どうやら勇者は(真祖)になった様です。
第零章 魔王を倒すまで
5.魔王の語り~冒険の終わり
我は、元は名も無き魔物であった。何のチカラも持たない、どこにでも居る、ちっぽけな存在……。
そんな我が、運が良かったのか悪かったのか、人間や他の魔族に殺される事もなく、数百年を生きた。その内に明確な意識を持つようになったのは、果たして偶然か必然か……そんな我は、他の生物を喰らって行った。
……なぜか理解出来たのだ。喰らえば喰らうだけ、我は強くなるのだと。……はたして それは正解で、より強い者を喰らう程皮膚の鎧は堅くなり、爪も鋭くなった。さらには魔力も増え、魔法まで扱える様になった。
強者と戦っては喰らい、喰らっては戦い……強力な竜種や、挙句の果てには神の小指をも我が物とした。
……あの時は凄かった。死ぬか生きるかの瀬戸際、苦し紛れで噛み付き、喰らい千切り、そして飲み込んだ、瞬間。
ボロ雑巾の様に傷ついた躰が、幻覚の如く回復していく。
疲労と倦怠感で鉛の様に重たくなった体中に、元々より力が溢れていく。その溢れ出た力────魔力が我の望む様に変え、もっとも適合した姿となって顕現する。
我は、今まで感じていた己の強さが、とてもちっぽけなモノだったのだと理解した。そして目の前の者の強さを、異常さも理解した。……小指だぞ?たった小指一本で我が力の何倍ものそれを含んでいる……我は逃げ出した。恥を忍んで、獲た力を目一杯使ってその場からな。
……果たしてまぐれか見逃されたのか、我は無事逃げ切る事ができた。
その時がきっかけだ。それまで喰欲の尽き行くままに強者を追い求めていた我の中に、初めて“死”に対する恐怖が浮かんで来たのだ。
それから数日は、“神”が我を殺す為に遣って来るのではないかと、ビクビクしながら過ごしたものだ。
───結局、何日経っても死神が訪れる事はなかった。
そして我は思った。どんなに強者を喰らって力をつけても、必ず自分より強いヤツは居るのだと。
だから我は、不死・再生の可能性を持つと見た“死霊術”を研究し始めた。
およそ300年、我は永遠の命を求め、ひたすらに実験を繰り返した。
……一つ誤算があったのは、そこそこ力を持つ我が研究の為に施設を建て、そこに住み始めたため、それなりの強者共がやって来て、我に勝負を挑んでくる様になった事だ。
まぁ我としては食糧にもなる、実験の材料にも出来るはで、問題は無かったが……。
……そんな日々を送っていれば、魔王と呼ばれるのにも、それほど時間はかからなかった。すぐに『勇者』を名乗る人間が毎日の様に乗り込んで来たが、どれもまた、限り無く弱者ばかりだった。
ことごとく打ちのめして行ったら、ある日を境にパッタリ来なくなった。……まぁ「勇者に、俺はなる!」とか言う人間はたまに来たが……。
そして月日は流れ、我はついに器を奪い取る魔法式を完成させた。早速とばかりにそれを使い、これからの事を思い浮かべていた、その時だ。
……久しぶりに、城(少しずつ設備を整えて行った結果、城と呼べるまでに立派になっていた)の門を叩く者が現れたのだ。
迎えてみれば、何十年ぶりかの勇者だった。
しかも不思議な事に、何百人かの軍隊でも、自分の力を過信して1人で来た者でもない、5人だったのだ。
その中の1人が言った。俺は勇者タケシ。お前の企みは、この俺が止めてみせる! と。
……はっきり言って企んでいる事など何も無かったが、正直…当面の目標もなく退屈だったのも、また事実。我はそれらしい台詞セリフを吐きながら勇者を迎え撃った。……そして驚いた。
それまで闘ってきた勇者は多少の差はあるものの、人間の範疇にあった。しかしこの勇者タケシは、まるで人外。
正しく人外である我と対等以上に戦うのだ。もはや100%人外であろう。……しばらくして、我はふと気になった。
それは、我が今まで殺りあった勇者、人間の中に、完璧な黒髪黒眼を持つ者は1人も居なかった事を。
……こう見えて学者肌でな、細かい事が気になって仕方無くなってしまうのだ。
あまりにも人間離れした勇者、ソレと他の人間との分かり易い違い、それが眼と髪の色だったのだよ。
我は刃を交えながら勇者に問いた。貴様と他の者と随分異なる様だが、貴様は一体何者で、どこからやって来た? と。
すると、何と異世界からだと答えた。……なるほどなと、我は思った。
死霊術を修めるに当たって、他の魔法についても学ばなくてはならず、それなりに魔道書や研究書を読み漁ってきたが、その中に世界の理ことわりの壁を越える魔法が存在すると書いてあるのを読んだ記憶があってな。なるほど、それならば話は早い。
……勇者を喰らって、我が糧とするまで!
