魔法少女ブルーミングリリィ

第一章

10.友達くん曰く『蕾が危ないからなんとかしてくれ』ってね。

 全長十メートルある巨大蜘蛛との戦闘が始まった。
 まず、シャイニングサンが駆けだした。

「バイオロジカル・クロック・アップ!!」

 その呪文と共に、サンの動きがぶれた。
 目にも留まらぬ速さで、蜘蛛に打撃を叩き込む。

「サン! 避けて! レイン・オブ・バレット!!」

 間髪入れずに、ポーリングレインによる魔力弾が豪雨のように撃ち込まれる。

「キシャアアアアア!!」

 しっかりと当たったが、あんまり効いていないようだ。むしろ体を捩って怒っている。

 ……いや、そうじゃない!

「レインッ!!!!」

 僕は半ば悲鳴のように叫ぶ。
 その声に感じるものがあったのか、レインは急いで跳躍した。次の瞬間。
 身を捩ってレインの方に向いた魔獣のお尻から、大量の蜘蛛の糸の塊が噴出された。
 それはレインが今までいた地面を陥没させながらベタリと張り付いた。
 怒りでなんかじゃなく、蜘蛛の糸を撃つために身を捩っていたのだ。

 もし、あんなのが当たっていれば……遠距離専門のレインは間違いなく行動不能に陥っていただろう。

「なんと……、今回の敵は遠距離攻撃もできるのね!」

 レインが悪態をつく。それもそのはず、今までの魔獣は皆接近戦しかできない動物だったのだ。
 遠くから固定砲台として攻撃魔法を撃つスタイルのレインにとって、これほどやりにくい相手はいないはずだ。
 今回の戦いは、サンが主体になって臨まなければならないかもしれない。
 
 ……しかしどの道、僕に出来ることは少ない。負傷したら回復と、隙を見て種を飛ばすことくらいだろうか。
 何とも歯がゆいけど、考えなしに突っ込んで行っても何の役にも立てないであろうことは、目に見えている。

 とりあえず、レインが攻撃魔法を唱える間の牽制として、種を飛ばしておこう。

「リリィ・テイク・ア・ルーツ!」

 数え切れないほどの花の種を撃ち込む。
 ……が。

「うっそ!?」

 蜘蛛……というか、虫の体は硬い甲殻で覆われていて、なんと花の種が突き刺さらなかったのだ。

「そ、そんなの反則じゃない!?」

 しかも今ので、明らかに敵意のこもった目を向ける対象が僕になった。
 巨大蜘蛛はキシャァァァ! と怒りの声を上げて僕に向かって走り出してきた。

「ひぃっ!?」

 さすがにきもすぎる! っていうか怖すぎる!

 僕は思わず尻餅をついてしまった。

 例えばもし迫ってきているのが巨大獅子だったなら感じたのは純粋な恐怖だろうけど、実際は八本の足を高速で動かしてカサカサと這い寄ってくる巨大な蜘蛛だ。
 生理的に無理。あえて表現するならそんな感情。

「く、来るなぁ!!」

 色々と感情が爆発して、闇雲に種を飛ばすも全部跳ね返されてる。

「イグニッション・ストライク!」

 恐怖でギュッと目を瞑ったその時、目の前で爆発音と熱風が吹き荒れた。

「え……?」

 驚いて目を開けば、ステッキの先を燃え上がらせるサンと、数メートル吹き飛ばされたタランチュラの姿。チラリとサンが僕に視線をやって来て、嫌みったらしく言う。

「へ! お嬢様は蜘蛛は苦手なのね!」
「な……!」

 助けてくれたと思ったら、なんて言い方をするんだ!
 母さんはお嬢様な感じだけど、僕は男だし庶民だ!

 ……とは言えず、そ、そんなことない! と曖昧に言い返すしか出来なかった。

「とりあえず、これで貸し一つね! 後でケーキでもおごってよ!」
「えぇっ!?」

 まさか口実作りのために助けたのか!? いや、それはないか。
 ともかく、ブルーミングリリィの正体が男子高校生とばれる訳にはいかないので、今度こそ「あぅ」とか「えぇと」とかしか言えなくなってしまう。

「二人ともっ! 前!」

 レインの鋭い慌てて前方を確認すると、タランチュラがお尻をこっちに向けていた。
 しかし……。

「あっ……!」

 地べたに座り込んでいた僕は当然すぐに動き出すことなんて出来ないわけで。

「リリィ!」

 サンが恐ろしいスピードで僕を抱え上げ、放り投げた。
 声も上げられず地面を転がり……そしてその間に、サンの悲鳴が聞こえた。

「くっ……さ、サン……!」

 サンは無事か!?

 直径三メートルほど地面に広がった蜘蛛の糸。……その間から、サンの苦しげな顔が覗いていた。

「サン、無事なの!?」
「う、うん……全く動けないけど、ダメージはない」

 サンとレインの会話で無事なのが分かった。
 ……正直、ホッとした。僕を二度も助けてくれた。いや、二度も迷惑をかけてしまった。
 もしかしたら、来なかった方が良かったのではないか……。

 そんなモヤモヤが胸の底に溜まっていく。しかし、今はそんなことを悩んでいる場合ではない。
 遠距離攻撃メインのレインと、回復魔法しか使えない僕。
 状況は最悪だった。

 どちらかが魔獣の気を引き、もう片方がサンの救出に当たるしかない。
 僕は……。

「レイン、サンの救出頼んだ!」
「え、ちょっとリリィ!?」

 レインと僕……最悪やられても被害が少なく済むのは、僕だろう。
 レインはまだ攻撃魔法が使えるからね。
 それに、僕には僕の戦い方がある!

