Progressive Trans-Sexual

2.中編

 『Progressive Trans Sexual Syndrome』──略名『PTS症候群』。日本語にすると『進行性性転換症候群』。
 それが俺がかかった病気で、原因不明、治療不可能。半年から一年以内に体が完全に異性へとなる病だ。
 高校三年の春に発症し、早くも7ヶ月。俺の体はついに完全に女になってしまった。

「かっかかかか母さん!!!!」

 そう大声を上げて階段を降りて行ったのは、俺の弟の祐二だ。
 ぶっちゃけアイツが取り乱しすぎて俺は逆に冷静になってしまった。

「まあ、そろそろだって先生に言われてたしなぁ……」

 そう呟く声も、すでに澄んだ高い女子のもの。物憂げに睨みつけるは、己がパジャマの股間部分。

 おもらし? まさか!

 べったりとそこを濡らすのは尿なんかじゃなく、真っ赤な血だ。
 最近低血圧になったのか朝弱くなった俺を起こしに来た祐二が、俺の股間部分を指さしながら……まるで「お化けが出た!」とでも言わんばかりに絶叫を上げたのだ。

「ここの所体調良くなかったけど、まさかついに来るとは……」

 乳首の下にある大きな硬いモノ──乳腺が腫れたような痛みを覚えたり。なんとなく肌の調子が悪かったり……前兆は確かにあった。月経前症候群、PMSだ。


 少しして登ってきた母さんに事情を説明し、改めてナプキンの使い方のレクチャーを受けて。
 そこで母さんはとんでもないことを言い出した。

「あんた今日スカート履いていきなさい」
「はぁ!? なんで!?」
「初潮だから血の量多いかもしれないし、多い日用のだから……スラックスだと後ろから見てバレるわよ」
「ええぇ……」

 それは……困る。

「それにあんた、この前、スカート履いて鏡の前でくるくる回ってたじゃない」

 お母様、なぜそれを……。

「折角の機会だから、スカートデビューもしましょう? さ、今日は送ってってあげるから、さっさとシャワー浴びて、着替えて、ご飯にするわよ」
「はぁ~い……」

 なんだかんだ言って……そう、病院に行ってPTSだと診断されたあの日でさえ、母さんは母さんだった。
 ありがたいとは思うものの、少しはこう……息子が娘になるのだから? 葛藤とかあってもいいと思うんだけど……。

 俺はシャワーを浴びる前に親友の坂本達也にメッセージを送る。

『今日ちょっと母さんに送ってもらうから先行ってて』
『なんかあったのか?』

 ったくこいつは、デリカシーがなってないから困る。

『きにすんな』

 俺はそれだけ送ると、風呂場へ向かった。



~・~



 どういう訳か遅れてやって来たアイツは、どういう訳かスカートを履いていて。
 少し恥ずかしそうにスカートを摘みながらこちらへ歩いて来た。

「おはよう、達也」

 そう呟くは、鈴を転がしたような涼し気な声で、もうすっかり女子のものとなっていた。

「……おはよう、祐奈」

 そう呼びかけた名前は、先月変わったばかりの、新しい名前。

「どう、かな……?」

 少し頬を赤らめて訊ねてくる彼女は、この一、二ヶ月で随分と女らしくなった。
 あーいや、見た目はもっと前に、すでに可愛くなったのだが、外見じゃなくて、内面。
 しおらしくなった……と言うと誤解があるかもしれない。何気ない所作が、ふとした時に見せる表情が、話し方が。確実に彼から彼女へと変わっていた。

