どうやら勇者は(真祖)になった様です。

第零章 魔王を倒すまで

1.呼ばれて飛び出て……

「おぉ! 黒髪に黒眼……伝承通りじゃ!」

 視界を埋め尽くす真っ白な光が収まった後、初めて耳に入った台詞が、このおよそ状況説明とはいえない物だった。
 その結果、「ふぁっ!?」と意味不明な奇声を発してしまったのも、無理は無いだろう。
 復活した青年の視界に映ったのは、薄暗い白を基調とした部屋だ。天井や壁と同じ色の太い柱が真っ直ぐに何列も並んでいる。窓もないことから地下ではないかと推測される。
 黒髪黒眼の、髪が少し跳ねているなんの変哲もない若者は、その広い部屋の中央、床にデカデカと描かれた、幾何学的な陣の真ん中に立っていた。

 そして青年の前に立つのは王冠をかぶった髭ヒゲの老人と、ゆったりとした白いローブの様な物を着た十八才位の少女、それから槍の様な武器を、青年に向けて取り囲む男達数名。
 皆日本人とは違う彫りの深い顔立ちをしていて、髪の毛や瞳も様々な色をしている。

(…………って、槍ぃっ!?)

「なっ、ちょ、あんたら誰?! って言うか槍しまえ槍っ!? そしてココどこっ?!」

 突然のこの状況に狼狽える若者を見ていたローブの少女が頷くと、その槍は下ろされた。

「すみません。今からひとつづつ説明しますので、落ち着いて貰えませんか?」
「え、あっ、あぁ」

 とても落ち着いていられる様な状況ではなかったが、目の前の少女の厳かな雰囲気に飲まれ、ひとまず冷静を装った。
 若者は深呼吸を何回かして、しっかりと女の子を見つめて、話しても良いと頷いた。

「……ではまず、説明を始める前に、槍を向けた事を謝りたいと思います。
 万が一、召喚された者が悪 あし存在だった時のため、この様な持て成ししか出来ませんでした」
「そ、そうか」

(つまり不可抗力って事か?)

 納得しかけ、しかし召喚という聞き慣れない単語に首を傾げる。

「それと1つ確認したいのですが、貴方は『ニホンジン』ですか?」
「あ、あぁ。そうだけど」

 そう答えて、ふと気になった。

 自分を囲むこの者達が、どう見ても日本人では無い。……顔立ちも、服もである。
 しかしどういう訳か、日本語が通じている。その事を青年は不思議に感じた。
 
 そんな疑問が顔に出ていたのか、少女は話し始めた。

「まず始めに、私はこの国の聖女をしています。ミランナ・アテスと申します」
「ミランナさん、か。俺は高野勝人たかのかつひとだ」

 少女──ミランナは、宗教上高い位にいる様だ。

「カツヒト様、宜しくお願いします」

 ミランナはさっと頭を下げると、早速とばかりに語り始めた。

「そうですね、順を追って説明しますと、事の始まりは7年前になります。
 魔大陸と呼ばれる土地で冒険者稼業をしていた方達から、急に魔物が増えた。また、魔物が強くなった、との声が上がりました」
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」

 そこで堪えきれなくなったのか、勝人は声を上げる。

「その魔大陸ってのが在るのかは知らないし、冒険家っていう職業もあるだろうけど、“魔物”って何だよっ、一体!」

(なんだよ……だいたいこいつら、一体なんなんだ?
 そもそも“聖女”なんて居たり、本物の槍持ってるし、どこかの怪しい宗教団体なのか?
 それとも気付かない内に、どっかの国に拉致されたとか?)

 ────そう勝人が混乱していると、ミランナは何やら書物を取り出し軽く流し読んだ。

「……あぁ、ニホンと言う国がある世界・・には、魔物は居ませんでしたね。これは失礼しました」

(…………は、世界?)

「……何なんだよ、その言い方……まるで、ここは俺が居た所とは違う世界みたいな、そんな──」

 すると、ミランナは何ともない事かの様に、言った。

「端的に言います。正まさしく、その通りです。
 この世界は貴方の住んでいた所とは、違う世界です」
「……」

(そんな、そんな事って……つまり、異世界トリップ? 何故? 本当に?)

