魔法少女ブルーミングリリィ

第一章

26.じゃあ努、行ってきます

 炎と水の鳥が巨大化した魔人シュルクの胸を貫いた。シュルクの体は黒煙を撒き散らしながら爆発し、大気を震わせる。
 不死鳥は力なくグラウンドに墜ち、蝋燭の火が消えるように揺らめいて消えて……後にはボロボロの状態で倒れるサンとレインが残されていた。

「ブラックリリィ・ロック……サン、レイン!!」

 僕は白い姿に戻り、二人の元へ駆け出した。
 ……あれだけの魔法だ。使用者もただでは済まないだろう

「リリィ・ヒーリング・ワウンド!」

 たどり着くまでもなく、癒やしのゆりを咲かせる。僕もかなり魔力を消耗していて、視界に入る一面に百合を咲かせた先ほどよりだいぶ百合の数は減っていたけど、二人を癒やすには十分な量の花を咲かせた。

 百合の山に埋もれた二人の元にたどり着き、花を押しのけて見れば、すっかり傷一つなくなったサンとレインの姿があった。

「サン、レイン……?」

 …………しかし、そっと揺さぶっても二人の瞼は開かない。

 なんで? 回復魔法は上手く行ったはず。なんで目を覚まさないの?

 混乱の中さらに百合の花を咲かせようとしたその時、二人の服が……体が淡く発光し、チカチカと点滅。
 そして……。

「変身が、解け……た?」

 点滅が収まれば、そこにはセーラー服を纏う茜ちゃんと蒼衣ちゃんがいた。

「リリィー!」
「大丈夫か!」
「大丈夫っ!?」

「努っ! ティム! 母さん!」

 そこに努と母さん、ティムと、サンとレインの契約妖精のティアが駆け寄って来た。
 僕は思わず努にすがりついた。

「ねえ助けてっ! 二人とも起きなくて……変身も解けて、怪我も直したはずなのに……」
「落ち着けリリィ!」

 ギュッと、努に痛いほど抱きしめられる。その苦しさが、動転していた気を少し鎮めてくれた。

「ティムくん、これについてなにかわかる?」
「……うん。これはかなり不味い。魔力欠乏症だ」

 母さんの問いに、ティ厶が完結に答えた。
 リアルな猫のぬいぐるみのティアが、続けて補足する。

「魔法少女は、少女の……生命を生み出す可能性を魔力に変換しているけれど。それが尽きるということは……良くて不妊。悪ければ、死を表しているわ」

「そ、そん、な……」

 あまりに衝撃的だった。だって、そうだろう。彼女達は未来ある少女だ。いつか幸せな家庭を持って、そして母親になる……そんな未来が待っているはずなんだ。

 不妊? 死? そんなの、許されるはずがない!

 ……原因が分かれば、話早い。
 僕はそっと努を引き剥がし……魔法少女の肉体能力で皆を突き飛ばした。

「り、リリィっ!?」
「っ痛……な、なにを」

「オープン・ザ・ブラックリリィ・ドア」

 また、僕は黒く染まる。
 その姿に、皆は緊張した面持ちで押し黙った。

「はぁ──」

 息を吐く。息を吸う。グッと溜めて、唱える。

「リリィ・テイク・ア・ルーツ!」

 種を発生させるのは、『僕自身』だ。

 プツプツと、皮膚のすぐ下に生じる異物感と、激痛。
 けど、やめるわけにはいかない。



「はぁ、はぁ……スプラウト、アンド……ブルーム!!」



 白。



 視界が一瞬真っ白に染まり、次の瞬間、想像を絶する痛みが僕を襲った。

「うぁああああああああ!!??」

 痛い痛い痛い痛い!
 