「……あぁ、いいと思うぞ」

 なんとか、動揺を隠し通せただろうか。あんなに変わることを恐れていた彼が、気付けばすっかり彼女に変わっていたことに、俺は日々高鳴る胸の鼓動を抑えるのに必死だ。

 俺は、変わってはいけないのだから。

 なんでスカートを、とは訊かない。
 なぜなら、変わることを否定するな、と言ったのは俺自身だからだ。

 矛盾しているのは、分かっている。

 俺は至って平然とした表情を貼り付けて、微笑む祐奈を見つめた。



~・~



「祐奈ちゃん、もしかして……」

 さり気なく、自身の下腹部に手を当てる女子生徒。

「あれ、バレちゃったか……」
「やっぱり。……初めてでしょ? 大丈夫?」

 そうコソコソ声で訊ねて来るのは、クラスメイトの鈴木凛と、西野宮古だ。

「うん、事前に聞かされてたよりだいぶ症状軽いから……」
「そっか。でも明日が一番キツイだろうし、無理しないで言ってね」
「ありがとう、二人共」

 すっかり体も変わってきて、流石に女体化を隠しきれなくなってきた頃。俺はついにPTS症候群にかかっていることをクラスメイトに伝えた。
 もちろん学校側にはもっと前に言ってあって、着替えやトイレの時は教員専用のを使わせてもらったりしていたのだが。

 そうして突然のカミングアウトを済ませ、クラスメイトからの距離感を測るような居心地の悪い空気が満ちる中、俺にすぐ声をかけてくれたのはこの二人だった。
 今ではかけがえのない友達である。

「ところで……」

 そう、普段は優しい良い子達なのだが。

「坂本くんとはどんな感じ!?」
「そうそう! 昨日一緒に帰ったんでしょ!?」
「あはは……」

 恋愛の話となると、飢えた獣のように豹変する。
 ところで今、俺は登校は達也と。下校は部活のメンバーと一緒にしている。
 PTSを打ち明けてしばらくして……つい二週間前に入ったばかりの部活。

「まあ、クッキーは渡せたんだけどね……脈はなしかなぁ」
「そんなぁ」
「全く、坂本くんにはガッカリだわ……」
「あはは……」

 もう、笑うしかない。




 俺が祐奈になって入ったのは、料理部だった。事情を話せば母さんは協力してくれるだろうが、いかんせん羞恥が大きい。
 そこで俺は、料理部で料理を学ぶことにしたのだ。

 え? 事情ってなんだって? ううぅ……。
 だって、凛は「心を掴むには、まずは胃袋を掴まなきゃ!」って言うし、宮古も「流石に手作りのものあげたら、気付いてくれるよ」って言うから。それなのに二人共「「あ、でも私は料理できないから」」って。無責任な奴らめ……。



 ……ああ、そうだよ! 好きなんだよ! 達也のことが!

 心身ともに不安定な時期を支えてくれたのは、もちろん家族もそうだ。だけど、俺たち学生にとってメインの生活の場は、この学校なのだ。そんな時、いつも側にいて、変わらず俺に接してくれたのは、達也だったのだから……。

 あの時。PTSと診断されて、あいつに言われた言葉。

『変わるのが怖いなら……俺が変わらず親友でいる』

 その言葉に、どれだけ支えられただろう。どれだけ、胸をときめかしたであろう。
 あの時、確かに俺は、女になった。いや、まだ体はほとんど男だったんだけど……その当時子宮があれば、キュンキュンしてへたり込んでいただろう。
 間違いない。子宮ができてからあの時を思い出した結果そうなったのだから、間違いない。

「ちょっ、祐奈ちゃん顔やばいよ! 世間様にお見せできない表情になってるよ!」
「メスの顔になってる……もしかして生理で性欲高まるタイプ?」
「う、うるさいな!?」

 なんだメスの顔って!?

「でも、気付いてもらえないとなると……やっぱりちゃんと言葉で伝えないと」
「そう、だよな……」

 たぶん、元男……それも、親友から、こんなに思われてるとは思いもしないだろう。
 そして二人曰く、好きになってもらうよりもまず『異性』として見られることが重要だそうで、その為にまず告白するべきなのだとか。その場で回答を求めないで、ただ告白をするだけ。そうして今までと同じように過ごせば、今まで「同性だから」と見逃されてきた様々な女の子らしさが伝わり、最終的には好意を得られるだろう。と、一体どこ情報なのか怪しいが力説されたのだ。
 しかしそんな勇気があればここまで遠回りをしてこなかっただろうし、ヘタレである俺自身のせいでもあるだろう。

