魔法少女ブルーミングリリィ
第一章
19.まあ、普段はこっちを着けなさいな
それから一ヶ月ほどが経った。 その間魔獣の襲撃は二回だけで、またそれにより、僕の体の変化について一つ分かったことがあった。 「……魔法少女として魔力を使えば使うほど、体がブルーミングリリィに近付いてるわ」 「…………」 数回の検査の結果、告げられた言葉は正直予想していたことだった。 「けれど、朗報もあるわ。より長い期間魔力を使わなければ、体はゆっくりとではあるけど男に戻るみたい」 「そうなんですか?」 てっきりこのままかと思ってたから少し驚いた。 「色々検査してわかったのが、以前より魔法の威力が上がってるってことなの。もちろん慣れてきたから……というのもあるでしょうけど、それより体が"魔力を使いやすいように進化している"と言えるわ」 つまり、僕の体が女になって行っているのは、男の体より女の体の方が魔力を使いやすいから……だから女に進化していると言うことか。 「逆に言うと魔力を使わなければ、進化する必要がなくなる。いらなくなると、今度は退化が起こるの。蕾くんの場合、びっくりするくらい早いスピードだってだけで、この法則は当てはまってるわ」 「なるほど……」 「だけど」 良かった……女になって、この先ずっとそのままだと思っていたから、ホッとした。 しかし僕が安堵していると、桂木さんはまだ難しい表情で話を続ける。 「多分だけど、完全に女の子の体になれば……退化することはなくなると思うわ」 「っ! そ、そうですか……」 と、なると、あまり魔力を使わない方がいいだろう……。 何としてもそれだけは避けなければいけない。 「体の変化についての説明はこんな所ね。あと、この間の痣だけど、原因は全く不明。至って健康的。ただ魔法由来のものではあるから、何か異変があればすぐに言ってね」 この前の痣……前回の戦闘時、珍しく魔人が直接攻撃を仕掛けて来た。僕はサンとレインを庇って、魔法で出来た黒い茨のトゲを受けたのだけど……。 ダメージは全然大したことはなかったんだけど、それから黒い痣がずっと残ってるんだ。 痛みはないし、回復魔法をかけても消えないし。レントゲンやら色々検査してみたけど、謎の色素沈殿としか診断されなかった。 「さぁ~て! じゃあ最後に!」 「う、ほ、本当にやるんですか……?」 暗い話が終わり、途端に桂木さんは表情をニヤけさせてにじり寄ってきた。 その手には紙袋。中身は……考えたくもない。 「ふふふ……ダメよぉ? ちゃぁんとブラは着けないと……!」 「で、でも、流石に他の人にバレたりしたらヤバイですし……」 「線が出にくいジュニアブラだから大丈夫よ~」 さて、あれから二回に渡って魔力を沢山使った僕の身体は、パッと見男か女かわからないレベルだ。 股間部はまだ大丈夫だけど、胸が異様に出てきたのだ。 一回目の戦闘後は、乳輪の下に硬い円盤が出来ていて、何かにぶつかったりすると激痛に襲われるようになった。 すぐに桂木さんに事情を話すと「それは乳腺だ」と端的に言われた……。 そして二回目の戦闘後、僕の胸は全体的に丸みを帯びていた……。 乳腺は胸全体に広がったようで、もうぶつかってもあまり痛くはなくなった。 が、今度は乳首がシャツと擦れて痛痒くなるようになってしまったのだ。しばらく絆創膏を貼っていたのだけど……。 元の体の状態で身体測定をちょくちょくされていた僕は、胸が大きくなったことをすぐに見破られ、そして今日、検査にやって来ると、あの恐ろしい紙袋が鎮座していたのだ。 「はーい、上着脱いでねー」 「くっ……」 殺せ……とは言わないけど、かなり気恥ずかしい。 ただでさえ年上のお姉さん(母さんと同い年だけど)の前で上半身を晒すのは恥ずかしいのに、少女の胸がついている状態なんだ。 それを見せるのはとんでもなく恥ずかしかった。 「これは上から被るだけだから、説明は省くわね? 一応、これも用意しといたから、今日はこれを着けましょう」 「ま、マジですか……」 思わず固まってしまった。 最初に紙袋から出したのは、頭から被るだけの、カップもホックもないジュニアブラだった。 しかし桂木さんはそれをすぐに仕舞うと、今度は「ブラジャー」を出して来たのだ。 「はい、じゃあ腕通して。前かがみになって、先に軽く胸を収めてからホック留めてね」 「こ、こう……?」 羞恥心を噛み殺しながら、支持に従って背中の後ろに手を回す……。が、何回やってもホックが引っかからない。 「蕾……ちゃん」 「変なとこで空気読まないでいいです」 「あ、そう? 蕾くんはネックレスとかしたことない? 首の後で留めるの」 ネックレス? 何の話だ? 顔に「ハテナ」が出ていたのだろう。桂木さんは指を回しながら答える。 「ネックレスといいブラといい、後ろで留める時は……こう、先に左手で行き止まりを作ってね。そこに右手をぶつかるまで持っていって……こう、嵌めるの」 桂木さんはもう一枚ブラを取り出し、目の前でお手本を見せてくれた。 