死霊術師は笑わない

4.4話

 ぬらりと照る焚き火を背に、木に括りつけてられた少女を囲む冒険者達。その間には、重たい空気が満ちていた。
 少女は十にもいかない幼子で、色が抜けた金髪に、有明の空の様に青い瞳を持ち、血の気のない青白い肌で、大きな布──ボロボロのカーテン──を身に巻き付けただけの簡素な格好をしている。
 その綺麗な顔……口周りや、カーテンも今は赤い血で汚れており、一種の凄惨さを醸し出している。


「……特に特別な動きはないから、死霊術の類いではなさそうだな」
「ってことは、原因不明のアンデッド……ってことになるのか」

 パーティリーダーのギルと、もう一人の男がそう話していると、座って塞ぎ込んでいない方の女が、待ったをかけた。

「ちょっと……私アンデッドと戦った事何回かあるけど、もっと腐ってたり、骨だけだったり……少なくともこんな綺麗な状態のは見た事ないわ」
「けどよう、死んでるのに生き肉喰らおうと襲ってくるんだぞ。アンデッドでない訳がないだろう? アンデッドになるまでが短いのか、アンデッドになってからが短いのかは知らないけど、こいつは間違いなく魔物だよ」
「そう、よね……」

 女達がこうもやりきれなさそうにするのは、少女があまりにも綺麗な状態で、とても死体に見えず、アンデッド特有のおどろおどろしさがないからだ。
 しかし、ここで事態は急変する。

「……え、わたしは……なに、を──」
「「!?」」

 全員が、声にならない悲鳴をあげた。
 意識を持たないはずのアンデッドが、普通に話し始めたのだ。

「あれ……なんで、しばら、れて……」
「お、おいお前っ!」

 怯えの色が混じった声をかけたのは、ギルでない方の男だ。

「なん、だ……おまえら、の、しわざか……?」
「うるせえ黙れぇ!!」
「ちょっ、クレイ、そんな強く言わなくても……」
「お前も黙れ! さっきコイツがギルに噛み付いていたのを見ただろ!?」

 クレイと呼ばれた男の言ったセリフを聞いて、ようやくアガミは先程までの出来事を思い出していた。

(そうか、すっかり忘れていた。アンデッド特有の食人衝動か……)

「おい……お前は質問されたことだけ答えろ……」
「──ああ」

 全く物怖じしない様子の少女に底知れなさを感じ、クレイは余計に恐怖を感じた────もっともアガミ本人にそんなつもりなど到底なかったが。

「まず……お前は何もんだ? ただのアンデッドじゃねえよな……」
「──わた、し、は、アガミ。せい、は……アディ、クト」
「アガミ・アディクト……生前の名前か? いやでも、アンデッドで生前の記憶や意識があるなんて、聞いたこともないぞ……」

 ギルが手を顎に当て考え込むが、クレイは続けて質問した。

「お前……アンデッドの一種、なのか……?」

 おそらくこの質問は、クレイという男の中に芽生えた、少女の見た目の存在に対する良心から来たものなのかも知れない。
 もしそこでアガミがノーと言えば、クレイはキツい態度を改めたかも知れない。

 しかし、アガミが冷然と口にしたのは────。

「そう、だ……」

 ────肯定の言葉だった。

「こいつ、一体なんなんだよ……」

 すっかり怯え切った様子のクレイ。1人の女がその背中に手を回し、一旦その輪から外れて行った。

「……しかし、まいったな。ただのアンデッドってなら倒して終わりだったんだが……」
「そうよね、まさか知性があるだなんて……」
「…………おい」

 うんうんと首を傾げ、悩む2人にアガミが声をかける。

「どうしたの?」
「いつ、に、なった……なわ、ほどいて、くれる……?」
「ごめんね……少なくともあなたの、その……正体が分かるまでは……」

 その答えを聞き、今度はアガミが頭を抱える。無論、手は縛られているが。

(どうする……ここで死霊術師ネクロマンサーである事を伝えた場合、細かい説明が難しいぞ。……それに、そもそも死霊術師とバレた時点で命を狙われるか)

 忘れてはいけないのが、死霊術とは禁術であり、一切の研究、修得、使用が禁じられている。
 しかし国によって研究されている場合があり、死霊術師は意外といる。
 いるのだが、それは極秘なものであり、所属する死霊術師も細かく管理されるのである。

 よって一般的には、死霊術師はただのA級犯罪者なのだ。

「なあ、お前自身、どうしてそうなったのか知らないのか……?」

(きた……)

 そしてついに予想通りの質問だ。
 アガミはどう答えたものか、一瞬考え────

「しりょうじゅ、つし、の、じっけんに……」
「……!?」

 己が死霊術の被害者である事にしたのだ。 

「そんな……なんでこんな子供を……!」
「落ち着け、ミレーア……なあ、その死霊術師について、なにか分からないか?」
「なまえ、わか、らない……いし、もった、アン……デッド、つくる、じっけん……」
「そいつがそう言っていたのか?」

 この姿が上手いこと作用した。小さな子供であるから、作文能力が低いだろうと一つずつ訊いてくる上、分からないと言ってもそれを信じる。
 アガミは内心で冷ややかな視線を送りながら、コクリと首を振る。

「そいつは……どうした? どうしてキミは1人でここにいた?」
「────きし、はいって、きて、ころされ、た。そのすき、……にげ、た」

 完璧なシナリオだった。

 これでアガミは、この少女は被害者であり、動物の生き肉を与える限り無害である、そんな存在になったのである。
 もっともこれは一時しのぎでしかない。この先どうするか、考えなければならなかった。

 そうこうする内に、残りの2人が帰ってきた。
 ギルと、ミレーアと呼ばれた女が事情を説明し、クレイは疑わしそうな目でアガミを見たが、その他3人とも少女を憐れんでいた為、なにも言えずにいた。

「とりあえず、これからどうするか考えるしかあるまい」
「まさか、街に連れて行く訳にもいかないし……」
「おいおい、その……聖騎士にコイツを渡せば解決だろ?!」

 クレイに、3人の冷たい目が向けられる。

「馬鹿なの? 聖騎士は、人間至上主義なのよ? さっさと殺されて終わりに決まってるじゃない……」

 ミレーアは吐き出す様にそう言った。

「けどよう、このままじゃラチあかねえぞ!」

 しかしクレイが言うことにも一理ある。
 木に縛り付けられた少女は、影を落とす面々をつまらなさそうに眺めながら、自身がどうやって生き延びるかを考えていた……。
			

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