「おりゃあああ!」

 蜘蛛に向かって駆け出し、ステッキを振りかぶる。
 蜘蛛はその毛の生えた巨大な足で僕を弾こうし……僕は野球のスライディングのようにその巨体と地面の間を滑り抜けていく。
 最後まで滑り抜けることは出来なくて、最後は転がって蜘蛛の後ろに出た僕は、すぐに起き上がって跳んだ。

 降りる場所は、蜘蛛の背の上!

「はぁぁぁ!」

 落ちる勢いを利用して、ステッキを叩き付ける。
 あんまり効いてないみたいだけど、関係ない。ようは時間を稼げば良いんだ!

 背中には手の届かない蜘蛛が……ジタバタと暴れる間、僕は何度もステッキでその背中を叩いた。
 
「キィィィィィィ!!」
「うわぁっ!」

 蜘蛛が大きく跳ねた。その衝撃で地面に転がる僕。
 起き上がって敵を注視した瞬間、巨大な塊が僕を轢いた。

 あまりの衝撃……例えるなら、まるで大型トラックに跳ねられたような衝撃だ。
 地面に体をすりおろされながら転がっていき、最後は校舎の壁に激突した。

「かはっ……!」

 息が出来ない。と言うか地面に赤く擦れた痕が残っているし、体中から激しい痛みを覚えた。

「く、ふぅ……リリィ、ヒーリング、ワウ、ンド……!」

 すぐに僕は回復の魔法を唱える。

 僕の体が百合の花々に包み込まれ、ものの5秒ほどで傷は全て癒えた。

「まだまだぁっ!」

 回復して、再び蜘蛛に立ち向かおうとしたとき、不意に聞き慣れた声が聞こえた。

「よけろっ!!」
「っ!」

 気付けば目の前には、視界いっぱいに広がった蜘蛛の糸があって。

「あぐぅっ!?」

 僕は校舎の壁にはりつけにされてしまった。
 見ればまだサンは助け出されてないし……やばい、絶体絶命だ。

 その時、別の声が聞こえてきた。
 声変わり前の子供のような金切り声を上げて、耳を翼のごとく広げて宙を滑ってやって来たのは……。

「ティム!?」
「驚いたよ。まさかあの友達くんがキミの正体に気付いていて……それから、ボクが妖精だとわかっていたなんて」

 努のことだ、と直感的に理解する。
 でも、なんで……?

「友達くん曰く『蕾が危ないからなんとかしてくれ』ってね。鞄ごとボクを攫って、屋上でそう言われたんだ」

 そっか……僕は、一人で戦っている訳じゃないんだ。
 そう実感すると共に、胸がジーンと熱くなった。

「さっそくだけど、その蜘蛛の糸は魔力で出来ているみたいだ」
「え、魔力で……?」
「うん。だから……」

 そっか、そういうことなんだ!
 僕はティムの言葉に頷くと、声高らかに魔法の呪文を唱えた。

「リリィ・テイク・ア・ルーツ……スプラウト・アンド・ブルーム!!」

 狙うは、僕に張り付く蜘蛛の糸!
 種は粘着性の強い糸にくっつと、わらわらと根を生やし、糸から……糸その物を糧に、蕾を付けていく。
 花が全て咲く頃には、蜘蛛の巣は全てなくなっていた。

「よし、これなら……って、危ない!」

 なんと蜘蛛は、すでにサンとレインに襲いかかろうとしていた。

「くっそおおお! やめろおおお!!」

 僕は校舎の壁を足場に、地面と水平に跳んだ!
 みるみる内にその巨体が視界いっぱいに広がっていき……僕は渾身のドロップキックを叩き込んだ。
 巨大蜘蛛は油断していたのか数十メートルも吹っ飛んで行き、ひっくり返ってジタバタともがいている。

「はぁ……はぁ……、これで一つ、借りはチャラだから!」

 僕はニヤリと笑いかけると、すぐさまサンに纏わり付く蜘蛛の巣に百合の花を咲かせた。

「助かったわ……結構やるのね」
「それほどでもないよ。それより……どうする? ぼ、わたし達の攻撃は全然効いてないみたいだけど」

 僕が問いかけると、レインがぽつりぽつりと案を出した。

「私達の攻撃で何とか、あの外殻に傷を付けて、そこにリリィの種を植え付ける……って言うのはどう?」

 それは確かに、現状で最も確実な手段だと思えた。以前の戦闘で、咲いた百合を根ごと引き抜けば断続的なダメージを負わせられることが分かったし。
 しかし問題は、じゃあどうやってあの硬い外殻に傷を付けるかだった。

 そこで僕たちが困り果てているとき、突然校庭に大きなワゴン車が数台走り込んできて、横滑りしながら僕たちの前に停まった!
 ガラリとドアが開き、中から一人の女性が降りてきた。

「魔獣対策課です! 以前より試運転をお願いしていた対魔獣用兵器、持ってきたわ!」
「えっ!?」

 その女性は、腰まで真っ直ぐに伸びた黒髪に、柔和そうな雰囲気の垂れ目の女性……ブルーミングリリィにそっくりで、つまり。
 百合園綺咲、母さんだった。
			

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