「はぁ……結構、一世一代の気持ちで渡したんだけどなぁ」

 昨日の放課後、わざわざ待っていてもらった達也と帰りながら、「実は料理部入ってさ……あ、いや、元々興味あったけど、機会がなくて入ってなかったってだけなんだけど……」と謎の前置きをし。「それで、今日はクッキーを作ったんだけど、作りすぎたから……食べてくんない?」と言って手渡した小包は、うさぎ柄のマスキングテープでデコレーションしてあって。
 明らかに気合が入ったそれを、達也はなんの感慨もないように開けて、食べて、なんでもない表情で一言。

「おう、うめーぞ」

 その時は美味しいと言ってもらえたことに舞い上がっていたが、どう考えても失敗だ……なぜなら、これではただ「料理に興味があった男友達が作りすぎたクッキーを食べてやった」だけなのだ。
 
「やっぱりお菓子じゃなくて、お弁当じゃない?」
「お、お弁当……」

 料理初心者の俺にはかなりハードルが高い……。
 しかも、家でなんてとてもじゃないが作れないぞ……母さんのニヤける顔が目に浮かぶ。

「じゃあ朝早く来て作れば……?」
「確かに……先生も早く来るから、お願いすれば……」
「せっかくだから先生にお願いして教えてもらいながら作ったら?」

 なるほど……それだったらできるかもしれない。

「うん、やってみるよ」





 それから3日後、俺は計画に乗り出していた。
 先生にお願いはしてあるし、昨日の放課後に食材は買って家庭科室の冷蔵庫にしまってある。
 達也のお母さんに電話で今日は弁当を作らないよう根回しもした。
 達也自身にも「今日は先行ってて」と学校からメッセージを送ってある。

 そして俺はいま、絶賛お弁当を作っている。

「そうそう……生地はもう巻いたやつの下にも流してね」
「はい」

 砂糖多め塩少々の甘い卵焼き。

「ほんとは玉ねぎも使いたいけど、これだけのために使うのもあれだから、パン粉だけ入れましょう」
「はい」

 一口サイズのハンバーグ。

「塩を入れないと、色も味も抜けちゃうからね」
「はい」

 茹でたブロッコリーと人参。ちなみに人参は歪な桃のような形になっている。俺に飾り切りは早かった。

「ご飯も炊けたわね」
「これで完成……ですね」

 指示は先生がくれているが、一応メニューを考えたのは俺だ。

「よし、できたわね。お疲れさまでした」
「いえ、先生も朝早くからありがとうございました!」
「良いのよ~。私もあなたの気持ち分かるわ……若い頃、今の旦那によくお弁当作ったのだけど、母には恥ずかしくて言えなくて、友達の家で作ったりしたもの」
「そうだったんですか……」

 家庭科の教師で、料理部の顧問でもあるおばあちゃん先生は、頬に手を当て、微笑ましい顔をしていた。

「さ、もうすぐホームルームの時間だし、行きなさい」
「はい! ありがとうございました!」

 俺はお弁当をランチマットで包むと、それを宝物のように大事に胸に抱えて教室へ向かった。

 決戦は、今日の昼休みだ。





「お、おい、達也」
「お? 祐奈、どうしたんだ?」
「あ、あの……これ」
「えっ」

 昼休み。財布を持って席を立った達也に慌てて駆け寄り、例の物を差し出した。

「お弁当、作ったんだ。よかったら食べてほしい」
「え、あ……」

 達也は混乱しているようでしばらく変な声を出していたが、少しして正気に戻った。

「あ、それで母さん、弁当くれなかったのか……あー、いや、ありがとな。食べるよ」

 ホッと、俺は胸を擦った。どうやら達也のお母さんとグルであることはバレたようだが、まあそれはどうでもいい。

 ホッとして気付いたが、視界の端に凛と宮古がニヤニヤとこちらを見ていることに気付いた。
 後で覚えておけ……なんて恥ずかしさを怒りにして誤魔化していると、達也は腰を降ろした。

