どうやら勇者は(真祖)になった様です。

第一章 転生──そして少女は目覚める

8.うじうじ

「姫様ー? 一体どうしたんですかー?」

 部屋の外から、ディアの声がぐぐもって響いている。

「ご主人様お喧嘩なされたんなら、一緒に謝りますから! 出て来てくれませんか──!?」

 この部屋──この塔は元々牢獄だったので、鍵は外にしかついていなかった。
 だからこうしてディアが入って来ないのも、ディアなりの心遣いなのだ。
 しかし、今の勝人にそれに気付くだけの余裕は無く、ただ布団を頭から被り篭もっている事しか出来ないのだ。

『ねぇ、このまま、とじこもってるつもり?』
「……うるさい」
『よかったじゃない、とうさまがやさしくて……たたかってたら、まけるのはわかって──』
「だからうるさいって!」

 不安定な感情のままに声を荒らげるも、それも甲高く、舌っ足らずなもので、それがまた一層勝人の心を乱す。

「なんで──なんで──」

 自分は死んだ。そのこと自体まだ納得も実感も出来ていない。それなのにも関わらず、さらに己のかたきの娘──吸血鬼の真祖となり、この勝人の記憶は自分を証明するのに何の役にもたたないと言うのだ。
 つまり、自分はあくまでロザーリア・レイゼン。自分を高野勝人だと思うのは、ただの思い込みで、勘違い。

 ……正直、タチの悪いイタズラだと思いたかった。が、この身体からだと、ロザーリアとしての記憶と感情が、本当の事だと物語っていた。

「わたしは────いったい、だれなの……」
『だから、ロザリーでしょ』
「ちがう、そんなことがききたいわけじゃない────」

 嘘でもいいから、お前は勝人だ と言って欲しかった。
 今なら、例えば魔王から「お前を元に戻してやる。だから一緒に」なんて言われれば、迷う事なく寝返るだろう。
 それ程までに、勝人の心は傷付いていた。しかし……


 バンッ


「ロザリー!」

 空気を読まず、テンション高く部屋に入って来たヴラキアース。

「ほうらロザリー、顔を出しなさい」
「…………」

 神に逆らえない本能でも働いたのか、自然に身体が動き、その不貞腐れた顔をあらわにする。

 内心穏やかでないものの見てみると、ヴラキアースのその体の後ろに何かを隠している様子。そしてロザリーの興味を引けた事に少し満足したのか、ヴラキアースは謎の笑みを浮かべながらソレを出す。

「ほうらロザリー、ウサたんでしゅよ~」
「………………」

 目の前に飛び出して来たのは50cmくらいのモフモフなウサギのぬいぐるみ。
 思わず目をぱちくりさせ、数秒固まってしまう。

「──って、なめてるのっ?!」

 側にあった野球ボール大のヒヨコちゃんを投げ付ける。

「おぉっと……どうやら気に入らなかった様だな」

 しかしそこは腐っても神祖。軽く躱す。

「うぅむ……娘が反抗期だ、バラメスよ」
「そんなものですよ、主様」

 いつの間に居たのか、バラメスがうんうんと頷いている。

「姫様! そんな言葉遣いはメッですよ!」

 そしてディアまで……

「────っと、とりあえず、いっかい出てってー!!」

 渋々と退散する3人。って、ちゃっかりウサたん置いていくなよ……と溜め息をつく勝人。
 そして、再び1人になる部屋の中──いや。

『もう! とうさまに、なんてこと言うのよ!』
「うるさいなぁ……」

 1人──と数えて良いのか分からないが、もう一つの意識が宙に浮きながら勝人を説教しているのだ。

『それに、こんなにかわいいウサたん……うれしくないの?』
「いやいやいや、22の男にぬいぐるみおくって、よろこぶとおもってるの……?」

 そう言いながらお洒落な丸いテーブルに置かれたウサたんを持ち上げる。

『嬉しくないなら、捨てちゃうの?』
「そうね、そうしよう。────なにさ」

 多少の勿体なさを感じつつも、部屋の隅のゴミ箱に捨てようとしたのだが……そこで手元から視線を感じ、ウサたんを見る。

『どうしたの?』
「いや、なんでもないけど──なんかウサたんが『すてないでっ』って言ってる気がして……」
『じゃあすてないの?』
「いや、すてるけど……うぅ、そんな目でみるなぁ」

