魔法少女ブルーミングリリィ

第一章

20.この前、お前に撃ち込んだのは、攻撃魔法ではない。

 黒い、黒い蛇だ。
 そいつは僕に絡みつき、締め上げる。

「くっ、あぁっ!」

 蛇の体は、まるで焼いた鉄のように熱くて……。

「ひぃっ……!」

 
 蛇は全身に巻き付くと、最後はおどろおどろしい口内を、僕に見せる。
 そう、大口を開けて、僕を頭から丸呑みにしようとするんだ。

 ゆっくりとそれが近づいて来て、視界が闇に閉ざされて行き──。





「──っは!!」

 ガバリと布団を跳ね上げて起きる。
 未だに全身を締め上げる蛇の触感が、リアルに残っていて気持ち悪い。
 ドクドクと疼く心臓。動悸が収まらない。
 ぜぃぜぃはぁはぁと荒い息。息切れが落ち着かない。

「……また、この夢」

 実はここ一周間ほど、毎晩のようにこの悪夢にうなされていた。
 最初の頃は朝の準備をしている内に忘れるほどの些細な悪夢だったけど、段々と内容はエスカレートしていった。
 今では寝不足気味になり、日中起きている時も、突然悪夢が目の前で繰り広げられるようになってきた。

「あっつ……」

 そしてそんな時は毎回、前回の戦闘で攻撃を受けた跡が火傷しそうなほど熱を持っている。しかし同時に、四肢の先はビックリするほど冷えているんだ……。

 桂木さんには、すでに相談している。何度も色んな検査をした。
 それでも、原因は全く分からなかった。

「茜ちゃん、蒼衣ちゃん、かあさん…………努」

 ……この夢が一体何を意味しているのか。
 分からないことが、何よりも怖かった。

 僕はただ、耐えることしかできなかった。





「蕾! 魔人だ!」

 お昼休み。僕が裏庭で花に水やりをやっていると、努が僕の鞄を抱えて走ってきた。
 かばんからはティムが顔を覗かせている。

「っ! わかった!」

 外にいるので、そのまま僕達は人気のない場所まで走って行く。

 来客用の駐車場……カメラもなく、普通は誰もいないこの場所についたとき、空が渦を巻く黒い雲に覆われるのが見えた。

「いくぞ……オープン・ザ・リリィ・ドア!!」

 首から提げていた鍵が光り輝きながら浮き上がり、僕がそれを掴むと、鍵をモチーフにしたステッキになった。
 光は僕の全身に伝播し、その体を少女のものに変える。

 とは言っても、すでに元の体も胸があったりくびれがあったりと、もうあまり男っぽくはないのだが。
 それでも僅かに身長が縮み、髪が伸び、胸も少しだけ膨らむ。

 そのまま光は体に寄り添い、純白のワンピースドレスへと姿を変えた。

「魔法少女ブルーミングリリィ……わたしが必ず助ける!」

 そう言って気付いたのだけど、元の声も大分高くなっていたようだ。
 今まで感じていた変身前後の声のギャップが、今日は少なかった。

「じゃあ、行ってくるね」
「ああ。無事に帰ってこいよ」
「うん」

 いつものやり取りを交わし、僕はアスファルトを蹴った。

 一呼吸の間に校庭が見えるところまで来たけど、そこにはまだ魔獣は現れていなかった。
 タキシード姿の魔人シュルクと、赤と青の衣装のシャイニングサンとポーリングレインの三人が立っているだけだった。

「お待たせ!」
「あ、リリィ!」

 驚かせないようにわざと音を立てて走って近付き、そう声をかける。
 サンが真っ先に返事をしてくれた。

「魔獣は?」
「それが、まだで……」

 チラリとシュルクを見やるレイン。
 魔人は何が面白いのか、ニヤニヤとした顔で僕たちを見ているだけだった。

 と、そこでシュルクが口を開いた。

「ようやくそろったか、魔法少女共」
「今日は何企んでるのさ!」
「ふん、すぐにわかる……まあ、まずは私自らが相手になろう」
「!」

 僕たちは驚いた。魔力が豊富な魔界や妖精界の住人は、魔力がほとんどない人間界ではやって来て、そしているだけで大量の魔力を消費するのだ。
 そのため妖精は魔力消費の少ない、小さい人形とかに姿を変えるし、魔人は自ら戦うことはできない。それが常識だ。

 だから魔人は、自分が戦うよりも魔力消費が少なくて済むよう、魔獣を召喚して使役するのだ。
 しかし、もしも何らかの手段で人間界でも本人が戦う方法を開発しているとすれば……状況は最悪だ。

「サン、リリィ、今日は一層気をつけて行くわよ」
「うん」

 サンは刀を、レインは銃を、僕は盾を構えた。

「ククク……作戦会議は終わったかね? では、行かせてもらおう」
「来るぞっ!」

 次の瞬間、シュルクが数十メートルの距離を一瞬で詰めて来た。
 その速さはサン以上だ!

「フッ!」
「くっ……!」

 軽々と拳を振るうシュルク。しかし刀で受け止めたサンは辛そうだ。
 というか、拳切れないのか!?

