
二人はうちの学校の制服を着ていて、ネクタイが緑色だから二年生なのだろう。
何となくどこかで見たような気がして、すれ違った後思わず振り返ってしまった。
そして……同じく振り返った二人と目があった。
「あ、ど、どうも……」
僕はどうも気まずくなり、頭を下げてすぐに前を向いて歩き出した。
あの二人は、確か僕と同じ委員会に所属してる後輩の子たちだった。でも、すれ違った時に感じた既視感は、もっと最近、強烈な記憶とダブったように思えて……僕は首を傾げて部屋に戻るのだった。