そうして戦いは続き、互いに傷を負いながら相手のスキを狙っていた。
しかしここで、1つ勘違いを侵していた。確かに我は強い。強い上に場数も多い。実によく場馴れしている。
そんな我でも……いやそんな我だからこそ戦略、戦いにおける知識・工夫を学んだ事がなかった。
力でねじ伏せる。それだけで全ての闘いに勝利して来た。(いや、神とのソレは除くが)
そうして我は、ついに勇者のスキを見つけたのだ。それは、勇者が先程から何度も繰り返し使っている 魔法剣『ray flare』なる、それなりの大技。
それを使った後の3秒間、勇者は動きを止める。さらに、暴風により舞い上がった砂埃で、かなり視界が悪くなるのだ。───これしかない。そう思い、待つ。待つ、待つ…………来た!
我がワザと隙を見せたことにも気付かず、勇者は何度目かになる『ray flare』を放つ。それが我に当たる直前に魔力で障壁を張り、力の奔流を一瞬防ぐ。
その威力に耐え切れず、花の様に散りゆく障壁。その中、我は全身の魔力を押さえ込み、気配を押し殺しながら行動へと移る。
……辺りを埋め尽くす煙と勇者の魔力、それが我が存在を一層隠してくれるのだ。
その中をそっと進み、勇者の背後へと接近し、一気に襲いかかる。
(貰ったっ! ……っ!?)
目が合った。そこには、つい先さっきまで我もしていたであろう、勝利を確信した者の目だった。
そう、ワザと隙を与えられたのは勇者ではなく、我自身だったのだ…………。
結果から言うと、勝負の行方は相打ちだった。先に倒れたのが何方どっちだったのかすら分からない。
ボロボロになりながら、互いの攻撃が同時に互いの核しんぞうを貫く。……果たして本当に引き分けと言って良いのか、勇者は息絶え、我は新たなる肉体を手にし、しばらくの眠りについたのだった……。
それから数十年後、目を醒ました我は己の姿を見て驚いた。なぜならそれは、凌ぎを削り合った勇者タケシのモノだったからだ。
我はその後、すぐ隣で朽ち果てていた元自分の肉体を喰らい、力を付け、また新しい“異世界の勇者”に備え、再び世界を巡り、強者を我が糧とする旅に出たのだ。
死を畏れながら、な……。
…………画して、魔王の一人語りは幕を閉じた。
もうその肌色は土のソレと化し、眼の光もほぼ消え失せて来ている。
勇者カツヒトは理解した。なぜ魔王がこんな話をしたのか。
……魔王はこれまで、ずっと孤独だったのだ。たった1人、力を付ける為に何百年という時を生きて来た。それがどんなに寂しく、辛い事なのか……たった十数年を常に誰かと関わり合いながら過ごして来た勝人には、本当の意味で理解する事は無いだろう。
しかしそうして、魔王は誰かに憶えておいて欲しかったのだろう。魔王というレッテルだけしか知られていなままではなく、自分の過去を、生きた証を、そうして遺しておきたい。
それは、この世に生を受け、意志を持ち、行動を起こした者ならば、皆当たり前に持つ感情だ。
『ニンゲン……キサマ、ニ、ワレノシガイ、カラ……ブグを作ル事を…………許そうでは、ないか…………』
「魔王…………」
『魔王、デハナイ…………我ニも、名はあル』
「名前……教えてくれるのか?」
『コウエイにオモエ、ニン間。………ワが、我が名は、全てを喰らう者、魔王グラトニウス、だ…………』
その名を口にすると直ぐに、急速に力を失って行く体。
「グラトニウス、か……すんごい強そうな名前だなぁ」
『ソウデ、ア、ロ───』
「安心してくよ。帰ったらあんたの事、本にでもしてやるからよ……」
『────ァ』
「だからさ、安心して、眠ってくれよ……」
『─────』
魔王は、応えない。そこには勇者だった、魔王だった土の塊と、魔力が凝縮されて出来た魔晶石──それも、今まで見た事も無いような、深く、紅く、輝く石が、遺されていた。
きっと魔王の中で、少しずつ形成されて来たのだろう。
その石を握り締めれば、まるで魔王の存在が凝縮されているかの様に鼓動している。
たぶん、この世界中の人々の、魔王への共通認識は、深い怨みや怒りによる絶対悪。
勇者として彼の行為を黙認する事は出来ないが、1人の意志を持つ人間として、せめても弔い位はしてやりたい。
