どうやら勇者は(真祖)になった様です。

第零章 魔王を倒すまで

4.VS魔王

『ふん、煩わしい羽虫かと思えば、あの貧弱なニンゲンではないか』

 何言ってんだコイツ、厨二病か? ──これが現代日本の路上で、白昼堂々と言われたセリフなら、大半の人はそう思うだろう。
 が、それがもし巨大な西洋風の城の玉座で、そこに立つ全長5メールもありそうな、禍々しいオーラを放つ“魔王”が言ったセリフなら、人々は何を思うか。

 ──恐怖。

 簡単に言えば、それだけだ。人間の──いや、それに限らず全ての生物に共通する本能。数ある中で今この瞬間に当てはまる感情、それが恐怖だ。
 たとえそれが、異世界からの来訪者、数々の魔物を打ち倒し、人類最強の称号を手に入れた勇者カツヒトであっても、例外では無い。
 カクカクと笑う膝を押さえ付け、剣を握り、後ろで同じく武器を構える仲間達と頷き合う。

「──最後の戦いだ。みんな、魔王アイツを倒すその時まで、俺に力を貸してくれ!」
「おう! さっさと終わらせて酒飲もうや!」

 巨大な金槌を背負った、ビッグドワーフのグラン・ダルク。
 ボルティック山鉱山都市に住むビッグドワーフの男で、鍛治師としての腕前はピカイチだが、三百年前にオリハルコンで勇者の剣を打った伝説の鍛治師ボルティックを目指している。

「えぇ……同郷の仇はしっかり討たせてもらうわ。」

 大弓を持つ、金髪をポニーテールにした長身のエルフ、サラ・キレイア。
 エルフの里に住むエルフで、三百年前の勇者パーティのメンバーだった、ハイエルフのクレアの娘。
 幼少期から勇者の伝説を聞かされて育ち、勇者と共に冒険するのが夢であったという。

「ああ、問題ない。ワタシは強いからな」

 翼ツバサ、爪ツメ、角ツノ、鱗ウロコを宿やどし、纏まとわせた女、竜人族のドラグリア。
 年齢は人間でいう二十三歳程度。普段は人化の術で、褐色の肌に豊満な肉体、所々に鱗がある姿になっている。
 若いながら、一族の中でも強く、力の象徴である角ツノが大きく、硬く成長している。
 自分より強い勝人の子供を産むため、着いてきたのである。

「はい。魔王を倒して世界を救いましょう!」

 鈍器にも使えそうな程重厚感のある聖書を、軽々と持つ聖女ミランナ・アテス。
 聖都の、魔王討伐のために勇者を召喚し、旅のサポートをする聖女。実年齢より高く見られるのが最近のお悩み。
 影では腹黒聖女と呼ばれている。

「ああ……別にアレだぞ? 俺が仕えるミランナ様が貴様に着いて行くとおっしゃったから、俺も闘うだけだからな?」

 ランスと盾を構え、眼鏡を光らせる聖騎士団団長及び一番隊隊長ギリアヌス・オルドマテラ。
 酔狂なミランナ信者である。
 元はスラム出身で、パンを分け与えてくれたミランナを守り、より近くに居るために努力に努力を重ねて、なんと二十二歳で団長まで登りつめるという伝説を持つ。

 この5人が、長く辛い旅を一緒に乗り越えて来た仲間達。闘う理由はそれぞれ違えども、その絆と信頼は、今では確かなものとなっている。

 勝人はまっすぐに魔王を睨み、──はあああっ! と、掛け声と共に走り出す。様々な思いが巡る中、懼れも、憤りも、哀しみも…………全部纏めて切り裂くが如く、その剣を振り下ろした。





 キ────ン

 それは、なんの音だっただろうか……
 かれこれ数時間、互いに決定打が入る事もなく持久戦になり、お約束の第二形態になり、強くなって行く魔王とギリギリの戦いを繰り広げ続け、しばらくして……。