 混乱する勝人を放って置いて、ミランナは話しを進める。

「話を戻します。……魔大陸の異変を知った国は、冒険者ギルドに依頼して、原因を調査しました。
 結果から言うと、300年前に倒された筈の“魔王”が復活した事が判明しました。
 愕然としました。──何せ魔王と言えば、300年前、驚く程僅かな期間で広大な魔大陸の大半を支配して、幾つもの国を滅ぼした挙句、私達の暮らす人大陸を攻め落として“邪神”へ至ろうとした、“恐怖の代名詞”なのですから……」

 暫く勝人は、何も言葉を発する事が出来なかった。
 異世界トリップ云々の時点で、既に頭がパンクしかけていたのだ。
 もはや、半場思考停止していると言っても過言ではないほど混乱していた。

 何とか言葉を絞り出せただけでも、十分でないだろうか。

「……それで、今回の件と俺と……何の関係があるって言うんだよ」

 聖女は頷き、本を見て言った。

「この本は、当時魔王を倒した“勇者”の日記です」
「勇、者……」
「その勇者が残した言葉があります。『チートテニイレテイセカイトリップシタッタ』と」
「……」

「…………」

「………………は?」

(今、何と?)

「……意味は解りません。召喚の魔法陣に組み込んであった翻訳機能をoffにして言った様で、此方こちらの言語に訳されなかった為、音だけが残されています。
 その記録によると、『何と言ったかは解らないが、武者震いをしながら力強く言ったので、とても心強かった』との事です」

 いや、それは力強くないよな……勝人はそう思ったが、あえて言わずに、いや、言えずにいた。

「翻訳機能って……?」
「もちろん、この世界とあなた方の世界とでは言葉は違いますから。任意で伝えたい、聴きたい言葉を自動で訳してくれる様に、この召喚魔法陣に組み込んであるのです」

 段々と勝人は状況を理解して来ていた。

「つまり、アレか? その勇者ってのも日本人で、魔王倒したけど復活したから、また日本から勇者ヒトを呼んだって事……か?」

 勝人が理解したと解ると、聖女は顔を綻ばせた。

「理解して頂けた様ですね」
「あぁ、まぁ何とか、だけど……」

 すると、再び聖女の顔は曇った。

「理解して頂けた所、申し訳ないとも思いますが……これから、コチラの聖騎士団のメンバーと戦って貰わないといけません」
「……っへ? えぇぇっ!?」

 どうやら地球から召喚されたばかりの青年は、屈強そうな男達と手合わせをする事になった様です。





「あのーミランナさん、何故にバトっちゃう雰囲気になってんスかね……」

 場所は移り、闘技場のような場所。
 白い甲冑を着た男達──聖女を護る聖騎士達は、剣やら槍やら……現代日本では目にすることのない武器まで持っていて、手入れをしてている。

「ふむ、それは簡単な事じゃ」

 しかし答えたのは聖女でなく、王冠を被ったヒゲ──もとい、この国の王様。

(……さっきから存在が空気だったからって、何もここで出しゃばらなくても良いのに)

「古書に書いてあった勇者のお言葉によると、ニホンから召喚された者は皆強いとの事。
 ……しかし万が一、例えばその勇者の勘違いであるとか、この300年の間にニホン人が弱体化していただとか、そう言う事も起こりかねんからの。
 だから、こうして確かめるという事じゃ」

「さ、さいですか……」

(いや、さっきの勇者のセリフからして、明らかに現代人だよな。それに『チート手に入れて』の所も気になるし……)

「なぁ、勝負の前にその日記見せてくれないか?」
「ええ、どうぞ」

 ミランダから日記を受け取り、表紙を開いてみる。





『この字が読めるあんたは、日本人なんだろう。翻訳をOFFにして書いたからな。
 あんたが勇者として呼ばれたのか、偶然やって来たのか、転生して来たのかは解らんが、まあ先輩の助言だ。せいぜい役立ててくれ。