魔王城は元は魔術の研究所で、きっと多くの国がこぞって廃れた技術を求め、戦争を始めるだろう。すぐにとは言わないが、きっと起きる。
共通の敵が居なくなった今、己の国を発展させる為に事を起こすのは、目に見えているし……たぶん俺もその道具にされるのではないだろうか……。
少しでもそれまでの期間を延ばすため、また魔王の努力の結晶を下らない理由で踏みにじられない様に、魔王城は、俺が責任を持って焼く。
地下室が隠されている可能性もあるので、念入りにしらべる。
そこそこの大きさがあり、なかなか手が掛かったが、2時間もかからず灰と化した。
きっと暫くすれば、風によって跡形もなく消え去るだろう。
雪が降った様にシンとした静けさの中、勝人は無言のまま帰路に付いた。
そして、勝人の旅は終わった。
~・~
「…………よくやった、勇者カツヒトよ。国の者、いやこの世界の人々を代表して、例を言うぞ」
それから数日後、魔力を回復させたカツヒトは転移魔法を使い、聖都へと帰った。
そこはまるで、お通夜の様な空気で、驚く事にプライドの高いサラが涙を流し……どころか、大号泣していた。
訳を尋ねると──。
「カヅヒドが、カヅヒドがぁ、わだじだちを逃がじて、1人でばおうに゛――へ?」
(ばおうって何だ、ばおうって……馬王?)
大号泣エルフ サラは、まるで幽霊でも見た様な顔で勝人をマジマジと見詰めた。
数秒間空気が固まり、最初に復活したのは聖女ミランナ。そんな彼女は無言でスタスタと近付き、
──パチンッ
いくら気が緩んでたとは言え、勇者である勝人が反応出来ない程の速さでビンタをぶちかました。
しかし……。
「あまり……心配をかけないで、下さい……」
俯き、プルプルと震える姿を見せられては、ごめん……と謝る事しか出来なかった。
その日は、疲れているだろうと客室をあてがわれ、まる1日惰眠を貪った。
次の日、王(正しくは聖王と言うらしい)の前に跪ひざまづく勝人に、冒頭の言葉が投げかけられた。
褒美は何が良いかと問われ、それぞれ答えていく勇者パーティ。
そして最後、勝人はこう答えた。
「俺は……2つ、欲しいモノがあります」
しかし、特に驚く様子のない聖王。例えば「元の世界に帰してほしい」と「金銀財宝がほしい」だったり、元の世界に帰ろうにも、召喚されて随分時間も経った。「今さら帰れないから、より褒美がほしい」と言う事もありえるし、「ミランナと結婚したい」や、「国を持ちたい」と言った願いまで想定し、事前に色々と準備もしてあった。だからこそ、この後の勇者の台詞に、正直耳を疑った。
「この国に学校を創らせてほしい」
「学校、とな……」
「大金を取ってエリート教育をする貴族の学園でも、教会で開かれる様なヤツでもなくて、他の国にも解放した、全ての人を受け入れる様な学校だ」
より戦争の無い、平和な世界を創るには、次世代の担い手である子供達への教育が欠かせないからだ。
それに、他国の生徒も受け入れる事が、きっと戦争抑制に繋がる筈だ。
「う、うむ……勇者殿がそう言うのなら…………して、もう1つは?」
「そうだな、この世界で人間同士の争いが起こらない様、出来るだけ手を尽くしてほしい。間違ってもコチラから宣戦する事の無いように……」
「わかった、約束しよう。だが……折角の褒美、それだけで良いのか?」
そこまで大きな学校の建設となるとそれなりに大変ではあるが、それでも、想定していたのよりも大分軽い内容に、拍子抜けしてしまった感は、否めない。
しかしカツヒトは、明るく笑ってこう言った。
「そうだな、流石に衣食住位は保証して欲しいかな?」
聖王は感服した様に目を見張り、何度も頷いた。
「そうか、そうか、それならばしっかり保証させて貰おう。では――」
聖王はカツヒト達を見渡し、口調を改め言った。
「改めて礼を言わせてもらおう。其方そなたらのおかげで、世界は救われ、人々には幸福が訪れた。これから何か困った事があれば、遠慮なく言って欲しい。できる限り叶えよう。
…………3日後にパレードを行うので、準備しておく様に。では、解散!」
「え゛?」
最後の最後、数時間ずっと手を振り続けた苦行を思い出し、思わず顔を引き釣らせる勇者カツヒト。
何とも締まらない終わりであった……。