どうやら勇者は(真祖)になった様です。
第二章 学園編
2.能力検査
「──エントリー番号63、ツェリーナ!」
「よーし、頑張れ!」
薄紫色の髪をピンで留めた、14,5歳の少女が鉄剣を構え、丸太に被せられた鉄鎧に向かった。剣の先は弱った羽虫の様な軌道をしている。
それを、フレドリックと名乗った20代前半と思われるがたいのいい男性教師が応援する。
「んっ……えい!」
ゴン──
定まらない軌道、甘い踏み込み、どれをとっても剣に慣れた様子がなく、予想通りに響く音は鈍い。
それを何度か繰り返し、少女は意気消沈した様子でその場を後にした。
「ふむ、おそらく初めて剣を握ったのだろう。逆に言えば独学の子と違い、変な癖がないからな、きっと楽に上手くなれるだろう。……では次!」
続いて前に出たのは、相変わらず目立っている貴族の娘、エリザベートだ。
「エントリー番号64番、エリザベート・レヴィア。参ります」
そう声高らかに名乗ると、青く、水を基調とした装飾が施された鞘に収められた細剣を持った。
白をベースに水色のフリルと、パニエで膨らんだスカートを揺らし、肘の上まであるレースで飾られた白い手袋をはいている。
シェイン──
流線の装飾が過度な鞘から引き出されたのは、日の光を受けて眩しく輝くレイピアだ。
「──っし!」
鋭い踏み込み、滑る様に繰り出される刺突は首元や肩口など、鎧で守られていない部分を正確に貫いた。
周囲がどよめく。親、家に頼りっきりで、実力は疑わしい……そんな偏見とも呼べる色眼鏡で見る人々を魅せたのである。
あきらかに鍛錬が積まれた動きに、待機室での騒動を見ていた人達は、エリザベートの評価を改めるのであった。
プライドは高いが、まだまだ幼い少女。やりましたわ……と呟かれた小さな声は、吸血鬼の敏感な耳にはしっかりと届いたのである。
そして列に戻って行ったエリザベートの次に出てきたのは、ウィリアムだ
「エントリー番号65、ウィリアム・クレイ」
茶髪の少年はそう名乗り、素早く──しかし優雅に片手剣を引き抜いた。
そしてその動作がひと段落つく間もなく、痛烈な怒涛の乱撃を加える。
一撃目は鎧の首元左側に当たり、次に腹部を薙ぐ様に、水平に斬り払う。
その後も無駄な動きがなく、しかし美しい剣舞を終えると、彼は一礼して列に戻って行った。
順番は進み、今度はアリサの番になった。
なお、使う武器は自前の物でも、学園から貸し出された物でも良い。
エリザベートとウィリアムは自分のを、アリサは貸出品を使う様である。
アリサは槍を構えると、クルクルと回し始めた。
「なんだなんだ? 棒術でもあるまいし、槍をそんなに回してもーー」
見物していた男がそう呟く――が、次の瞬間。
「――ふっ」
立て続けに金属音が3回鳴り響いた。
「せいやぁっ!」
肩口を強力に突くアリサの姿に、言葉を失った。
何と最後の一撃で、縄で固定されていた物が千切れ、鎧が丸太を軸に回転した。
「おお! もしか君は"転槍"の娘か!」
「なに、オヤジのこと知ってんの?」
突然試験監督の男がアリサに尋ね、アリサもそれに応える。
「あぁ、現役だった頃に助けられた事があってな……そうかい、どこで何をしてるのかと思えば、この国にいたとは……」
「フレドリックさん、早く進めてきださい!」
「おぉ、すまんすまん」
試験官の男──フレドリックというらしい──に、学園の職員が注意する。
といっても、それは怒りや憎しみが籠っている様子はなく、苦笑を漏らしながらそう言うのである。
それはともかく、フレドリックとアリサの父は、昔冒険者だったようで、その子供のアリサも確かな腕前を持っていた。
アリサは一礼すると、列の方へ戻りながら、ロザリーに眩しい笑顔を向けるのであった。
順は進み、とうとうロザリーの出番がやってきた。
前の人が肩を落とし、隣に戻ってきたタイミングで、ロザリーは1歩前に出る。
「…………83ばん、ろざーりあ・れいぜん」
「うむ。無理せず頑張れ!」
きれば、いい──寝ぼけたまま上手く働かない頭で、ロザリーはそう結論付ける。
ロザリーは、以前にも使った黒い剣を鞘から引き抜く。
黒曜石にも似た、刃先が少し透き通った波紋の広がる剣。その色は、黒と表現するには少し複雑すぎる色合いであった。
とんでもない業物なのは分かる。しかし、いったい素材はなんだ?
