魔法少女ブルーミングリリィ
第一章
23.俺は……あいつを支えるって決めたからな
僕が使える三つの攻撃魔法の内、最後の一つ。それは、以前から変わらず使えるこの魔法。 「リリィ・テイク・ア・ルーツ……スプラウト・アンド・ブルーム!!」 「きゃあああ!?」 「な、何よこれ!!」 しかし、以前よりも攻撃性を増したこの魔法は、これまでのような種を飛ばして攻撃する魔法ではなくなった。 種は最初から、サンとレインの足下の地面に埋まった状態で生成され、そこから発芽。 根を空中まで伸ばし、二人の体ををその触手で絡め取ったのだ。 「あ、ああ……あああああああああ゛っ!!??」 「いたいいたいたイイタイッ!!!!」 もちろん、元の敵の体内に根を張る効果は変わらない。大量のひげ根が毛穴などから侵入し、体内へと入り込むのだ。 消して細くはないその根は、信じられないほどの激痛をもたらす。 そして元々の効果……根を張った相手から魔力を吸い取る効果によってサンとレインは立つこともままならなくなり、根っこに埋まって地に伏せた。 「くすくす……やっぱり弱いや」 僕は二人の元まで優雅に歩いて行き、咲いた百合の花を摘んで口づけをする。 「あぁ……甘くて美味しい。良い魔力」 魔法少女の魔力を吸い取って咲いた花の蜜は、僕に魔力を与えてくれる。これまでの攻撃魔法で多少減った魔力もすぐに回復するんだ。 まさに、形勢逆転。 これで壊すことはできなくても、もう二人とも無力化できた。もうその気になればいつでも壊せる。 「つっ、リリィ!!」 どうやってとどめを刺そうかと思案していると、校舎から一人の男子が駆け付けてきた。 「…………」 「リリィ……いや、未咲」 それが誰かなんて、見なくても解る。 「つ、とむ……」 なぜだろう、それまでサンとレインをどうやって壊すかウキウキしていたのに……急にその気持ちが萎えた。 「もうこんなこと辞めるんだ、未咲」 「……」 未咲、と呼ばれる度、気分が落ち込んで行く。意味がわからない。 「……消えて」 正直、魔法少女でもないただの人間である努は、壊しても気持ちよくない。 ……ああ、そうか。壊し甲斐のない弱者に、楽しみの邪魔をされたから萎えたんだ。 「蕾」 「っ!」 仮初めの名前じゃない、本当の名前を呼ばれて、自分でもわかるほど動揺した。 「だ、黙れ!!」 僕は一歩。一瞬で努の目の前まで接近し、その腹に拳を叩き込んだ。 「うがっ!!」 ゴロゴロと地面を転がっていく努。 ああ、壊しがいのない努を壊しても、ちっとも気持ちよくなれない……! ……さあ、サンとレインにとどめを刺そう。そうすればこの鬱蒼とした気分も晴れるだろう。 再び二人の方へ向かおうとした時、ガシッと足首を掴まれた。 「つ……ぼ、み……駄目だっ! そんなことしたら、お前は、絶対、後悔……する!」 「煩い!!」 「あぐぅっ!」 その手を蹴り払って、再び腹を蹴った。 「はぁ……はぁ……おい、蕾……」 「……」 それでもなお、努は立ち上がろうとする。 意味がわからない。 「お前、どうして俺を殺さないんだ?」 「は……?」 いきなり何を言い出すんだ。 「お前なら、一撃で俺を殺せるだろ……殺さない理由も、ないはずだよなぁ?」 ボロボロの体で、フラフラと立ち上がり、不敵な笑みを浮かべる努……その圧に、僕は思わず一歩後ずさった。 「リリィー!」 そこに、白いタレ耳ウサギのぬいぐるみが、耳を羽ばたかせて飛んできた。 さらに。 獣の唸り声のようなエンジン音が遠くから近付いてくる。 それはどんどん大きくなり、校庭に黒いワゴン車……対魔獣対策課の車が飛び込んできた。 車は盛大に土煙を上げながら、僕や努の近くに停まった。 そして、ガラッと扉が開き、僕によく似た女性が飛び降りて来た。 「つっ……未咲!!」 「かあ、さん……」 母さんは……僕はまだ何もしていないのに、涙を流しながらそこに立っていた。 悲しみ? 悔しさ? 後悔? よく分からないけど、色々な感情が混ざったような顔をして、泣いていた。 過去に一度だけみた、そしてもう見たくないと思っていた、その涙。 「蕾……もう、こんなことはやめて」 今度は小声で、僕の名前を呼ぶ。 ああ、こんな状況になっても、この人達は僕の正体がバレないように考えて行動しているんだ。 ふと、そんなことを思った。 「もう、戦わないで……一緒に家に帰りましょう?」 「い、意味がわからないよ……」 だって、僕は、もう蕾じゃない。魔法少女ブルーミングリリィじゃない。 魔女ブルーミングブラックリリィ……魔人なんだ。 帰るなら……そう、魔界だろう。もうこの世界は、僕の居場所じゃない。 