僕はそれを見て納得し、もう一回挑戦してみることに。 左手……つまり引っ掛けられる輪のすぐ後ろに指を水平に当て、そこまで右手に持った引っ掛けるフックを持って行く……。 「あ、はまった」 思いの外、簡単に留めることができた。 一回目の苦労が嘘のようだ……。 僕がびっくりしていると、桂木さんがまだ終わってないわよと言ってきた。 「脇の下と、カップの下の肉をググっと持ってくるの。……そうそう」 「……お、お? おお!」 指示された通りに肉を寄せ集め、カップに収める……と、なんとさっきより膨らみが大きくなった! 僕が謎の感動に胸をぷにぷにとしていると、桂木さんが僕の肩とブラの肩紐の間に指を入れ、伸びを確認し始めた。 「最後に……このままだとストラップがずり落ちちゃうから、これをこう……調節して」 「なるほど……」 なんと言うのだろ。ショルダーバッグやリュックサックの紐の長さを調節するのと同じ仕組みになっていて、肩紐がしっかりフィットするまで紐を短くできるんだ。 「……はい、これで終わり!」 言われて上着を着て、立ち上がる。 「ん、んー?」 感覚は……快適だ。しっかりホールドされている感覚だ。 だけどなんというか……。 「胸、目立ってません?」 ブラをする前よりも随分と大きい。そりゃ、垂れ下がってた肉を、一番いいところに纏めているのだから、大きくは見えるは当たり前なのだろうけど……。 「やっぱり普通のブラだと、胸を隠して日常生活は厳しいわねぇ。まあ、普段はこっちを着けなさいな」 せっかく着け方を覚えたのに、結局はスポブラタイプのジュニアブラを着けるんかい……。 僕は妙な脱力感を覚えて、再び椅子に座るのであった。 翌朝、僕は少し背を丸め、周囲の目を気にしながら登校していた。 「うげっ」 下駄箱につくと、簡素な手紙が。最初のを含めてもう三回目だ。どうなってるんだこの学校は。 ただでさえ"ブラ"の存在で頭がいっぱいなのに、ラブレターという問題まで来るなんて……。 「おいっす、蕾」 「ひっ!」 突然背中を軽く叩かれ、飛び上がるように驚く僕。 もちろん考え込んでいたとこで、声をかけられたからでもあるけど。 何より、触れられた部分はブラの背中の布があるところで。 あんまり凸凹してないスポブラタイプのジュニアブラだから大丈夫だとは思うけど、もしかしたらブラジャーを着けていることがバレるんじゃないかという恐怖から声を上げてしまった。 「お、おお、わるい。まさかそんなに驚くとは思わなくて」 「そ、そうだぞ! 急にはびっくりするから! ……おはよう」 「すまん。気をつけるな。それで、なんかあったのか?」 僕はブラのことは言わず、ラブレターを振って見せる。 流石に親友言えども、結構曖昧にはなってしまったが、男である僕が女性用下着を着けていることは言えなかった。 「またかぁ……今回はどうする? 流石に慣れてきたか?」 一回目は、努に助けてもらった。 二回目っは、努には隠れてもらって、見守ってもらいながら自分で断った。 第一、僕が男だと分かって告白してくるような輩だ。決意が並々ならない。 二回目の時も本当に苦労した……。 「……まあ、今回はいいよ。ずっと努に頼る訳にもいかないしね」 「そうか……。まあ、何かあったら頼ってくれよ」 「うん。ありがとう」 何でもかんでもは頼れないけど、一人でどうしようもない時は頼る。お互いに。 それが親友という関係だと思うから。 だから僕は素直に頷くのであった。 教室に着き、そのまま努と喋っていてふとあることに気が付いた。 そういえば最近、努の魔法少女語りを聞いていない気がする。 以前はほぼ毎日のように語っていたのに、今では僕の調子や二人と仲良くやってるかとは訊いてくるけど、努が熱く語ることはないように思える。 そのことについて訊いてみると、努は頭をかきながら答えた。 「いや、蕾が魔法少女って知ってから、どうも現実感が出ちゃってよ」 「現実感?」 「そう、それまではアイドルみたいな……住む場所が違う、遠い世界の住人みたいな感じがして。悪く言えば、ちゃんと人として見てなかったんだよな。 でも、お前が傷つきながら戦う姿を見てたら、急に怖くなってさ。魔法少女も、普段は普通に人として生きていて、戦いの中で怪我したり、下手したら命だって落としかねないんだって気付いたんだ」 「努……」 努も、努で戦えない歯痒さを感じることがあるのだろうか。 言葉にはしていなかったけど、少し焦るような……無力感に震えるような……そんな雰囲気を感じ取った。 「……まあなんて言うの? 魔法少女も等身大の人なんだって気付いたら、どうも前みたいに無責任な憧れなんて抱けなくなっちまったんだよ」 「そうだったんだ……」 ……気軽に訊いたけど、それは努にとって大きな変化だったはずだ。 それこそ、価値観が変わるほどの。 だから、その抱えた思いを僕に話してくれたことが嬉しくて、「……話してくれてありがとう」と、気付けば声に出して言っていった。 それに対して、努は少し照れたような顔で答えた。 「……おう」