どうやら勇者は(真祖)になった様です。

第一章 転生──そして少女は目覚める

10.悶え回

「はぁい姫様、お着替えちまちょうね~?」

「はい、バンザイでしゅよ~」

「はぁい、よく出来まちた~」

「そのままバンザイちててくだしゃいね~」
「……ねぇ、ディア」
「はい? どうかちたんでしゅか~?」
「いちど、しゅじゅうかんけい、きょういくしておこうか」
「え゛?」

 ────さて、どうしてこんな状況になっているかと言うと、昨日起きた『ロザリー号泣事件』が原因である。

 何故かあれからディアの中では、ロザリーを泣き虫な世話の焼ける赤ちゃん的立ち位置に置いた様で、ずっと過剰な子供扱いをするのだ。
 ある意味献身的な態度とも取れるが、流石に我慢の限界になったらしい。

「ディア、そこにすわっ──」
「姫様、あと十分以内にお着替えが終わらないと、ご褒美の甘いモノはお預けですよ~」
「えぇっ?!」

 ガビーン。そんな音が聞こえてきそうな顔をするロザリー。

「姫様が食べないなら、私が食べちゃいますからね~?」
「だ、ダメ~!!」

 目尻に雫を溜め、腕をぶんぶん振るロザリーに、ディアは冷静にトドメをさす。

「ほら、なら早く着替えちゃいましょうね~?」
「う、うんっ!」
「はい、バンザ~イ」
「ばんざぁい……ディア、はやくはやくっ」
「はいはいっ」

(ちょろい! 姫様ちょろすぎます!!)

 その後もつつがなく着替えは続き、着替え終わったロザリーは無事に甘いモノにあり着く事が出来たという。





「……ったく、そんなおかしでつられるわけ、ないじゃん」
『つられてるじゃん……』

 ロザリー(浮)の言うように、頬を蕩とろけさせてプリンのような物を口へ運ぶロザリー。

「そもそも、あまいの、そこまで好きじゃないし……」
『わたしは大好きだけどね』

 滑らかな舌触りに、舌鼓を打つ。

「っていうか、さとうがきしょう、これがわるい!」
『うんうん、もっとつくるべき!』

 居酒屋で社会への文句を言う中年サラリーマンの様にスプーンを振るう。

「よぉし、もくひょうはさとうのせいしゃんりつを、もっと上げる!」
『────』
「さ、さとうのしぇいさんりちゅを……」
『────』
「しゃとうのしぇいしゃんりちゅ!!!」
『────』
「ふぇ…………」

 ムキになって言い直そうとすればする程、口が回らなくなっていく。そのもどかしさに、ラムネを入れた炭酸飲料水の様にロザリーの感情は膨れ上がる。

 そこに、部屋の掃除をしていたディアがロザリーの異変に気付き、近寄って来る。

「あらあら~姫様、どうちたんでしゅか~?」
「うぁぁぁんっ! でぃあ~!!」
「よ~しよし、イイコイイコ~」





「ダメだ、じょうちょふぁんてーにも、ほどがある」
「そりゃまぁ、姫様0歳ですもんね~」

 ぶっすぅ~と頬を膨らませて、うんうん唸るロザリーに、苦笑いで相槌を打つディア。

「ってか、すうぃーつけい男子じゃなかったんだけどなぁ」

 少なくとも、お菓子で釣られる程の甘党ではなかった筈だ。

「姫様姫様、その“すうぃーつ系男子”って何なんですか?」
「うーん? すうぃーつがすきな男っていみだよ」
「男……姫様は男子ではないでしょうけど、すうぃーつって?」
「え? あ、ほんやくも使えなくなってるんだ……」

 以前であれば、「スウィーツ系男子」と言えば「甘いモノが好きな男」と勝手に翻訳されていたのだが、他のチート能力同様使えなくなっていたのだ。

「ってことは、今しゃべってるのって、こっちの言葉……?」

 ちなみに、言語に関しては、吸血鬼の常識と共に繭の中でインストールされていたのだが、如何せん産まれる前の事までは覚えていないのである。
 なお、勝人の記憶が戻った現在でも口調が幼いのは、覚えて使っていた異国語が、実は異性の口調であったと考えると分かりやすいかも知れない。
 もしくは、外国人が幼女に日本語を習ったため、幼女の口調で話してしまう。そういった例えでも同じ事だ。

「姫様……?」
「あっ、ごめん。すうぃーつって言うのは、あまいモノのことだよ」
「すうぃーつ……甘いモノ……あっ!」

 ディアはポンッと手を打った。

「アレですよね! スウィルツ王国で発展したから、スウィーツなんですねっ!」
「え? あ、うん」

 どちらかと言うと、前勇者がスウィーツと言ったのがスウィルツ王国の語源である可能性が高いが、とりあえず肯定する。わざわざ説明する様な事でもない。

「なるほど、スウィーツですか。良いですね! 果物とかと区別できますし!」

 イイ事聞いた~♪ とご機嫌なディア。広めるつもりだろうか…………。





 いきなりだが、ここで普段の行動を見てみよう。

 ロザリーの1日は日が沈みきる頃に始まる。
 ディアに起こされた後しばらくして、ディアに手伝ってもらい、ネグリジェからドレスへと着替えるのだ。低血圧なのか吸血鬼だからなのか、寝起きに弱い為、とてもスローペースだ。
 そして開かずの塔を降り、彼岸花に水をやり、薔薇と百合を愛でた後、父ヴラキアースと昼食を取る。
 〈礼拝堂〉でステンドグラスを眺め、楽しい楽しいお勉強。
 晩餐を取り、入浴後、ネグリジェに着替え、夜明け近くまで自由な時間を楽しむ。
 そして日が昇り始める直前に眠りにつくのだ。夜が長いのは、日照時間の短い北方ならではだろう。





