どうやら勇者は(真祖)になった様です。
第二章 学園編
3.入寮
太陽の光が柔らかく降り注ぐ、正午前。 地上四階建ての木造の建物がそびえ立っていた。 長方形の窓が規則正しく壁面に並び、要所要所にはデザインとして、明るい色のレンガが使われている。 建物全体の大きさは、一軒家を2、3軒繋げた程で、小さなマンションの様である。 そう、この建物は、これからロザリーが暮らす学生寮である。 聖教会立全世界開放学園の学生寮は、全部で6棟ある。 男子寮、女子寮共に3棟ずつあり、男子寮は剣の寮、槌の寮、槍の寮。女子寮は本の寮、弓の寮、爪の寮となっている。 そして今ロザリーがいるのは、本の寮である。 寮の見た目に大きな差はなく、男子寮とくらべ、女子寮では窓から鉢が吊してあったりする程度だ。 ロザリーとディアがそんな寮を見上げていると、入り口から歳をとった女性が出てきた。 身長はそこまで高くはないが、見た目の年齢の割に背筋が伸び、若々しく見える。 女性は、白い髪を首元でまとめ、シワだらけの顔に優しげな笑みを浮かべていた。 「あらあら、貴女は新入生の子?」 予想に違わず、おっとりとした喋り方で、慈愛の色が濃く滲み出ている。 「ん……」 「そうなの、そうなの……私はこの本の寮の寮長をしています。ミヤネです。貴女のお名前は?」 「ろざーりあ・れいぜん」 「あ、私は従者をしています。ディア・マーティです!」 「ロザーリアちゃんに、ディアちゃんねぇ。これから、よろしくお願いします」 「よろしく、ます……」 「よろしくお願いします! ミヤネさん!」 私はこれから用事があるから、寮に入って、201号室のサブレさんから説明を受けてね。ミヤネはそう言い残し、校舎の方へ歩いていった。 扉を開けて入ると、目の前には長い廊下が続いていた。 床は木張りで、壁の下三割程は、木が貼ってあり、そこから上と天井はクリーム色の壁紙が貼られている。 右手には窓口があり、隣の扉には寮長室というプレートが留められていた。 少し進むと、左手に扉のない部屋があった。 そこは人が20人ほどはくつろげそうなホールで、ソファやテーブル、観葉植物が置いてある。 天井からはそこそこ豪華なシャンデリアがぶら下げられていた。 おそらく、交流スペースであろうその部屋には、数人の女学生が談話していた。 そこを通り過ぎると、右手に階段、奥に部屋が2つほど見えた。 ロザリーとディアはひとまず、階段を上る。 木製の階段は、体重をかけるとギシギシを微かな音を立てるが、しっかりとした作りなのか不安感はない。 踊り場を過ぎ、二階に上がると、そこは寮生の住む部屋が並ぶ、長い廊下があった。 一階と違い、共用のスペースがなく、その分個人の部屋があてがわれていた。 左に曲がり、一番端――寮長室の真上だ――の部屋の前へ行く。プレートには201の文字が。 ディアがノックをすると、中から返事が響いた。 扉が内側から開き、一人の少女が顔を出した。 「あら、見ない子ね。新入生の子?」 「ロザーリア・レイゼン」 「従者のディアです。あの、あなたがサブレさんですか?」 「うん、そうだよ~。ま、とりあえず中へ入りなよ~」 少女は17歳位の人間だった。濃い水色のロングストレートヘアーに、赤い眼鏡を掛けていた。 授業があったのか、これからあるのか、学園の制服の黒いブレザーを着ていた。 室内は八畳間程の広さで、ベッド、クローゼット、机が2つ、左右対称に並べられている。 なお、相部屋であることは事前に知らされていて、ロザリーや貴族などは、従者を一人だけ連れて学生生活を送ることが出来るのである。 寮も、その従者と同じ部屋になることも出来る。 この全世界開放学園はその名の通り、より多くの人、スラムの人や獣人なども通えるようにと、基本的には入学金、授業料、寮における費用なども大変安い。 しかし従者は正式な生徒で無いため、また経費不足を養うため、そういった経費がかなり高く設定されている。 もちろん吸血鬼の神祖であるヴラキアースからすれば些細な金額だが、ディアと共に学園生活を送るには、実はかなりの金がかかっているのである。 さて、サブレに招き入れられたロザリー達だったが、お茶をもらったりお菓子をもらったりばかりで、寮の説明が一向に始まらない。 そのまま10分、20分と過ぎていき、いい加減ロザリーが船をこき始めた頃になって、突然部屋のドアが開かれた。 「あら、お客さん? 失礼したわね」 「あ、おじゃましています……!」 意識が飛びかかっているロザリーの代わりに、ディアが挨拶をする。と、それまで景気良く話していたサブレが突然慌て始めた。 「あ、あら、随分と早かったのね! 魔法薬学の授業はどうしたのっ?」 