フレドリックは一瞬考え込むが、すぐさま自分の役割を思い出し、少女を注視する。
ロザリーは1歩、2歩と……剣を構えるでもなく歩いて行き、その剣を伸ばして、ギリギリ当たらない位置まで来ると、残像を残して1歩踏み込んだ。
剣は薄く、鎧に当たった瞬間にその動きを留めた。
ロザリーが肘や腰、膝をクッションにして、剣にかかる力を限りなく0にしたのである。
そうして今度は、踏み込みながら身体を捻っていき、剣を滑らせるように横に抜けていく。
その動きは、ロザリーが勇者カツヒトであった頃に完成させた、大和流円流柔剣術という似非剣術であった。
全ての動きに丸みを与え、剣の切れ味を最大限に引き出すこの剣術は、ガラスの様に薄く脆い黒剣と相性が良い。
なんと鎧を貫通し、支柱である丸太を中程まで切り裂いてしまったのである。
「……っ!」
フレドリック含め、小さくほっそりとしたロザリーを見物していた者達は、洩れなく息を飲んだのであった。
しかし、その美しくも奇怪な動きと、現実離れした結果に、疑いの声を上げる者もいた。
「──い、インチキですわ!」
剣を納め、列に戻ろうとしていたロザリーは、こてんと首を傾げた。
その声は、問題を起こして注目を集めていたエリザベートのものであるが、思わずそれに同調してしまう者もちらほらと出てきたのである。
それ程までに信じ難い光景だったのだろう。
そのざわめきに対し、フレドリックは冷や汗をかいていた。
一冒険者として、ロザリーの剣技が尋常でない域に達していることは確信していたが、それと同時にその手に握られた剣もまた、通常のものとは一線を画す業物であることも見抜いていたのである。
「──すまないが、学園の剣でもう1度やってみてくれないか?」
そこで、騒ぎが大きくなる前に、フレドリックはそう提案した。
「……?」
「……あぁ、すまない。剣の質が良すぎて、上手く実力が測れないんだ。すまないが、頼めるか?」
フレドリックが申し訳なさげに言うと、ロザリーはこくりと頷き、フレドリックから剣を受け取る。
そして先ほど斬った鎧の、隣にある鎧の前に立った。
今度こそは不正を暴かんとばかりの眼差しが集まり、空気が痛いほど張り詰める中、ロザリーはそっと構える。
――数秒の間、誰かが瞬きをした瞬間、ロザリーは一歩踏み込んでいた。
水平に薙がれた剣は鎧に当たると同時に、弧を描く様に滑った。
ギギギギギッ──!
金属同士が擦れ合う、鼓膜を突く音が響き、火花が散る。
そして今度も鎧の内側まで刃が達した。
(ふむ、技は素晴らしい。見たことはないが、おおよそ理想的な動きだ。それに見た目に反して身体能力が高い)
フレドリックはエントリーシートに書かれた「種族不明」の文字を見返し、剛力な種族の血が流れているのかもしれないと納得した。
「よし、戻っていいぞ。剣の腕前は大変素晴らしい。これからも技を研いてくれ。──では次!」
ロザリーが列に戻ると、周囲がざわめいていた。
人間離れした美貌に、物を持ったことがあるのかすら疑わしい程ほっそりとした体付き。そんな少女が鎧を斬ったのだ。
好奇の目が集まるのも無理はない。
しかしそんなことを気にした様子もないロザリーに、ディアは苦笑をもらした。
「──姫様、お疲れ様でした」
「……んん、つかれてない、よ」
ディアは仕えている少女の服をほろい、労いの言葉をかけるのであった。
その後は特に問題も起きず、人数も少なかったため、数十分で肉体検査は終了した。
次は魔法検査となったのだが、ここでロザリーは頭を悩ませることとなった。
(魔法、使える……?)
元より魔術が使えず、またロザリーになってからも魔法も魔術使ったことがないのだ。
果たして使うことが出来るのか……。
魔法には属性があり、火・水・風・土・無・光・闇の7属性がある。
光属性は、回復魔法や能力上昇。
闇魔法は、破壊魔法や能力低下。
また珍しい物で呪術や死霊術。
無属性はその他の属性に当てはまらない──例えば召喚魔法や浮遊魔法がこれにあたる。
また雷魔法は本来存在せず、形式的に無属性に分類される。
他には精霊魔法というものもあって、目には見えない精霊の力を使う術もある。
エルフなら風や水の精霊と。ビッグドワーフなら火と土の精霊と相性が良いと言われる。
さて、以前は想像と魔力で、どんな属性の、どんな魔法でも再現する事ができた勝人だが、識別や異空間収納が使えない所を見るに、「魔法」も使えないのではないか。
ロザリーはそう踏んでいた。
またこの世界で言う魔法(勝人としては魔術)は、魔力を魔法に組み立てるために、正しい詠唱や魔法陣が必要だ。
使い慣れれば詠唱短縮や詠唱破棄も可能だが、その根本には厳粛な──設計図や電子基板の様な、緻密な“式”がある。
その式を学び、使って来なかった勝人、ロザリーに“魔術”が使えるとは、自分自身、到底思えないのだ。
ロザリーが考えに更けている間にも、順は進む。
各々がファイヤーボールや、アクアボールを鎧に当てる中、エリザベートは派手な土魔法(植物魔法)を使ったり、ウィリアムは鋭い風魔法を放った。
一方アリサは魔法の才能がないようで、威勢のいい掛け声虚しく、不発に終わった。
そしてとうとうロザリーが検査を受ける番になった。
「……83ばん、ろざーりあ・れいぜん」
なまじ肉体検査で目立ったばかりに、現在ロザリーにはかなりの注目が集まっていた。
「よし、自分のタイミングで始めて良いぞ!」
大量の視線の中、ロザリーは的に向かってほっそりとした手を伸ばし────。