魔法少女ブルーミングリリィ
第一章
3.昨日現れた新しい魔法少女のデータです
魔法少女になった翌日。
いつも通り学校に来た僕のところに、一人の男子学生がスマホを手に興奮した様子でやって来た。
彼は広瀬努。高校に入ってから仲良くなった友達で、自称学校イチの魔法少女ファン。
校内では携帯電話の使用は禁止されているというのに……これ昨日も思ったか。
「なあなあ蕾! 昨日お前の傷を治した新しい魔法少女の画像! 見ろよ! めっちゃ美少女だぜ!」
「ブッ」
眼前に突きつけられたスマホの画面には、真っ白なワンピースドレスを着た少女の姿が。
うん。僕だ。
なんで女の姿の僕の写真がここにあるのだろう。
「きたねぇ! つば飛ばすな!」
「ご、ごめん……じゃなくて、この写真……!」
羞恥やら混乱やらで上手く言葉にできない。けれど努には伝わったようで。
「俺等は魔人の襲撃受けて避難したから見れなかったんだが、教室で授業受けてた隣のクラスのやつがバッチリ写真撮ってくれててよ!」
「あぁ~、なるほど……」
冷静に考えれば驚くことはないのかもしれない。努は前から、二人の魔法少女が戦うたびにどこからともなく写真を入手しては僕に見せてきてた。
「くっそう、生で見れなかったのが悔やまれるぜ……」
血涙までは流さないが、本気で泣きそうな努の姿を見て少し引く。
「で、だ!」
物凄く悔しがっていた努だが、すぐに目を輝かせて僕に近寄ってきた。
「実物のブルーミングリリィ、どうだった?」
「えっ、なんで僕に訊くんだよ」
「なんでも何も、一番近くでブルーミングリリィ見たのはお前だぞ? もしかして会話とかしたかも知れないし」
「あ、あー。そうだねぇ……」
どうしよう。実際はブルーミングリリィと会ってなんかいない訳で。その辺のことを考えておくのを忘れてた。
「……いや、会話はしてないよ。彼女は急いで僕を治して、魔獣に向かって走って行ったから。一応ありがとうとは声かけたけど、聞こえてたかどうかもわからないな」
記憶を探るようなふりをして、そういう設定を絞り出した。
「そっかぁ、まあそりゃ一刻を争う場面だったもんなぁ」
少しがっかりした様子の努。
「次に魔人の襲撃が来るまで、魔法少女達も出てこないよなぁ」
「そりゃ、普段は普通の学生だろうしね」
「え?」
何故かそこで努は首を傾げる……あ。
「いや、だって見た感じ僕らと年齢大して変わらないだろ? それに魔獣が出たらすぐ駆けつけてくるし……近所の学校に通ってる学生なんじゃない?」
「あー、確かに。言われてみれば納得だ……」
慌てて適当に理由をつけて言い訳する。
努が不思議に思うのも無理はない。なぜなら魔法少女の正体は一切明かされておらず、"僕達と同じ人間"であるかどうかも分かっていないのだ。
確かにそこにいる。けれども現実味のない不確かな存在。それが魔法少女なんだ。
自分自身が魔法少女になってしまったことで、僕は普通に生活してる誰かが魔法少女に選ばれることが前提の考え方になってしまっていたようで。
僕の常識や価値観は、日常と共にすっかり変わってしまったんだな……。
今更ながらそう実感し、憂鬱な気持ちでいると、突然頭を強くかき混ぜられた。
「なーに辛気臭い顔してんだよ! 似合わねえぞ~」
「わ、わ、やめろよ!」
まるで犬扱いだ。手をバタつかせて抵抗すると、ニシシと笑う努。
魔法少女のことがなければイイやつなんだ。ほんと。
僕があきれながら鞄を机の上に置く。確か一時間目は英語だったはずだ。
教科書を出そうとチャックを開けたところで、僕は思わず固まった。
「お? なんだ蕾。お前ぬいぐるみなんて持ってきたのか?」
「あっちょっ!」
僕の静止も虚しく、白い物体をガシりと鷲掴みにして持ち上げた。
「たれ耳の白ウサ……饅頭?」
「あ、あはは~、母さんが寝ぼけて入れたのかな?」
「お前の母ちゃんどんだけドジっ子だよ……」
「ドジ……と言うよりはおっとり系かな」
「なるほど」
やめろ。僕の顔を見て納得するな。
僕は話しながらさり気なくぬいぐるみを回収して鞄に押し込み、先生が来ると努を席に戻らせた。
「おいティム! なんで着いてきたんだよ!」
「だってボクがいなきゃ魔人が現れてもわからないじゃないか」
「そ、そうかもしれないけど……」
「良いからいいから」
そこまで小声で話したところで、先生が入ってきてしまった。
学校が終わり帰宅した僕は魔法少女に変身していた。
昨日は自分の格好なんて確認する余裕はなかったし、今朝の写真だってチラリとしか見ていない。
今さらになって自分の姿が気になったのだ。
さて、パっと変身を終えた僕は、妙な気恥ずかしさから足元に視線を降ろしたまま母さんの部屋に忍び込み、姿見を前に立った。
──ゴクリとつばを飲み込みながら視線を上げていく。
まず目に着いたのは、身を飾る白いドレス。
ドレス、と聞くとフリルやレースが大量にあしらわれ、ふんわりとボリューミーなシルエットを想像すると思うんだけど……。