「えっと……今日は久しぶりに一緒に食うか」
「う、うん!」

 凛と宮古と友達になってからは二人と食べていたから、何気に久しぶりである。
 俺は自分の弁当(これは母さんの手作りだ)を出し、達也の前の席のクラスメイトの椅子を拝借して座った。

「お、おぉ……!」
「ちょ、そんなに見てないで食べてみてよ……」
「そうだな。じゃあ頂きます」
「う、うん……」

 俺がドキドキしながら見ていると、達也はまず卵焼きを口に運んだ。
 ちなみに、昔弁当を忘れて達也の弁当を分けてもらった時、卵焼きが甘かったのを覚えていて甘くしたのだ。

「美味え! しかもなんだかジューシーだな……」
「あ、うん。牛乳も入ってるんだ」
「ほ~」

 ネットで色々調べていると、牛乳を使った卵焼きのレシピを見つけて実践してみたのだ。

「ハンバーグも上手えな。デミグラスソース?」
「なんちゃってだけどね……ソースとケチャップと、コンソメを煮て作ったんだ」

 ちゃんと作るとなるとそれなりの材料と時間がかかる。

「そ、それで、これ……」
「も、桃だよ!」

 ふと、達也が箸で人参を持ち上げた。
 ハート型にしたかったのだが、残念ながらそうとはあまり見えない。
 恥ずかしさから、思わず桃型であると言ってしまった。

「も、桃か」
「うん、桃」

 しかし達也はそれを上下ひっくり返し……つまりハートに見えるようにしてから食べてしまった。

「ちょ!?」
「うん。甘くて美味しいな」
「そ、そっか……」

 良かった。概ね好評だ。

「うん。上手い。けど、なんで弁当なんか?」
「え! あ、えーと……」

 ど、どうしよう。なんと答えるべきか。

「あ、えーと、料理部入ったって言ったじゃん? それで今度のテーマがお弁当でさ、練習がてら作ったんだよ」
「そうなのか?」
「そうそう……」

 俺は誤魔化すように自分の弁当を突く。

「……お前の弁当はおばさんのやつなんだな」
「ギックゥ!」

 なんて鋭いやつなんだ!

 っていうか、もう誤魔化さなくて良い気がしてきた。そもそも好意に気付いてもらうための弁当だ。下手に誤魔化しては本末転倒だろう。

「……あの、今日の放課後、ちょっと時間空けといて」
「お、おう」

 何かを悟っているのか、悟っていないのか。達也は天井を見ながら返事をした。





 放課後。俺は達也を連れて家庭科室に来ていた。
 今日は部活はないので、無人である。鍵は先生から借りておいた。

「それで、どうしたんだ?」

 ドアを閉め、俺は窓の方へ歩いて行った。
 家庭科室は普通教室とは反対の北側にあり、窓の外には花壇が広がっている。残念ながらもう秋だから花はあまりなかった。
 来年、暖かくなったら見に行こう。なんて現実逃避をしていると、達也がそう訊ねてきた。

 覚悟を、決めるしかないな。

 俺は振り返り、視線を上げずに口を開いた。

「前、達也言ってくれたよな。『変わるのが怖いなら……俺が変わらず親友でいる』って。俺は本当に……この言葉に救われたんだ。何度も何度も怖くなって、自分が自分でもよく分かんなくなって。そんな時、いつも思い出しては救われたんだ」