 そう言にする葉こともできず、どんどんと皮膚の奥まで根が伸びていく強烈な異物感に脳が軋む。

「あああああっ、ヴっ、ヴぇぇぇっ……」

 あまりの激痛に体が勝手に痙攣し、僕はサンとレインの直ぐ側に倒れ込んだ。
 それだけに留まらず、思わず吐き出した。

 きっと、涙と鼻水とゲロで酷い顔をしているだろう。
 そんな顔をひたすら地面に擦りつけ、意識が飛ばないよう歯を食いしばって……慌てて駆け寄って来た努に懇願する。

「つ……とむ……!」
「リリィ! お前、バカ野郎! なにやって──」
「いいから!! ……花を摘んで、ふた、りに……はやくぅ!!!!」

 努がハッとしたのが分かった。
 もう、早く、してほしい……!
 その思いが伝わったのか、努は声を荒げて「後で説教だからな!」と怒鳴ると、僕に咲いた百合をどんどん摘んでいく。

「ううぅ……ブラックリリィ・ロック……リリィ・ヒーリング……ワウン、ド……」

 全部の花を摘み終わったのを確認して、僕はすぐさま自分に回復魔法をかける。
 痛みがスッと消えて行き、緊張が解けたせいか薄れ行く意識。
 なんとか努が二人に花の蜜を飲ませるのを確認して、──ようやく僕は意識を手放したのだった……。





 ……そこからは、聞いた話による。

 学校だけじゃなく、様子を見に来ていた近隣住民や、それを避難させようとする警察。皆が湧き立ち、拍手喝采が上がったそう。
 そんな中サンとレインの正体は、大量の百合の花によってバレることなかったらしい。
 意識を取り戻した茜ちゃんと蒼衣ちゃん。逆に意識を失った僕や、努、母さんは、追加できた魔獣対策課車に乗せられ、魔獣対策課、魔力研究部に運ばれた。
 何でも専門のドクターがいるらしく、魔法少女組3人は精密検査を受けた。

 またあの後、怪我は治ったとはいえ一度は瀕死の状態にあった人たちが病院に自分の足で向かったり、そもそも校舎が破壊されたわけで、生徒全員が家に帰されたり。

 かくして魔人シュルクとの戦いは終わったのだった。





 ……翌日、目を覚ました僕の前には、涙を蓄えた母さんに、ホッとした様子の努。抱き合って喜ぶ茜ちゃんと蒼衣ちゃん、ティムとティアがいた。

 僕たちがいるのは、魔力研究部にある部屋で、以前何回か使ったとこがあったからそれが分かった。
 一見すると入院病棟の個室にしか見えないんだけど……。
 ともあれ、どうやら僕たちは全員無事に生きて帰って来れたみたいだ。

「……未咲」
「母さん……?」

 僕がホッとしていると、どこか沈痛な面持ちで寄り添ってきた。
 母さんは僕を抱きしめながら自然な動作で耳元にそっと顔寄せ、こそりと呟いた。

「あなたの体は、完全に女の子になっていたわ……だから」

 あぁ、そっか。もう、百合園蕾はこの世にいないんだ。
 そう、暗に伝えられたことに気付けば、ポロリと涙がこぼれた。

「未咲っ……!」
「あはは、気にしないで、母さん……全部、ぼ……わたしが決めたことだから」

 涙は出たけど、ショックはそこまで大きくなかった。
 だって、あの時、分かっていたから。
 そして、それでも自分の意志で決めて、魔法を使ったから。

 だから、どうかそんなに悲しまないでほしい。



 そんな僕たちを、目を覚ました娘と母親が感動して涙を流していると勘違いした茜ちゃんと蒼衣ちゃんは、よかったね、よかったねと……また涙を流していた。





 さて、それから一ヶ月が経った。あれから、新たな魔人の襲来はない。

 ──そして僕は、再び常夏高校に来ていた。

 緊張感からドキドキと鳴る胸を押さえ付け、フッと息を吐く。
 大丈夫。きっと、上手くやっていける。
 そう心の中で唱えて、顔を上げた。

「……百合園、未咲です。病気で幼い頃から入院生活を送っていまして、初めての高校生活にドキドキしてます。仲良くしてくれると嬉しいです……よろしく、おねがいします」

 スカートを揺らし、ゆっくりとおじぎする。
 鳴り響く拍手。
 顔を上げて教室を見渡せば、笑顔の茜ちゃんと蒼衣ちゃんが手を振ってくれていた。



 僕は……百合園未咲として一学年下の二年C組に通うことになったのだ。
 魔獣対策課は政府直属の機関で……戸籍を新たに一つ作ることくらいどうってことないらしい。
 ちなみに百合園蕾は、転校したことになった。
 努と一緒に卒業することは叶わなくなったけど、毎日放課後には会って一緒の時間を過ごす予定だ。