      ・

      ・

      ・

「────だめ! わたしにはウサたんをすてるだなんてできない!」

 そしてあえなく陥落。

 なんとかゴミ箱行きを免れ、どこかホッとした表情のウサたんを抱き締めたロザリー(勝人)は、想像以上のモフモフ感にだらし無く顔をゆるめる。が、それでも可愛く見えるのは役得か……。

『よかった~。とうさまからのプレゼントが、すてられなくて』
「……」
『けどこれでわかったでしょ? きおくはあっても、あなたはロザリー。22さいの男だったら、ウサたんでよろこばないんでしょう?』
「うぐっ…………」
『あきらめなよー。タカノカツヒトはしんで、あなたはロザーリア・レイゼン。はいふくしょう』
「…………」
『はい、ふくしょー!』
「…………タカノカツヒトはしんで、わたしは、ロザーリア・レイゼン」
『──うん、よく出来ました。どう? すっきりした?』
「……ちょっとシックリきた、かも」
『ならよしっ』

 依然として自分は勝人だ、勝人だったと思ってはいるが、くやしいがストンと胸に落ちるものを感じていた。
 ちなみに当のロザリー(浮)は、なぜかドヤ顔で腰に手を当て、ふんぞり返っている。





 はぁ……っと溜息をつき、勝人は改めて己の姿を確認することにした。

 かつての勝人からは考えられない程までに、ほっそりとした華奢な四体五指は、力を込めれば容易く折れてしまいそうなほど。下手な宝石よりも美しく煌めく瞳や髪。
 どこか希薄で儚げだが、人を魅了せずにはいられないような、普通とは違う──異質な存在感すら持っていた。
 ふと見れば、息をするのも忘れて魅入ってしまう様な、そんな少女。それが吸血鬼の真祖、ロザーリア・レイゼンの印象だ。

 窓ガラスに映る、一見するとこの世のモノに見えないまでに整った容姿の幼女。その顔が複雑そうな表情になり────宙を漂う半透明のロザリーが声をかけてきた。

『さぁ、わかったなら戻りましょう? みんなしんぱいしてるわ』
「…………あぁ」

(なんとなくコイツの言う事に従うのは癇に障るが……)   

 まだへそを曲げたままの勝人だったが、ヴラキアースとバラメスはともかく、ディアにまで心配をかけていることを思い出し、渋々立ち上がる。

「はぁ……これからいったい、どうすれば……」
『どうしたの? ほら、さっさといこ?』
「わかったって……」

 そうして部屋を出たロザリーは、長い石の螺旋階段を降りて行き、塔を出る。目の前には黒百合の庭園が広がっているが、高山地帯でないにも関わらず、また日光ではなく月光ばかり浴びているのに、黒百合の花は咲き誇っていた。

(────あの頃は、……昨日までは子供であること楽しめたのに、な)

 しかし思い出してしまったからには、もう後には戻れない。これからどうするか、何一つ考えは纏まらないが、それでも無邪気にこれまでと同じようには過ごせない。過ごせないのだ……。

 どこか暗く、しかしどこか晴れた表情で勝人は扉の前に立った。そしてノブに手を掛けようとすると、まるで計ったかの様なタイミングで扉が向こう側から開けられた。

「あっ、姫様!」

 扉を開けたのはバラメスだった様で、静かに扉の横立ち、ディアはシッポを振りながら嬉しそうによってき、ヴラキアースは長いテーブルの一番奥で優雅に食前血を呑んでいた。

(くそう、何か“わかってますよ”的な表情とか、地味にダンディに決まっててちょっと格好良い所とか、マジで腹立つ!!)

 ──と心の中で呪詛を吐きながら地団駄を踏みまくる勝人。

「──さて、ロザリーも来たことだ。さっそく昼食を取ろうではないか」

 悠然と微笑むヴラキアース。

「──だめだ……いっしょう勝てる気がしない」
「どうかしましたか? 姫様」
「いや、なんでもないよ。……たべよう?」
「あ、はい!」

 ────今すぐにはどうしようもない。なら、その時が来た時の為に、今は力を着けて置こう。



 初めてこの世界にやって来た時、ものの数分で慣れ、馴染んでしまった恐ろしいまでの順応力で、はやくも新たな人生(吸血鬼生?)にも馴染んで来ているのであった。
			

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