どうやら勇者は(真祖)になった様です。

第零章 魔王を倒すまで

2.力試し

『クライア・ハルバー 男 42歳
 MP 720/720
 聖騎士団一番隊副隊長。一番隊で唯一の既婚者。
 得意技 槍術、棒術、体術を組合せたオリジナル槍術』

『クライアの槍術
 一撃目は目で追う事も難しい、高速の突きを遠くから放つ。
 二撃目からは、体の回転を使った殴・蹴・突・打の連撃を叩き込む』





「少年……すまなかったな。少々舐めていた様だ。
 だがまぁこの中では一番弱いとは言え、聖騎士団内で本当のエリートのみしか入れない一番隊隊員を、たった一撃で倒すとはなぁ」
 お前団に入らないか? と笑いながら言うクライアを前に、当の勝人はと言うと……。

(やっべぇ、めっちゃチビリそう!)
 ガタガタ震えていた。
 何故に? と、実際にクライアを見た事のない人はそう疑問に思うだろう。
 しかし逆に言えば、1度でも闘うやる気満々な姿を見た者ならば、分かるだろう。
 まるで薄っぺらい、紙の、兎の皮を被った獅子の様な、そんな気配を。

「……じゃあ、始めようぜ。少年」

 勝人にはなぜだか、人の良さそうな顔が、何か血に飢えた獣が獲物を前にした時のソレに見えていた。
 勝人は、どこか泣き出しそうになりながら剣を構えた。

「では……始めっ!」

 聖女の鋭い掛け声と共に、戦いが始まった。





 一気に駆けるクライア。
 左足を軸にして右足で踏み込み、左手を後ろ、右手を精一杯前に突き出す。
 それに伴って、握られた槍もまっすぐまっすぐ……一直線に勝人へと襲いかかる。

 初撃は単純明快。兎に角速さに重みを置いた、最早“技”とは言えない程簡単な技だ。
 しかし、一点集中型だからこそその性能は目を見張る程の物で、いくら勝人がブーストを使っても、完全に見切る事は非常に難しい。

「ぐぅっ!?」

 なんとか身をよじる事で大きなダメージは防いだが、クライアの槍術の本当に恐ろしい所は、ここからだ。

「おいおい、逃げんなよ。せっかく楽しくやってんだ。最後まで付き合ってくれ……よっ!」

 ブゥン────!

 不吉な音をたてて、槍が頭のすぐ隣を通り過ぎる。
 ────ハラリと、数本髪の毛が舞散った。

 (やべえ! し、死ぬううう!)

 と、鋭い蹴りが襲って来た。それを、体を回転させる事でいなす。
 さらに槍の後ろ部分が死角から跳んで来たり、血管が(比喩でなく本当に、音がなる程)ビキビキと浮き上がった右手が、顔に向かって伸ばされるのを何とか躱す。

 ────握り潰される!? と、本気でビビる勝人。

 その後も殴る、叩く、突く、蹴る と忙せわしなく飛んで来る攻撃を躱し続けられ、堪忍袋の緒が若干切れかかったのか、たった一度攻撃が大振りになった。
 勝人はそのタイミングを逃さず、数メートル後退して間合いをとる────次の瞬間、景色がひっくり返る。

「────ッ!?」

 ドスンッ!

 何が起きたか理解出来なかった。
 確かに勝人は脚に重点的にブーストをかけて、何メートルも後ろに跳んで相手の間合いの外まで離れた筈だ。

(なのに──なのに、何でこんな……

 ───何で俺の体は浮いている?

 ───何でこんなに腹が痛い?

 ───何でクライアは目の前にいた?

 ───何でクライアの槍は、既に前に伸びきっている?



 ─────俺と一緒に宙を舞う、この紅い雫は、何だ?)

