俺の大切な騎士様に花束を
3.俺の大切な騎士様と護衛
翌日、俺は聖都の外にいた。依頼を受けたのだ。 「すみません、こんな朝早くから」 「いえ、気にしなくて大丈夫だ……そういう依頼だからな」 内容は、学者の護衛。なんでも迷いの森に生植しているという植物を採取しに来たようだ。 見た目が分かり辛いらしく、冒険者に採ってこさせる採集依頼ではなく、護衛依頼にしたらしい。 依頼主は20代前半と思われる学者で、学者というより学生のようにも見える。 このアテレスという青年、なんでも学校を卒業したてで、学者としての生活は始まってばかりだという。 というか、学者ってどうやって生計立ててるんだろう……。 「そうですね……研究成果を発表して、国や貴族の方から研究費や援助金を貰ったりするんです。僕はまだ経験ないですけどね。普段は薬屋で働かせてもらってるんですよ」 「なるほどなぁ……学者ってのも大変だな」 「まあ、好きだから続けられるって感じですね」 好きだから続けられる、か……俺はどうなんだろうな。少なくとも、一生遊んで暮らせる金が手に入れば、冒険者などさっさと辞めてやるだろう。 「好きな仕事か……いいな、そういうの」 「ソリュートさんは、冒険者の仕事は好きじゃないんですか?」 「そうだな……あくまで生活費を稼ぐためだな」 「でも、ソリュートさんって……貴族の方ですよね?」 「なんだ、知ってたのか」 「まあ、僕の実家とやり取りがありまして……」 「実家?」 「パン屋なんです」 「なるほど……ということは、毎日食べてたパンは君の家のだったのか……」 「はい……あの、なんで冒険者を?」 なぜ貴族たる俺が、生活のために冒険者をやっているか…… 「確かに冒険者っていう仕事は好きではないけど、貴族という仕事は本当に嫌いだってことだ」 「そうなんですか……」 それっきり黙り込んでしまうアテレス。 これは嘘だ。同じようなことはよく訊かれる。その時はこうして誤魔化しているのだ。 しかしまあ、この純朴そうな青年はその言葉を信じ、自家のパン屋業について、その仕事は継ぎたくない……というより、植物について研究したいと家を飛び出したんだと語った。 なんとなくアテレスという人物がわかった気がする。 きっと好きに正直なんだろうな……と微笑ましい気持ちになった。 その後はなんとなく意気投合し、和やかに話しながら森を進んだ。 迷いの森は昼間でも日があまり差し込まず、ひんやりとした湿った空気が満ちている。 薄暗い木々の下、蛇のようにうねる獣道をしばらく進んで行くと、急にアテレスが立ち止まった。 「あっ、もしかして……」 そう言いながら、脇にある木の根元にしゃがみ込んだ。 熱心に何かを探るアテレス。きっと目当ての物が見つかったのだろう。 新人とはいえ学者。もう周りの様子は見えていないらしい。 そんな青年の代わりに、俺が周囲を警戒する。 目で不自然な動きをするものがないか、また風で揺られるのと別に揺れる叢の音を聞き分け、時には探索魔法を使う。 アテレスが満足いくまで、しっかりと見回った。 「……ここ、どこでしょう」 「さあな。まあ、ここまで霧が深くなると、不用意に動くのは危険だ」 「ですよね……ううぅ、帰れるかなぁ」 採取を終えたアテレスと帰還している時のことだった。 アテレス青年が、別の植物も探したいと言い出したので、獣道道を少し外れながら進んでいると、突然濃霧が立ち込めたのだ。 「ここはエルフの里がある所だからな。エルフの隠蔽魔法と、この森特有の魔力が反応して、時たま空間が歪むらしい。 下手に動いてはぐれたら、助けようがないからな」 「わかりました……」 こういった状況は初めてだろうに、さすが学者。ぐっと感情を押し殺して、冷静になろうと務めている。 「しかしまあ、この霧が出ている間は魔物も大人しい。晴れるまでじっとしてれば大丈夫さ」 「そうですか……」 しかし、ついてないな……こんなタイミング良く(悪くか?)森の霧に出くわすとは……せいぜい月に1度あるかないか位だというのに、護衛対象がいる時に当たるとは。 護衛……そういえば、アルフレッドもあの日は護衛をしてたな。 実は先日──俺がフォレストウルフに襲われたあの日も、実はこの霧が立ち込めたのだ。 まさに今日と同じような流れだ。 採取を終えるや否や、あっという間に霧が視界を奪ったのだ。しばらく身を隠して霧が晴れるのを待ち、方位磁針を頼りに帰路についていたところで、フォレストウルフ達に襲われた。 (──そして、アルフレッドが助けに来たんだ……) 思えば不思議なものだ。助けようとする相手が善人か悪人かも分からない、護衛中である……そんな状態で、なぜ彼は助けに来たのだろう。 司祭様が指示を出したから? そもそも、人が襲われていると気づけるのは探索魔法を使った者──あの場ではアルフレッド──しかいない。 なぜそこで、真っ先に「助けに入る」を選択肢に入れられたのだろうか……。 金が目的、ではないらしい。 