   (以下翻訳ON)

  目次

第一章 この世界の事
・お金
・国について    』





 どうやらこの太い本の前半は、この世界の説明、後半が日記の様だ。
 ちなみに、表紙には『冒険の書』と書いてある。

 目次を上から見ていくと、幾つか気になる単語があったが、今は読み流す。
 そして暫く進んだ所に、目的の項目を見つけた。





『
第三章 自分について

・チート能力について (翻訳OFF) 』





 早速そのページを開く。





『チートについて話そう。

 先に言っておくが、以下のチートは俺が手に入れたチートについてだ。
 同じチートをあんたが手に入れるか知らんし、
 そもそも、俺がただの偶然で手に入れたのかもわからねぇ。
 召喚されたら誰でも使える様になるのか、素質があって呼ばれたのか……本当の所は解らんが、まぁ、取り敢えずは書いておく。

・異空間収納
 生きてる物(植物を除く)以外は結構何でも入る。
 虚空にチャックがあると思ってやってみ。

・識別
 目に映る色々な物や人を解析してくれる。
 対象を見ながら「知りたい」と強く念じると見える。

・身体能力/思考速度ブースト
 名前のまんま。ふんばれ。
 1回で使える時間とか倍率とかは、練習すればのびる。

・魔力(大)
 分かってると思うが、この世界には魔法がある。それを使う時に消費する魔力量が、とてつもなく多いらしい。
 魔法については4章の2で。 』





(ビンゴだっ!)

 聖騎士達の準備も終わりに近付いて来てる。
 勝人は急いでページをめくった。





『想像しろ。想像力豊かに、何なら詠唱してみても良い。
 この世界の魔法は例えるなら、『魔力(材料)で想像(設計図)を実現させる』だ。』





「では、手合わせを始めます。お互い、死に至る様な攻撃はしないように」
「(真剣持ってる時点で“死に至る”攻撃になんじゃね?)」
「何か言いましたか? カツヒト様」
「いやっ、何でもない……」
「そうですか……では、始めっ!!」

 その言葉が聞こえると同時に、近づいて来る曲剣を持った聖騎士を睨みつけ、その情報を引き出す。





『ライオネス・グレイ 男 34歳
 MP 500/500
 得意技 特殊歩法を使った変幻自在な剣技』

『ライオネスの歩法
 自分の間合いまで一直線に進み、剣が届く所まで来ると、サイドステップの応用で後ろから斬りつける』





(……すげぇ!? 使えるなこのチート!)

 そしてライオネスは識別通りに、真っ直ぐ突っ込んで来る──と、その姿が一瞬右にぶれる。
 右側からの攻撃に備えて、体をそちらに向けると、終わり。
 簡単に言ってしまうと、フェイント。
 右側に行く様に見せその後何倍もの速さで左にサイドステップ。
 人の目では捉えきれない程の速度で背後に回り込み、斬りつける。
 それで勝負は決まる────決まらなかった。

「……それを、待ってた!」

 ライオネスが左側に回り込んで、一端立ち止まり曲剣を振り上げる。
 ……勝人は、身体能力・思考速度ブースト(次からはブースト)により、それを上回る速度でそのまま右回転、剣を横に振り切る。
 簡単なホリゾンタル。しかしそれは、余裕……もとい油断しきっていたライオネスの、がら空きになった胴体に当たるには十分な速さで────

 ガギンッ!

「ぐあっ!?」

 鎧を凹ませながら、ライオネスは何メートルも吹っ飛んだ。
 他の聖騎士達は、驚きを隠せない。
 それはそうだろう。……毎日鍛練を欠かさず、この国でも有数の腕前を持つ自分達の相手が、剣を握った事も無さそうな(※実際無い)ヒョロリとした餓鬼だ。
 幾ら勇者と同じ世界から遣って来たとは言え、明らかに“弱そう”。
 はっきり言って、多少なりとも『舐めて』いた。

 ────しかしそれも

「そこまで! 少年……次は俺が相手だ」

 この瞬間、終わりを告げた。
			

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