 一瞬硬直したところに、レインが銃弾を打ち込む。
 魔力で出来たそれを、シュルクはかわしもしない。

 確かに命中したはずだ。現に体に空いた小さな穴から白い煙が立っている。
 ……が、なんと傷はすぐに塞がってしまった。


「ハッ!」
「キャッ!!」

 そして空いた腕を振るい、魔力の波を放って来た。
 まるで軽自動車に撥ねられたような衝撃が全身を襲う。

「う、な、なんで……」
「ど、どうしたのリリィ?」
「わかんないけど、結界が出なかった」

 魔力を込めれば結界を発生させる盾。ちゃんと魔力波が到達する前に起動したはずなのに、結界が発生しなかった。

「こんな時に故障!?」
「無いならないでしょうがないわ。それよりいったん回復をお願い」
「う、うん! リリィ・ヒーリング・ワウンド!!」

 レインの支持に従い、癒やしの百合を咲かせる……。

「あれ……?」

 込めた魔力に対して、僕ら三人を包む百合の数が圧倒的に少なかった。

「リリィは不調? じゃあワタシ達でやるしかないわね……!」

 あぁ、ダメだ。僕は守るために魔法少女になったのに。
 僕が……僕が頑張らないと。

「リリィ・テイク・ア・ルーツ!」

 唯一の攻撃手段。百合の種も、三十個は作り出したはずなのに十個しかできなかった。

「いっけぇぇえええ!!」

 魔人に向かって飛んでいく種達。魔人は……避けずに受けた!
 何かを企んでいるのか……判断つかなかったけど、僕は発芽させる。

「スプラウト・アンド・ブルーム!!」

 一斉に芽生え、魔人の魔力を栄養にみるみる内に育っていく百合。

「うぅっ……」

 ふと、意識が遠くなった。
 ふらついて倒れそうになる。

「これって、魔力欠乏……?」

 魔力を使いすぎた時に起こる、体の不調。
 睡眠不足のせいなのか、今日は明らかに調子が悪かった。

「ククク……クフッ、フハハハッ!!!! まだ気付かんか!」
「え……?」

 そんな僕を見て、突然笑い出したシュルク。

「な、何笑ってんのよ!」
「お前たちも、仲間の異変に気付かないとはな……」
「あなたっ、リリィに何かをしたの!?」
「ふ……今さら気付いてももう遅い。見ろ!」

 シュルクが指差したのは、僕の……左腕だ。
 動きが鈍い僕の代わりに、レインが僕の衣装の袖を捲くった。

「っ! これって!?」

 見れば、前回の戦闘で受けた傷の跡……黒い痣があった。しかし様子がいつもと違う。

「な、なにこれ……っ!?」

 今朝に見た時はただのぼんやりとした痣だったのに……。
 僕の白く細い腕には、黒い茨が巻き付いていた。

「この前、お前に撃ち込んだのは、攻撃魔法ではない。お前のこの百合とよく似た魔法だ」

 敵の魔力吸い取って成長する百合……それとよく似た魔法ということは。

「なぜ私が人間界で戦えるか。それは貴様の魔力を我が物としているからだ!」
「そ、そんな……!」

 サンが悲痛な叫びを上げる。
 どおりで……。
 この茨に、魔人が戦えるだけの魔力を吸われているんだ。魔法を使おうとしてもいつも通り発動しないわけだ。

「まぁ、それはあくまで副効果でしかないがな」
「なんですって……?」

 まだ、なにかあるのか!
 サンが問い詰めようとするが、シュルクはそれには答えず、腕をこちらに向けて伸ばした。

「ぁ……あぁぁ! うっ、ひぁああああああ!!??」

 突然、茨が熱を発した。
 そうだ。変身前の状態で感じていたのと同じ熱さだ。きっと、想定以上の魔力を吸われることによる拒絶反応なのだろう。

 茨の痣は蛇のようにうねりながら伸びていく。
 左腕のほとんどに巻き付いたと思ったら、そのまま肩から首、胴体の方にまで伸びてきた。

「喰らえ……!」

 そして僕から大量の魔力を吸い上げた魔人は、闇の塊を作り出していた。

「くそっ!」

 サンが僕を抱えあげ跳ぶ。

 その直後、さっきまで僕たちがいた地面が消え失せた。

「は──?」

 爆発するでもなく、轟音が鳴り響くでもなく、たさただ、綺麗にスプーンで掬ったように、ポッカリと穴が空いていた。

「じょ、冗談キツすぎるわよ!!」
「クククッ! まだだ!」
「あぁっ!!」

 茨が、更に絡みつく。
 今度のはやばい。
 シュルクの掌には、バランスボールほどの大きさの闇が蠢いていた。

 さっきの野球ボールくらいのサイズで、地面が半径一メートルくらい持っていかれるんだ。
 あのサイズだったらどれほどの威力があるんだ……!?

 そして、闇が放たれる。

「くっ、間に合わな……!」
「うわあああああ!!!!」

 僕は、残る魔力をすべて注いで、結界を作った。

 視界が、黒く塗りつぶされた。



 ……すぐに、視界は晴れた。
 僕と、僕を抱えるサン。それから側にいたレインを包み込むようにして発生した、ドーム状結界。
 その周りは、地面がなくなっていた。

「リリィ!」
「なんて無茶を……!」
「……けど、守れた!」

 これ以上は無理だ。なんとかしてシュルクを倒してほしい。
 ……どの道、もう直僕の魔力は尽きるだろう。しかしそれは同時に、シュルクが戦えなくなるということでもある。

「さて、これ以上引き伸ばしても仕方がない。もう決めさせてもらおう」
「つっ……」

 茨が、伸びる。
 すでにほとんど全身を覆っていた茨の痣が、僕の息の根を止めようと、最後に蠢く。

「さて……お前たちは一つだけ、勘違いをしている」

 苦痛で意識が遠のく中、悠然とした魔人の声が聴こえた。

「この茨の魔法のメインの効果は、魔力の吸収なんぞではない」

 ──あぁ、ダメだ。視界が暗くなっていく。音も、遠くなって……。

「……ばら……は、…………人化……」
「……んな!?」
「……リィ! ……!!!!」

 最後の方は、もう聞き取れなかった。
 そうして僕の意識は、完全に闇の海に沈んで行き──。





「なんだ……魔法少女って弱いんだね」

 ──次に目が醒めた時、僕は嗤っていた。
			

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