このドレスはもっと体のラインが出ていて、ドレスと言うよりワンピースみたいだった。しかしワンピースと呼ぶにはフリフリとしている。
そのデザインは魔法少女シャイニングサンとポーリングレインの衣装より少し大人っぽい。
スカート部分は膝が出るくらいの丈で、太ももまである厚手の白いソックスが眩しい。
次に、腰まで真っ直ぐに伸びた黒髪が目に入った。
心なしか普段の僕より髪質は良いように見えるけど、ちゃんと手入れすればこれくらいにはなると思う。
と言うか、髪の毛に関して言えばまんま母さんだ。すごく上品に見える。
顔立ちはあんまり変わっていない。前より目がぱっちりとしているのと、少し顎のラインが丸くなっただろうか……。
タレ目で穏やかな感じの顔立ちは正直言ってあんまり変わらない。
「ね、ねえ……これ、他の人から見てバレないの……?」
これ普通に身バレするのではないだろうか。
不安になって一緒に着いてきたティムに訊ねる。
「うん。魔法少女に変身してる間は魔力を身に纏ってるからね。元の姿には見えないんだよ」
「そうなんだ……それは良かった……」
とりあえず身バレの心配はないらしい。
再び鏡に視線を戻す。
何気に一番気になっていたけど、あえて見ないようにしていた部分に目をやる。
「うーん、あんまり大きくはない……?」
そのサイズは……まあ母さんのしか実物は見たことないけど、あまり"巨"がつくサイズではない様子。
男の子として少し残念なような、ホッとしたような……。
「…………」
……せっかくだから触ってみたい。あと下はどうなっているのか気になる。
けど直ぐ側には興味深そうにこちらを見てくるウサギのぬいぐるみが。
わざわざ追い出すのも気まずいし、そこまでして確かめたいとも思わない。いや思わなくはないけど。
しかたなく諦めると、少し残念に思いながら変身を解くのであった……。
~・~
午後三時。
集中できるようにとわざと暗くした部屋でデスクに向かい、被害総額の計算をしているとノック音がした。
私が返事をすると、くたびれたスーツ姿の男……部下の日比谷くんが入室して来た。手には茶封筒が握られている。
「百合園さん、昨日現れた新しい魔法少女のデータです」
「ご苦労さま。さっそく見せてもらうわね」
封筒を受け取り、中の資料を取り出した。
ワープロソフトで作られた資料には、ネットに拡散されたらしい写真が貼り付けられている。
「魔法少女ブルーミングリリィ……咲きかけの百合ねぇ。まだどこの誰かはわかっていないのね」
年の頃は中学後半から高校生。赤と青の魔法少女と同じくらいだろう。
ちなみに二人の魔法少女に関して言えば、身元はすでに分かっている。常夏高校二年C組に所属している藤堂茜と飯島蒼衣と言う少女で、これまで唯一魔獣に対抗できる戦力だったのだ。
しかしその二人以降新しい魔法少女は誕生せず、また魔人もあの手この手を使ってくるようになり、戦況は悪化の一歩を辿っていた。
私達『魔獣対策課』も、対魔獣用兵器の開発に取り掛かって入るけど、何分実戦試験もできないから開発スピードは非常に遅い。
そんな中、新しく現れた魔法少女。彼女が今後とも魔獣退治に協力してくれるなら、またしばらくは状況が安定するだろう。
「あれ、この子百合園さんそっくりじゃないですか」
「えぇ?」
私が読み終わって置いたページ……ブルーミングリリィの写真を見た日比谷くんが、突然そんなことを言い出した。
「ほら、髪型とか顔とか体付きとか……」
写真を指差しながら言う。言われてみれば確かに……パーツパーツは似ている気がする。とは言え……。
「うーん、やっぱり自分じゃわからないわ」
「そういうもんですかねー。でも全体的な雰囲気もそっくりですよ?」
「えー?」
「おっとりした感じとか……」
おかしい。家ではともかく、職場ではバリバリのキャリアウーマンのイメージを保っているはずなのに。
「まあそれは良いの。それより次の魔人の襲撃でブルーミングリリィが現れた時のために、今度こそ身元を洗えるようにしといてね」
「はい、了解です」
日比谷くんはそう返事をして、退室して行った。
全く……ここ最近は襲撃の間隔が狭くなって来ているせいで、仕事も増えてとても忙しい。残業も確定だろうし、早く家に帰って蕾ちゃんで癒やされたい……。
父親が”あれ”なせいか自分に瓜二つな、高校三年生になった息子を思い浮かべる。
小学生の半ばまではよく甘える子供らしい子供だったはずなのに、気付いたら私を支えてくれる立派な子に育っていた。
私のために部活にも入らないで、大学も受けないで就職すると言っている。
本当は親である私が支えてあげないといけないのに、私のせいで苦労をかけて、将来も狭めてるのではないか……。
もちろん自分で将来の事を考えて大学に行かずに就職する……なら反対はしないんだけど、明らかに私という重りのことを考えてそう言っているのだ。どうか自分のために生きてほしい……。
親の心子知らずと言うが、なんとか好きなことをしてほしいものだ……。
ぼんやりと天井を見上げながら、私は思うのであった。