 勝人の魔法剣が魔王の額に直撃し、その音は鳴り響いた。
 凄まじい光が、辺りを埋め尽くす──。

 ──徐々に弱くなって行く光、その光が完全に消え去った時、勝人の目の前に居たのは…………。

「……人間っ!?」

 先程までの巨体や迫力が虚うその様に、ただの人間────いや。

「お前、まさか日本人か?!」

 そう、魔王から出て来た人間は、この世界に2人と居るはずのない黒髪黒眼の男────つまり、日本人。
 しかしよく見れば、その顔の色は土色と死人の青白さを混ぜ合わせた様な、不思議な色合いをしている。さらには、まるで乾いた泥人形のごとく無数のヒビが入っていた。

「…………っ、まさか!」

 そこでミランナの脳裏に浮かんだのは、死者の肉体と魂を操る禁断の魔法『死霊術ネクロマンシー』。今でこそ使える者は1人も居ないであろうその魔法は、300年前まではただ1人、たった1人だけ使える魔術師がいた。
 しかしその者は勇者と闘い、傷付き、挙句の果てに 勇者を道連れに死んだという。
 ────もう分かるだろう。地上最後の“死霊術師ネクロマンサー”、それは…………。

「まさか魔王……貴方は、先代勇者タケシの体を乗っ取って、そして復活したという事ですかっ!?」

 …………まさか、そんなっと、呆然と呟くミランナ。

『ククク……その通り。流石は聖都一の魔法の使い手、聖女と言った所か。確か300年前の戦いでも聖女の魔法に悪戦苦闘した覚えがあるな』

(変身も解け、死霊術も碌ろくに使う事も出来ない、そして追い詰められているこの状況で、どうしてここまで余裕があるんだっ?!)

 ヒビの入った躰のあちこちから黒い靄もやが漏れている前勇者の姿の魔王。どこからどう見ても息絶えだえなのにも拘わらず、どこか余裕のあるある態度────。

(何か企んで…………あっ!)

 そこまで思慮を巡らせた時、勝人はふと上を見上げた。
 何かを考える時に上を見る。それは空などを見て、視覚から入る情報を少なくし、思考に集中しやすくするという、何の変哲もない本能的な行動だ。
 戦闘中に余所見よそみするのは褒められた行為ではないが、今回ばかりはそれが幸をなした。

「……っ、みんな、上だ!」

 何メートルもある高い天井、そこで漂う黒い靄モヤ──つまりは、魔王の死霊術に使われていた魔力である。
 戦闘のダメージで魔法が解けかけ、漏れ出した魔力。それは本来なら還元され、ただの魔素に戻ってしまう。が、例えば魔素その物や、空気中の魔力を操る能力チカラを持つ者。また、現魔王がまだ死霊術を使えるならば、その黒いモヤはまだまだ魔王の手足となって牙を向く────。

 しかし、ありえない。そう思った。
 魔法とは、身体の才能+魂の才能+経験(修行)によって成り立っている。つまり、高度な魔法ほど成立し難くなるのだ。勇者の体に自らの魂を定着させてしまったが為に、もう死霊術は使えない筈だし、魔素その物を操る術すべを持つのは“仙人”や“精霊”だけで、魔王が使える訳がないのだ。

(────なのに、一体何なんだ、この嫌な予感はっ!?)