それなのに、そんな僕をどこに連れて帰ろうと言っているのか……。 「何をやっている! さっさとそいつらを殺れ!!」 突然、渋い男の声が響き渡り、僕はハッとした。 そうだ。僕は何を悩んでいたんだ。僕は魔女だぞ? 努だとか、母さんだとか、そんなことは関係ない。 邪魔するやつは、全部壊すだけだ。 「ブルーム・リ」 そう、唱えかけた時だ。 「つぼみ……!」 軽い衝撃と共に視界が暗闇に閉ざされる。 嗅ぎなれた匂いと、暖かい体温に包まれた。 そして耳元で囁かれるのは、聞き慣れた、親友の声。 「蕾、蕾……」 呪文のように、僕の名前をただ繰り返し呼ぶ努。 その声には、何かを懇願するような色が含まれていて。 「蕾……俺は言ったよな。頼ってくれって。お前は、頼ると言ったよな?」 それが、一体どうしたっていうんだ。 「お前が身を焦がすような破壊衝動に襲われて……何かを壊したくて仕方ないなら……それを一人で抱え込むな」 「な、にを……?」 「お前が、シャイニングサンやポーリングレイン。綺咲さんや……俺を壊したいなら、それを俺にも手伝わせてくれ」 「は……?」 強い視線が、僕を貫いた。 「俺は、お前の協力者だ。魔女になろうが、お前が俺を壊そうが、そんなことは関係ねえ。俺を頼れ。俺に支えられろ」 それは、否定の言葉ではなかった。今の僕を肯定する、言葉だった。 ……どうしよう。なぜだか分からないけど、すごく、嬉しい。意味がわからない。え? どういうこと? なんで僕は今、努に抱きしめられているの? なんで努は自分が壊されても良いみたいな……そんなことを言ったの? なんで僕は、こんなに嬉しく思っているの……? 僕が混乱の渦にいると、背後から膨大な魔力が吹き出すのを感じた。 ハッと正気に戻った僕は、努を突き飛ばして振り返る。 「ツトム……よくやった。あとはボクに任せて」 ……サンとレインが倒れ、その上で咲き誇る百合の花々。 その中には、いつのまにかティムがいて。その体は光り輝いていた。 そうか……ティムは、サンとレインの魔力で咲いた百合の魔力を吸収したんだ! くっ、僕としたことが、やられた! 「ボクに戦う力はないけど……リリィ、キミに刻みつけられた黒茨を解くことはできる」 そう言うティムの体は一層輝きを強め、その形が大きく変形し始めた。 変化は、数秒で終わった。 「え……?」 それは、人だった。 白いローブを纏い、白いマフラーを巻いた、銀色の髪の二十代半ばの男だ。 涼し気な目元……海のように深い青色の瞳が印象的で……。 「ふぅ……この姿も久しぶりだ」 軽やかな声。初めて聞く声だ。 「ティム、なの……?」 恐る恐る訊ねる。それに対し、男性は爽やかに微笑んだ。 「あぁ……ボクがティム。ティムウスだ」 ティムは本名じゃなかったの? そう疑問に思う間もなく、目の前が白でいっぱいになった。 「かわいそうに……魂にまで黒茨が絡みついている……剥がす時も痛いだろうから、今はゆっくりとお休み……」 そう、僕のすぐ上からティムの声がしたと思ったら……気付けば僕は意識を失っていた。 ~・~ 蕾と契約した白いウサギの妖精……ティムが、俺にある作戦を提案してきた。 「サンとレインの魔力を吸って咲いた百合……あの魔力は、リリィじゃなくても吸収できるんだ。ボクがあの魔力を吸収して、本来の姿に戻って、リリィに絡み付いた黒茨を解く。ツトム、キミはそれまでリリィの気を引いておいてほしいんだ」 「……できるのか?」 「ああ。戦闘能力はないけど、本来の姿になれば、あの程度の魔法を解除するくらいなんてことないさ。ただ……」 ぬいぐるみであるがため表情は変わらなかったが、沈んだ声でティムは続ける。 「黒茨の棘は、すでにツボミの魂まで刺さっているだろう……それを解いても、傷は残ってる。それに、今までの記憶も全部残っているだろう」 「……そうか」 つまり、蕾を元に戻すことはできるが、心の傷までは癒やすことができない。そういうことだろう。 「それは……俺一人じゃどうしようもできないかもしれない。けど、あいつには綺咲さんや、サンやレインもついている。なんとかしてみせるさ」 「うん、それでこそツトムだ」 「俺は……あいつを支えるって決めたからな」 俺にはなんの力もない。魔力もないし、敵を打ち負かす力も、傷を癒やす力もない。 ただ、蕾を支えることはできる。 あいつを笑顔にしてやることくらい、できるはずだ。 それが、親友としての、俺にできることだ! 「じゃあ、行くよ……!」 「おう!」 俺はもう一度覚悟を決めて、サンとレインにとどめを刺そうとしている蕾の下へ駆け出した。