「……ッ!」

 ──ふと、クライアと目が合う。
 その目には、哀れみと、さげずみの色が浮かんでいて──。

 ……ブチッ。

 勝人の中で、ナニカが切れる音がした。





~・~





(なかなか やるな……)

 クライアは、目の前の少年を見ながら思う。

(こちらとて全力は出していないが……どの攻撃も紙一重で躱す何てな)

 剣を持っている右手に始まり、肩、太腿、足払い……と、連続で攻撃を仕掛けても、最悪掠るだけで決定打とはならない。
 そこでクライアは、期待の意味も込めてフェイントを仕掛ける事にした。
 連撃の最中に、分かり易く踏み込み、これまた分かり易く大振りに槍を薙ぎ払う。

 カツヒトは当然の様にそれを躱し、後ろに跳んだ。

 それを見たクライアは、既に──カツヒトがジャンプをして地に降りる前に駆け出していた。

(──この少年は、いったいどんな反応を見せてくれるのだろうか。

 最初の様に紙一重で避けるか……むしろ初見でなくなった訳だから、簡単に躱すかも知れない。
 それか、こちらの隙を突いて──もしくはこちらの力を利用して、カウンターを叩き込んで来る可能性もあるな。

(さぁ、どうする 少年っ──!)

 ────しかし、そんなクライアの期待は、一瞬後には裏切られた。
 クライアのフェイントは見事にカツヒトの虚を突き、その体を吹き飛ばす……実際には、勝人がほぼ無意識の内に槍に合わせて跳んだ為、傷は浅く、少々過剰な反応になってしまっただけだったのは、勝人もクライアも気付いていなかった。


 この、前勇者と同じ世界から遣って来た少年を、どうやら少々過大評価し過ぎていたらしい。
 最初見た時は、いや………実際 ライオネスを倒すその瞬間までは、
「何だコイツは、見た所体つきも大した事無いし、歩き方から何に至るまで動作が成っていない。本当にコイツが新勇者なのか……?」
 という考えも確かにあった。しかしそれは、実際に闘ってみて大きく覆った。どうも動きが素人臭いが、強い。

 ……もしかしたら と思っていたのだが、最初の見立て通りに大した者ではなかったらしい。
 実際、腹部に出来た小さな穴にのたうち回っている。
 ……クライアの読み通り、実戦経験は無かった様だ。

 死にかけの蟲の様にもがく少年を観るのも飽きたしっと、自らが仕える聖女ミランナ様の方を向き、少年に治療を頼もうと口を開きかけた、その時──。

「────待てよ」

 急激に膨れ上がる魔力と共に、まるで地獄から響くかの様に 低く、静かに呟かれる声。
 そして、恐ろしいまでの殺気。
 慌てて振り返ったクライアの目に映ったのは、幽鬼の如くゆらりと立ち上がる、少年──カツヒトの姿だった。





~・~





 ──イメージしろ、宇宙を、神を、人間の体の神秘を。
 ──イメージしろ、自分の身体中からだじゅうに張り巡らされた感覚神経、それを電流の様に流れる“痛み”の信号を。
 ……それを、消す。 いや、一時的なモノでなく連続的、持続的に──いや、非効率だ。

 ……そうだ、傷を治そう。その方が早い。

 腹を見下ろし、細胞一つ一つに命令を──魔法を下す。
 細胞の中の核の中の染色体の中のDNAデオキシリボ核酸に働き掛け、細胞分裂を促し、繰り返す。
 細胞がミミズの様に蠢き、元来あったカタチに戻ろうとくっついたり離れたり……。
 その際、かなりの痛みが発生するが、一時的に神経をシャットアウトする事で対処する。

 そうして服を捲って確認すれば、殆ど傷は塞がっていた。

 ……さて、こちらをまるで化物を見たかの様にガン見してくるクライアを一瞥し、再度イメージを始める。
 初めての攻撃魔法だ。定番の炎か……それとも厨二よろしく氷、もしくは雷……そうだ、何も自然現象じゃなくて良いんだ。例えばそう──。


「……んなっ!?」

 クライアの顔が、恐怖と驚きに染まる。
 その目に映るのは、剣。
 ……特に魔剣だとか、伝説の剣等では決してない、ただの剣である。
 ……では聖騎士団一番隊副隊長、この国で1位2位を争う槍の使い手が、恐怖で動けなくなる理由とは。

 ──それは、数だ。

 そう、勝人の周りに浮かぶのは 何百──もしかしたら何千にも達するまでの、おびただしい程の数の剣。
 それ等の切っ先は、すべて・・・クライアの方へ向けられていたのだ。

