どうやら勇者は(真祖)になった様です。
第一章 転生──そして少女は目覚める
9.確認
「ぶぅすと!」
……。
「しきべちゅ!」
…………。
「しきべつ!」
………………。
「あいてむばっ──」
『姫様、どうしたんです? さっきから何か叫んで──」
「ひにゃっ?!」
突然入って来たディアに、あたかもヤラシイ本を読んでいた所を母親に見られた思春期男子の様に顔を真っ赤にして驚くロザリー。
「い、いつからそこにっ?!」
「い、いえ……最初からですけど」
「ひぇぇぇええええ……」
恥ずかしさのあまり、頭から雲の様な布団の中に潜り込む(が、小振りで形の良いお尻が出ているので、まさに“頭隠して知り隠さず”状態だ)が、なんとも微笑ましい光景だ。
「──あ! すみません姫様! どうぞ続けてて下さい!」
そしてディアは、ナニを勘違いしたのか、顔を赤くして部屋を出て行ってしまった。
「ぐぬぬ、てーせーする前に……」
絶対にあらぬ誤解を生んだに違いない。
「…………しょうがない、つづけよう」
と、ロザリーは舌っ足らずな口調でまた何かを唱え始めた。弱冠0歳にして厨二病に──なった訳ではなく、己がかつて使えていた“特殊能力”が今でも使えるのかを試していたのであるが……
「うそでしょ……がんばってあつめたアイテムが……」
しかし現実は非情で、勇者の力の源である能力が全く使えなくなっていたのだ。なかでも異空間収納は、命懸けで集めた装備品などが入っていたため、衝撃は大きい。
「あと分かってないのが……まりょくりょうと、まほうかぁ」
魔力量は、“ステータス”を使うか、実際に魔法使ってみる以外に調べる方法はない。が、ここで魔法を使うとヴラキアースにバレて今後自由に動けなくなる可能性がある為、確かめられないのだ。
「──はぁ、のこりはスキをみてやろう……」
結局諦めたロザリーは、ポフンとベッドに寝っ転がった。
……思えば、朝──もとい夕方目覚めてから、何の進展もない気がする。
このままじゃ、いかんなぁ……そう呟き宙を眺める。
ゴシック調の華美なレースの天蓋を見上げながら、どこか艷麗な溜息を零すロザリー。と、その時、突如として粟立つ様な少女の声が響いた。
──クスクス。
「……なによぅ」
『いや、あいかわらずムダなコトしてるな~って思って』
それはまるで耳元で囁かれたようであって、また扉の向こうから呼び掛けられたような、なんとも不気味な響きであった。
フサリ――。
重力を感じさせない動作で、ベッドの端に腰掛けるのは、ロザリーと瓜二つの幼い少女。しかもその身体は透き通り、美しい銀髪やフリルの着いた服は、風もないのにゆっくりとなびいていた。
『ていうかさ、いろいろやってるけど……けっきょくなにがしたいのさ?』
「なにがしたい……もくてきかぁ」
考えてみると、目的も何も決めずに動いていた気がする。
「とうさ……ヴラキアースやバラメスをたおすのは、たぶんムリだし……」
と言うか、そもそも種族の本能で神祖には逆らえないだろう。
「いったい、どうしたらいいんだろう……」
改めて考えれば考える程、己の望みが分からなくなる。もちろん究極は、高野勝人に戻る事。だがそれはもう、叶わない。
勝人は死に、仲間達は傷を負った。
どうやらヴラキアースは、皆を逃がしたらしい。スウィルツ王国でのサラの姿を思い出せば、たぶん皆、大きな怪我もなく帰れたに違いない。
しかし……
『カヅヒドが、カヅヒドがぁ、わだじだちを逃がじて、1人でばおうに゛』
『あまり………………心配をかけないで、下さい…………』
……あの時の光景が、フラッシュバックした。
──今回、目の前で死ぬ所をしっかりと見せつけられ、手も足も出ずに逃げ出す事しか出来なかった、彼らの心の傷が相当深いものである事は、想像に難くない。
きっと今でも、勝人の死を疑っていないだろう。
本当は今でもこうして、記憶だけだとしても存在しているというのに……。
「……こんなこと、してるばあいじゃない」
『ん?』
「なんで、いままで自分のことばっかり考えてたんだろう」
そう、もう心配はかけまいと覚悟したのに、むしろ以前より心配をかけてしまったのだ。
「そうだ……まだ、みんなにしんぱい、かけたままなんだ」
目標は、決まった。
「みんなに、わたしのブジをつたえる!」
この時のロザリーの瞳には、熱血野球マンガの主人公並の炎が燃え盛っていただろう。
『って、死んでるんだから、ブジじゃないじゃん』
「あっ」
『っていうか、とうさまが、やしきから出してくれるわけないよね』
「うっ」
『あれ? ぜんせのわたしって、こんなにバカなの?』
「そ、そんなにいうことないじゃん! ばかぁぁあああ!」
そしてとうとう泣き出してしまったロザリー。最早完全に精神年齢が逆である。
しかしまぁ、ロザリーの身体が、脳が幼児である事を踏まえてやってほしい。記憶は勝人のものであっても、打たれ弱さや感情の波は、体に見合うのである。
「ひ、姫様っ! どうしたんですかっ!?」
「ひっ、でぃあぁ…………うぅぅぅ」
そしてこれだ。慰めてくれるだろう保護者が現れ、ホッとして涙がこみ上げ、子供っぽく泣いていたのを見られ、恥ずかしから涙が溢れてしまった。
びえぇぇぇぇん!!
その日は、ロザリーの泣き声が処零館中に響き渡った事は、言うまでもない。