「それなら今週は休講だったけど……怪しいわね、また何かしでかしたんじゃないでしょうね?」 「また……?」 ディアが不審そうに首を傾げると、慌ててごまかすサブレ。 「なんでもないのよ! ほんと、気にしないで!」 「その反応、やっぱり何か隠しているでしょう、フレア!」 「あっ」 「えっ?」 「んっ?」 上から順に、サブレ、ディア、入ってきた少女である。 「あの、この方って、サブレさんで良いんですよね……?」 「良くないわ……サブレは私。これはフレア」 「と、言うことは……」 ディアが、サブレ(フレア)がいた方に首を向けると、そこにはそろりそろりと部屋を抜け出そうとする彼女の姿が。 「さてフレア、どこに行くのかな~?」 恐ろしい笑顔で、サブレ(本物)がフレアの襟を掴んだ。 「ごめんなさいごめんなさいっ! ちょっと新入生とお話してみたくて……!」 「へぇ、貴女にとってお話って、名前を偽って下級生をおもちゃにすることなのね……?」 「ひぃっ!?」 ロザリー達からは見えないが、サブレの恐ろしい様相は、フレアの表情から察することができたのである。 「さて、ごめんなさいね、うちのフレアが……。悪い子じゃないんだけど、ちょっといたずら好きなのよ……」 「あはは……だ、大丈夫です。気にしてませんから……」 死骸となったフレアを部屋に遺し、ロザリーとディアはサブレに寮を案内されていた。 「1階は寮長室、談話室、食堂、共用浴場があるわ。食堂は朝は6時から8時、昼は11時から2時、夜は5時から8時まで開いているわ。 調理や片付けの邪魔にならなければ、自分で食材を用意して、調理して食べるのは構わないわ。夜食を作ってる人が割りといるしね。 あと共用浴場は、シャワーだけなら24時間入れるけど、湯船に浸かりたいなら夜7じから10時までしかお湯を張ってないから、気をつけてね。 それから、門限は夜8時まで。朝は4時から出られるわ。 門限を遅れるにしても、ちゃんと簡単な書類を出しておけば問題ないから、誤魔化さないでね」 1階にある部屋などを一通り見て回り、一行は2階へ。 「2階から上階は全部個人の部屋よ。構造はみんな一緒で、ベッド、机、クローゼットは備え付け。自分の家から持ってきたもっと良い物を使いたいなら、各自1階の倉庫に元のを運んでね。 それで、端の部屋が私とフレアの部屋。私は一応責任者でね、寮長の補佐みたいなものよ」 そしてロザリー達は、3階へとやって来た。 「さて、貴女達2人の部屋はここよ。312号室。必要なものは自分で調達してちょうだい。あと、自分の部屋は自分で綺麗にしておくこと。 学園生である自覚を持った生活を心がけるように――っていうのは決まり文句なんだけど、あまり羽目を外しすぎて問題を起こさないようにね」 「ん、わかった……」 「はい、心得ました!」 「じゃあ、私は戻るけど、困ったこととかあったら遠慮なく201号室にきてね」 「はい! これから、よろしくお願いしますね!」 「ます…… 「えぇ」 そうしてサブレは、にっこりと優しい笑みを浮かべて階段を降りていった。 それを見送り、部屋に入る2人。 「……いい人そうでしたね」 「ん……」 「新しい生活が始まりますね……」 「ん……」 「楽しみ、ですよね……」 「ん……でぃあ?」 言いながら、段々と声色が沈んでいくディアを不思議に思ったのか、ロザリーがディアの顔を覗き込もうとする。 すると、ディアは辛そうな、何かを悔やんだような表情を浮かべていた。 「姫様……私、不安になっているんです。新しい環境で、新しい人達に囲まれて、お友達を作って、姫様のためになる……そう思って、学園への入学を勧めたんです。 ですけど……」 ロザリーは父であるヴラキアースが大好きだった。あの城で、十分幸せに暮らしていた。 もし自分の、この勝手な幸せの押しつけが、主人を不幸にしてしまったら。もし、辛い思いをさせてしまっていたら……。 ディアは沈痛な面持ちで、そう胸の内を明かした。 痛いほどの夕焼けが、窓から差し込む。 「……ディア」 「姫様……?」 自分よりも背の低い、ロザリーの顔すら見えない程に俯いたディアは、そっと自分を包み込む柔らかな温もりに顔を上げた。 ぱっちりと開かれた目に、ハキハキとした声。 夕方になり、目が覚めてきたロザリーは、ディアに微笑みかける。 「だいじょうぶ。……わたしは、しあわせだよ」 吸血鬼の冷たい身体。しかしそこからは、とても暖かい気持ちが、肌と肌を通じてディアへと伝わっていた。 それ以上、なんと言っていいのか分からなかったのか、ロザリーは口を閉ざした。 しかし、ディアにはそれで十分だったようだ。 2人はそのまま、夕食の鐘が鳴るまでそうしていたのであった。