 さて現在に戻ろう。ロザリーはこれから下に降りて昼食へ向かうのだが……

「うぅ……なんかヒラヒラしておちつかないぃ……」
「姫様? どうしたんですか?早く行きましょう」

 ひんやりとした石の螺旋階段で、どうしても衣服の違和感に耐え切れなくなったのだ。

「スカートの中スースーするし……アレがないのが、すごいヘン……」

 下着類に関しては、上は着ける歳でもなく、下もドロワーズと“大きな柔らかい短パン”の様な物だったので、あまり気にならなかったが、やはりイチモツがあった場所が空いていて、どうにも慣れない。
 ふわふわと、まるで布生地が当たりそうで当たらない。そんなもどかしさと、風が肌を撫でる様なくすぐったさが、勝人の頭をいっぱいにする。

 なぜ昨日は大丈夫で、今日は気になるのか……言ってしまえば“昨日は気が動転していた”のと、泣き疲れて精神が幼児退行し、そのまま眠ってしまったせいだ。
 結果、今更ながらに己の身体が、幼いとは言え異性のものになっている事に戸惑いを隠せない勝人なのである。

 さて、待ちきれなくなったディアにお姫様抱っこをされ、食堂へ連行されたロザリーがあうあう言っている間に、昼食は始まった。

「…………」
「…………」

 黙々と食べる2人。と言っても方や自然かつ優雅に。方やぎくしゃくとぎこちなく。

(…………ん、全然口に入んねぇ。女になったから──ってよりは、子供だからか)

 1回で口に入る量、もとい、1回で口に運ぼうとする量に気を付けねばならない。
 実際男と女とで、口の大きさはそこまで変わらない。もちろんなくはないが、どちらかと言うと個人差の方が大きいのではないだろうか。

 と、そこで口を閉ざし続けていたバラメスが、いきなり声をかけてきた。

「……お嬢様」
「んぐ、ふぁに」
「1度に口に含み過ぎです。それに咀嚼が終わってから話すように。淑女たる者、その様に頬を膨らませて食べるのは品格疑われますよ?」

(誰に疑われるんだよ……ってか、いきなり口を開いたと思ったら説教かよ)

 コイツ……と青筋をたてそうになるロザリー。彼女の中では、バラメスは“前世”の分も含め、ムカつく(苦手)な奴なのだ。そんな相手に小言を言われ、少なくとも良い気はしない。

(それにしても……スカートの中で脚が擦れる……)

 当たり前だが、今までスカートを履いたことがなく、また骨格のせいか内股で、太股から膝にかけてが擦れる感覚を初めて体感しているのだが……

(あいや、擦れるのは初めてじゃないか……そうだ、男の頃は毛で、こんなにスベスベじゃなかったから……)

 どこか艶かしいその感触に、徐々に脚をこすり合わせるスピードが上がっていく。

(おおお落ち着けオレ!? これは幼女だ! 自分の身体だぁ!!)

 勝人はふと、己の心拍数が早くなっている事に気が付き、慌てて深呼吸で気分を落ち着かせようとする。が、そこで丁度ディアがロザリーの異変に気付き、声を掛けて来たのだ。

「姫様? どうしたんですか?」
「うひゃあ!!」
「うわっ!!」

 と、驚き跳ね上がるロザリー。そして、それに驚きトレーを取り落としそうになるディア。

「ご、ごめんディア。だいじょうぶ……?」
「あ、はい。私は大丈夫ですよ。姫様の方こそ大丈夫ですか!?」
「あぁ……ええと」

 先ほどまで自分がナニをしていたかを考えると、頬に熱が昇っていく。

「だ、だいじょうぶ、なんでもないよっ!」
「そうですか? 顔が真っ赤ですけど……」
「えっ?!」

 そしておもむろに顔を近付け、ロザリーの額に自分のソレをくっつけるディア。

 勝人は、ディアの顔を至近距離から見てさらに顔を赤く染めていく。元が色白なせいか、とても目立つ。

「な、なななな……」
「やっぱり普段より熱いですねぇ……風邪でしょうか」
「うむ? よほどの毒でも盛られなければ、体調は崩さないと思うが……」

 と、そこで長いテーブルの向こうから、興味深そうにこちらを眺めていたヴラキアースが、否定する。

「ほんっとにだいじょうぶだから! なんでもないからごはん食べよう!!」

 慌ててつくろう様に食事に戻ろうとするロザリーに、訝しげなあ目を向けながらもとりあえずフォークを取るヴラキアース。
 ディアやバラメスも定位置につき、恙無く昼食は続いた。
			

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