 俺は愛しい思い出達を、少しずつ言葉にしていった。
 鼓動は相変わらず暴走してるし、それになんだすごく熱い。きっと俺の顔は真っ赤になっているだろう。

「でも……その言葉が。俺を救うその言葉が達也を苦しめてるなら、もういらない」

 俺はそこでようやく達也の顔を見た。達也は狐につままれたような顔をしていて、なんだか可愛いと思った。

「俺、もう怖くないよ。変わること。だから……もう、親友でなくていい」

 ブルッと震えたのは、俺か、達也か。

「こうして変われたのは……今の俺になれたのは、達也。お前のおかげなんだ」
「祐一……」
「違う」

 最後の抵抗のように、達也は俺の……男の名前を呼んだ。

「俺は……私は、祐奈だよ。ちゃんと見て」

 でも、逃さない。

「もう変わることは怖くない。そしてもう、私は変われた。だから、親友じゃなくて、その先……」

 ああもう、何だかんだ言って、私の方が緊張してるんだ。
 もしかしたら、断られるかもしれない。と言うか、数ヶ月前まで男だったんだ。断られるのが普通だろう。

 でも、言うんだ。変わるんだ……。

 私は、緊張からかいつの間にか下がっていた目線を、達也の顔に戻し、口を開いた。

「……私と、恋人になってほしい」

 あぁ、言ってしまった。もう、後戻りはできない。緊張はピークに達して、世界がグルグル回ってる。
 気付けばまともに呼吸もできてなくて、視界がぼやける。だけど、達也の姿はくっきりと見えていた。

 達也の口が開かれる。

 嫌にゆっくりと感じる。

 そして。

「……ごめん」





 え?

 一瞬、世界がフリーズした。
 そっか……やっぱり、ダメだったんだ。

 俺の視界が一気に溺れていく……。
 すると、なぜか達也は急に慌てだした。

「あっ!? 違う! 違うんだ! ごめん! えっと、そうじゃないんだ」
「……そうじゃないって、どういうことさ」

 達也は頭をガシガシ掻きながら、少し顔を赤くして言った。

「ごめんって言うのは、その俺が意気地なしだったことで……。ほんとはさ、俺から告白しようと思ってたんだ。だけど、その……言い訳じゃないけど、親友でいなきゃいけないと思ってて」

 そこで一旦達也は言葉を切った。

「いや、やっぱり言い訳だったな。前の……約束を言い訳にしてた。だからごめん、だ」

 そして達也はまっすぐに私を見つめて来た。

「祐奈はさ、日に日に可愛くなってさ。新しい友達も出来て、どんどん女の子らしくなって。もう、俺はいらないのかな、なんて思ったりもしてさ。それと同時に、だんだんとお前を……その、好きになっちゃって」

 突然の告白に、お互い顔が真っ赤になる。

「それでも、約束を言い訳にして、告白する勇気も出せないで……ほんとは、俺から言うべきだったのにな」
「そんなこと……」

 いやまあ、男の方から告白してくれるのは、ロマンではあるけれど。

「だから、その……新しく、約束をさせてくれ」
「新しい約束……?」
「ああ……これからは、親友としてじゃなくて、恋人として側にいたい。ずっと、寄り添っていきたい。ダメか……?」

 あぁ、どうしてこう、回りくどくしか言わないのだろう。でも、それが達也らしくて、どうしようもなく、愛しくて。
 私の答えは、一つしかなかった。

「……ダメ」
「えぇ!?」

 雷に撃たれたかのように驚いた顔をする達也。さっきの仕返しだ。

「ずっと恋人じゃ、やだよ。いつかは結婚して、子供だってほしい。だから、ダメ」
「お、おう……」
「だから、ひとまず、恋人として……一緒にいよう?」

 達也は降参したように手を上げた。

「祐奈には敵わないな……あぁ、俺からも、よろしく頼む」

 差し出した手を、達也が掴んだ。
 そうして私たちは恋人になったのだった。』





『
 この日記を書き始めて、どれくらい経っただろう。
 最初は変わり行く恐怖を紛らわせるために書き始めたこの日記は、あの人との宝石のように輝く思い出を綴る日記になった。
 もしあの時、あの人が「俺がいる」と言ってくれなかったら、きっと今の私はいないだろう。恐怖に押し潰され、もう逃げられないところまで追い詰められて。もしかしたら自ら命を絶ったかもしれない。あったかもしれない、別の未来。
 でも、私は大丈夫。例えどんなに変わっても、変わらず接してくれる彼がいるから。それに彼だけじゃない。新しい家族が、もうすぐ生まれるから。……だから、私はとても、幸せです。』
			

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