まさかコネ作りでもないだろうし……。どうしようもなく不思議だ。 不思議といえば、その後もだ。 わざわざギルドまでやって来て俺を食事に誘って。まして怒らせてしまった(らしい)のに、なぜかまた会うことを要求してくる……。 一体彼は、なにを思ってそんな行動をとっているのだろうか……。 巨大なキノコの傘の下で、ぼんやりと白い上空を見上げ息をつく。 結局その後、霧が晴れるまでアルフレッドの事を考えていた俺は、斜め下から注がれる視線に気付くことはなかったのだ。 「…………起きろ、アテレス。霧が晴れたぞ」 「んー……んう?」 「んう? じゃない。ほら、魔物に襲われるかもしれんし、さっさと帰るぞ!」 「あ……すみせん、おれ、ねちゃってた……」 コイツ、寝ぼけてんな……普段は俺って言ってるのか。 意外だな……。 目を擦りながら立ち上がるアテレス青年に声をかけつつ、周囲に気を配る。 「気にするな……思ったより霧が晴れなかったからな。 急いで帰れば、暗くなる頃には聖都に戻れるかもしれない」 魔物の気配は……ない。 方位磁針を取り出し、地図と照らし合わせて現在地を探る。 「よし──準備は良いか? 霧が晴れた後は魔物も活発になる。気を付けて進むぞ?」 「はい!」 あくまで小声で、それでいて元気のよい良い返事が響いた。 よし、という掛け声と共に、俺達は森を抜けるべく歩き出したのである。 今回は護衛対象もいる。この前のようにはならないようにと、こまめに探索魔法を使い、森を進んだ。 1番は、そもそも気付かれないようにすること。何度も立ち止まっては、息を潜めて場をやり過ごす。 おかげで森を抜ける頃にはすっかり暗くなっていたが、なんとか1度も相対しなくてすんだ。 「ふう……ここまで来れば、もう大丈夫だろう。一旦休憩にするか」 「すみません……」 「気にするな。まあ運がなかっただけだろう…………あ」 「雨……」 ふむ。今日はとことん運がないのか……魔物に襲われないだけ幸運か。 「たぶん止むのを待ってたら夜が明けるだろうし、走って帰るか……」 「はい……」 「はぁ……寒い……」 体を拭き、寝間着に着替えた俺は、布団にくるまった。 結局雨も止まず、ずぶ濡れになりながらアトレスと聖徒に戻って来た俺は、ギルドへ依頼報告を終えるとそのまま家へ帰ってきたのだ。 ザァーっと止めどなく鳴り響く雨音を聞いてると、心が鬱 いで行くような気がする。 ベッドに座り込む。多重をかけるとギシギシとなるベッドは、使わないからと老夫婦から譲ってもらったものだ。 正直言って、所々ガタがきていて買い換えたい気持ちもある。しかしないのだ、金が。 ベッドだけじゃない。テーブルも、椅子も、食器も。さらにいえば、この部屋自体もほとんどタダ同然で使わせてもらっている。 けど俺は、後悔はしていない。 ──してはいけないのだ。 1番上の兄は、ソリュート家を継ぐべく毎日を忙しく過ごしていた。歳も離れていたから、ほとんど会話することはかった。 1つ上の兄は、ずいぶんと俺に冷たかった。歳が近かったからだろうか。 母は生まれつき体が弱かった。 話を聞く限り、まさに深窓の令嬢のような人だったらしい。 父の焦げ茶色の髪と違い、腰まで伸びた銀髪に、紫がかった青色の目は、まるで月の女神のようだったと誰もが語る。 父はそんな母をひどく可愛がっていたとか。そう、異常なほどに。 例えば、母が外に出たいと言ったなら、まず父は医者を呼んだ。 診断させ、太鼓判がもらえなければ諦めさせたとか。 また、父は毎週のように母に物を贈った。それは花であったり、髪飾り出会ったり、宝石であったり。 男爵家の微々たる家系費の多くは、母に使われていたそうだ。 その母が、亡くなった。 正直言って、兄達は父を苦手にしていた。母ばかりに愛情を向け、自分たちには傲慢に振る舞うその姿に嫌悪感すら抱いていた。 それでも、母のことは大好きだったようだ。母がなくなって20年ほど立った今でも、命日には涙を流す。 俺は、母の姿を覚えていない。もちろん肖像画の中で儚げに微笑む彼女と、毎日顔を合わせたのだ。知らない訳ではない。 しかし、その温もりも、香りも、声も、何1つ覚えていないのだ。 ふと、名前を呼ばれた気がした。 細く、柔らかい声だ。 ──リオン── 誰だ? いったい誰が、俺の名を──? ──リオン── 真っ白な視界に、ぼんやりと映る人のような輪郭。 ──ああ、リアナ。君と同じ髪と目だ── ──そうね……上の子たちは貴方に似ましたから── なにを、言っている……? よく、意味がわからない── ──リアナ? おい、リアナ! ── ──うっ……やっぱり、ちょっと無理をしすぎたのかもしれないですね── ──馬鹿を言うんじゃない! リアナ? リアナ! せ、先生、一体どうすれば! ── 突然慌ただしくなる声。 ぼんやりと霞がかった頭では、何が起きているのかよく分からなかった。 ただ、不意に寒くなったような、そんな気がして、俺はうめき声を上げた……。