 そんな悪寒を肯定するかの様に、黒いモヤを吸い込み徐々に輝き出す天井……に彫り込まれた直径十mもある巨大な魔法陣。

「ミランナ、結界魔法をっ────」

 しかし、既に遅く……言い終わる間もなく真っ白染まってゆく視界。
 一瞬音消え失せ──大地を引き裂かんとばかりの轟音が辺りに響き渡った。

『ククク……確かに我は、この器で死霊術を新たに発動する事は出来ない。だが事前に2つ策を仕込んで置いたのだよ』

『1つは上の魔法陣に、特定の魔力を吸収し、自動で魔法を発生させる術式を書いておいた。これで確実に貴様等を始末出来る』

『2つ目に、この体は飽くまでも人間のモノ。何時までも壊れない事はない。……だから、我は死体に死霊術を掛けたのではない。我が魂に掛けたのだよ』

『通常ならば、死体を、我が魂に合うように改変する、そこまでだ。しかしそれでは、この脆い肉体が崩れれば、それで終わってしまう』

『だが、我が魂に掛けた魔法は、その宿っている肉体が朽ちたその時、最も我が魂と相性が良く、近くにある死体を乗っ取れるというもの…………』

『我はこうして永遠の命を手に入れたのだよ、人間』



 その視線の先には、最早 起き上がる事も出来ないまでにダメージを負った、勇者カツヒト。



『フン、他のヤツ等は転移魔法で逃がしたか。……まあ良い。貴様を殺して、我も死ぬとするか』

 そう言って、ゆっくり歩み寄る魔王。
 それをボンヤリとした瞳で見る勝人。
 魔王は、内心ほくそ笑む。

 …………しかし、魔王は気付かない。勝人の虚ろな瞳の奥底で、熱く燃え滾る炎を。

 魔王を気付かない。その距離、およそ5歩分。

 四歩、まだ気付かない。

 三歩、まだ気付かない。

 二歩、まだ気付かない。右手に魔力を込め、頭上へ持ち上げる。

 一歩、まだ気付かない。その手を勝人の心臓目掛けて振り下ろす。

 零歩、まだ、気付かない。

 その手が鎧を貫き、魔力波がシャツを破く。

 そうして気付く。が、遅過ぎた。



 ピタリと止まった体は、もうピクリとも動かない。また、右手に宿っていた魔力は完全に霧散していた。



『キ、サマ……ナニを、しタ…………!?』

 掠れかすれに紡がれる魔王の声。

「……俺さ、純粋な属性魔法が使えないんだ」

 ────死霊術は、火・水・風・土・無・光・闇とある中の、闇の最上位古代魔法にあたる。しかし、それ故にどんなに才能があり、修行を積んだとしても、もう誰も使える者の居ない、死霊術。

「そんな俺だけど、回復魔法……光魔法が使えるんだ。しかも――前に光魔法の最上位古代魔法『セレスティアル・リカリバー』を使った事もあった」

 ──そう、勝人は、ミランナでさえ使う事の出来ない究極の魔法を、使った事があるのだ。

「────俺には、属性魔法の恩恵が全く受けられない変わりに、どんな魔法でも使えるんだ」



「例えば、対死霊術魔法なんかも、な……」
『バカナッ、ワレが……ナンびゃクねんもカけて作りダシタ魔法をむコウ化シタとでもイウのカッ?!』
「いや、違う……根本的に間違ってる」
『ナン……ダト?』
「あんたの……この世界の住人が使っているのは魔法じゃない……“魔術”だ。飽くまで式で成り立ってる……だから矛盾する物や、自分の実力以上の物は使えない。
 けど俺は、想像で、無償で魔法が使えてしまう。式が必要無いから、矛盾と言う概念すら存在しない。それこそ想像力さへあれば、最上位古代魔法も使える……」
『コノ、バケモノ、ガ…………』

 どこか吹っ切れた様子で呟く魔王。
 ──まさか、魔王にバケモノ呼ばわりされるとはなぁ…と、勝人もふっと笑みをこぼす。

『…………サイゴ、ニ、ワレを、ワレトイウ存在ヲ知っておいテくれないか……?』

 物の怪が落ちた様に口を開く魔王。つい先程まであった巨大な存在感も、いつの間にか酷く希薄になっている。
 きっと、これが最期の姿なのだろう

 勝人は、無言のまま、それを聴いた────。
			

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