「そ……そんな、これだけの数の武器を召喚? ……いいえ、違う」

 それを見て、ブツブツと呟いていたミランナは、何かに気付いた様にハッと顔を上げた。

「まさか……“創造”したとでもっ!? ありえません!」

 魔法使いの多くは、自然現象────火や水、風等の発現を誘発させ、その方向性を指示し操作する。これが一般的な魔法である。
 しかしそれだけでも大量の魔力を使用するし、狙い通りの現象を起こすのは至難の技だ。だからこそ少しでも魔力の消費を抑え、発動し安くする為に魔法陣や定句詠唱を使う。
 現に、精密かつ自然現象でない“召喚魔法”を使える者は少ない。

 ──しかし、この少年はどうだろう。自然では起こり得ない現象、召喚とは違う、無から有を造り出す。魔法陣や詠唱を使わない。そして、それらを楽々と制御する──どれか1つでも出来る様になれば文句無しの“一流魔法使い”。

 ……では、それらを全て・・・同時に・・・1人・・で行ったこの少年は、いったい──?
 そして、それらが自分を殺す為だけに造られるのを見ていた者──つまりはクライア。
 そのクライアは何を思うか……。

 クライアは、死を覚悟……いや、どちらかと言うと無理矢理に理解させられ、死の刹那、走馬灯さえ視ていたかも知れない。
 ──だからか、自分に掛けられるその声に、クライアはなかなか気付く事ができなかった。

「────おい、聞いてんのかオッサン! もう一回訊くけど、降参する気とか無いのかっ?」

 そしてようやく正気に戻ったのか、慌てて何度も頷くクライアであった。





「腹の傷は大丈夫か?」
「腹? ……あぁ、あれか」

 ──その後、強さを十分証明したと言う事で試合を終え、この城(教会)の客室で休んでいる所にクライアが訪ねて来たのだ。

 勝人自身は、魔法であっさり治してしまったため、忘れていたのである。

「特に何ともない……ってオイコラッ!?」

 平気だと言っているのに、クライアは勝人の服をめくる。

「これは……」
「な、なんだよ……」

 しかしクライアの顔は真剣そのもので、決して腐った趣味では無いらしく、何か理由があるらしい。

「おい少年、お前まさか 治癒魔法……“光魔法”の使い手なのか?」
「光魔法?」

 もしかして魔法って属性あるのか? そう聴くとの、クライアは頷いた。

「火・水・風・土・無・光・闇の7属性あるが……どうやらその様子だと知らないみたいだな」
「あぁ、……そもそも“魔法”自体使ったのも、さっきが初めてだったし」
「はぁっ!? 初めてであんな魔法使ったって言うのか?! 有り得ねぇ!!」

(ありえないって言われてもなぁ……『日記に書いてあった通りやっただけ』なんだけど、魔法については わざわざ翻訳OFFで書かれて、こっちの人達に知られたら駄目そうだったし……)

「オッサン、あれだよ……覚醒って言うの? 眠ってたーとか 封印されてたーって言う力が開放されたって感じ?」
「いや、確かにそう言う事は起こり得るが……けど流石にあの魔法は──」

 クライアの脳裏に浮かぶのは、つい先程 自分を絶望の淵へ追いやった 無数の剣。
 あれを“覚醒”の一言で済ませられる程、魔法は簡単な物では無い。

「……にしても、少年は呑気だなぁ」

 ヘラヘラしている勝人を見て、毒気を抜かれたらしいクライアは、呆れた顔で本題に入った。

「──そうだ、ミランナ様に、こいつを少年に渡せと言われてな」

 と言って 手渡されたのは、勇者の日記。
 それを見て、何故か不安そうな表情をする勝人。
 どうした? とクライア聞けく、勝人はボリボリと頭を掻いて答えた。

「これって、俺が受け取って良い物なのかよ……」

 あぁ……っと、クライアは何かに気付いた様に頷く。

「国宝とまでは言えないが禁書、国王も気軽に読むことが許されない本だ。
 まぁ、最後に勇者が現れたら渡せってあるから遠慮なく持ってけ。……あ、いくら金に困っても、売るとかはなしだぜ?」

 訳を話しても表情の晴れない勝人にクライアが冗談っぽく言うと、ようやくそろそろと手を伸ばした。

「……さて、これからしっかり頼むぜ? 2代目勇者様よ」

 勝人は真剣な──それでいて明るい表情でしっかりと頷いた。

「あぁ、しっかり頼まれたっ!」

 ──こうして、勇者カツヒトの冒険は始まったのだった。
			

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