「ええと……藤堂さんと飯島さんはお知り合いらしいから、二人がお世話してあげて?」
「はーい!」「はい」

 後ろの方の空いている席に座り、朝のショートホームルームが終わると、早速人が集まってきた。

「すごい! ちっちゃくて可愛い!」
「あ、あはは……」
「すごくお嬢様って感じ!」
「母さん実家はお金持ちらしいけど、うちは貧乏だからそんなことないよ」
「百合園さんって、転校しちゃったあの百合園蕾先輩の妹さんなの?」
「え、うん」
「百合園蕾先輩の正夫って噂されてる広瀬先輩との関係は?」
「お、幼馴染みだけど……」
「詳しく聞かせて!」
「う、うん」
「百合園さん、好きなものとかってある?」
「え、なんだろ、花……とか?」
「お嬢様だ! お嬢様がいる!!」
「え、えー……」

 そんな感じで、一時間目の英語の先生がキレるまで質問攻めは続いた。

 先生の鬼の雷……もとい鶴の一声でようやく静かになった教室で、僕はホッと息をついて窓の外を見た。

(あぁ……体も、環境も変わっちゃったけど、平和な日常に帰ってこれたんだな……)

 そう実感してボンヤリしていると、急に窓から差し込む日差しが陰ったのを感じた。

「あ……」

 ピントを合わせれば、暗い雲が渦を巻いている……それも校庭のすぐ上で。

 ざわざわとしだす教室。それは教室の外……隣のクラスからも聞こえて来ている。
 先生の注意も虚しく、生徒たちは皆立ち上がって、窓の方へ押し寄せていった。

 ふと見渡せば、茜ちゃんも蒼衣ちゃんももういなかった。早いもんだ。

「さて、ボチボチ行きますか……」

 一ヶ月前の魔人戦の後、次の魔人現れることはなかった。しかし、比較的力の弱い魔獣はこうしてちょこちょこ送られてきていたのだ。

 僕はそっと教室を抜け出し、屋上へ向かった。

 立ち入り禁止のロープを、スカートを穿いているから跨ぐのではなくくぐって……階段を登る。

 軽く乱れる息を整えて、扉を開ける──と、そこには見慣れた背中が。

「よお、未咲」
「三年はいいね、屋上に近くて」
「バカ言え。毎朝三階まで登んなきゃならないんだぞ。てかお前も知ってるだろ」
「まあね」

 そうやり取りをしていると、ついに校庭に魔獣が現れた。カンガルーの魔獣で、お腹のポケットに小カンガルーの魔獣もいる。

「子連れ魔獣か」
「またやりにくい……」

 まさか魔法少女の同情を引いて油断させる作戦なのか?

「と、そんなくだらないこと考えてる場合じゃないよ」
「そうだな……」
「じゃあ努、『行ってきます』」
「あぁ、『行ってらっしゃい』」

 いつもの会話。
 いつもの別れ。
 魔法の呪文を唱え、ドレスを纏い、フェンスをひとっ飛びで超えて、宙に身を踊らせる。

 心地よい落下。
 迫る地面。
 迫るカウントダウン。

 だけど、怖くない。僕には、帰りを待ってくれるひとがいるから。



 ──着地。
 砂煙からゆっくりと進み、先に来ていたシャイニングサンとポーリングレインに「お待たせ」と言って。そして僕は声高らかに宣言するんだ。



「……魔法少女フルブルームリリィ! みんな、わたしが助ける!」
			

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