どうやら勇者は(真祖)になった様です。
第一章 転生──そして少女は目覚める
5.お出かけ①
──窓から差し込む淡い光が、部屋を少しだけ明るくしている。
部屋の主は、天蓋の着いたロングサイズのベッドの上で、大きなクマやらネコやら、様々な種類のぬいぐるみ達に囲まれて、静かに寝息をたてていた。
あまたの星屑を散りばめた様に煌めく白銀の糸は、今は少し乱れていて、ふわふわと新雪の如く積もっている。
──コンコン、と控え目なノックがされ、声がかけられる。
「姫様~、起きてください。二時ですよ~」
が、眠れるヌイグルミの美幼女は、その人形の様に整った顔をピクリともさせない。
「姫様? 入りますよ~?」
そうして扉を開けて入って来る犬耳メイド──ディアは、そっと自分の仕える主人の顔を覗き込み、はわ~と息を漏らした。
(凄い、綺麗……)
最早嫉妬すら湧いてこないほどまでに、完成された……いや、むしろ完成されていないからこその美しさ。息をするのも阻まれる。
そのどんな美術品よりも優れた容姿に、ディアは息すら止めて見惚れていたが、いけない、いけない…………と頭を振り、心を鬼にして起こす覚悟を決めた。
「姫様、姫様、起きてください。今日は街に出かけるんですよ? ほら、起きてください」
そう言いながら、そーっと、優しーく肩を揺する。
────と、その髪と同じ色をした長い睫毛が震え、可愛らしい天使の様な吐息が零れる。
キャー! っと黄色い声を上げたくなるのを必死に堪え、ディアは最終手段を使う事に。
「あー、姫様の大好きなチョコレートが、飛んでいっちゃいますー」
酷い棒読みである。しかし──。
「ちょ、こ……れーと…………」
うんうん魘されながらも確実に意識を浮上させて行くロザリー。
効果は抜群の様だ。
「あー、もうダメですー。あんなに遠くにー」
「だ……め、だめ………………う、ん?」
なんと本当に目を覚ましてしまったロザリー。しかし、無理は無いのかも知れない。
……この世界では、甘いチョコレートや砂糖は大変貴重で、一般庶民だと一年に一回、貴族でも年に三、四回、王族でさえ年に七、八回程しか食べられないのだ。
需要に対し供給が圧倒的に足りていなく、神の子であるロザリーも、月に一度くらいしか手に入らないのだ。
よって、甘いモノに飢える幼女としては、チョコレートが飛んで行ってしまうと言うのは、正しくこれ以上ない悲劇なのである。
「ちょこ、れーと……は?」
目尻に涙を浮かべながら、キョトンとした顔で辺りをキョロキョロと見渡すロザリー。
鼻の辺りに集まる熱いパトスを堪え、ディアは業務を続けた。
「ほら、姫様……今日は街に行くんですよ? パッパと準備してしまいましょう?」
「……ん」
────さて、ここで疑問に思った人もいるのではないだろうか。
吸血鬼が日光にあたって、大丈夫なの?
分かりやすく言えば、日光は吸血鬼にとっての毒なのだ。赤子などは微量の毒で身体に異常をきたすが、大人ともなれば多少なら平気になる。
つまり真祖ともなれば、ずっと当たっていた場合、肌がヒリヒリし、そのうち具合いが悪くなり、さらに当たっているとぶっ倒れ、さらに放置しておけば気を失う───その程度だ。死にはしない。
普通の吸血鬼ならばいとも簡単に灰に還ってしまうだろうが、ロザリーの場合具合が悪くなるまで数時間かかる上、日傘などを使えば生命に別状ないのである。
しかし、問題は別にあったのだ。それは眩しさと、眠気である。
大した事には思えないだろうが、特に眠い方のレベルが異常に高いのだ。
例えるなら『低血糖の人の、朝寝起きで寝ぼけているの時よりも、さらに寝ぼけている状態』だ。
思考力や精神年齢の低下、反応が鈍くなる、エトセトラ、エトセトラ──。
……さて、ここに幼女がいる。可愛らしく黒を基調としたフリフリなゴスロリで着飾り、その色が白銀の髪や肌の白さを引き立たせ、眩しさと眠気で瞼が半分閉じている幼女だ。
──そしてこの芸術品を完成させたメイド張本人は、迸る熱いパトスをとうとう我慢出来なくなり、赤いのを鼻から噴き出したあと床で転がって悶えている。
「ジト目幼女キタアアアアッ!!」
きゃあああ! 変態だぁ!! ……意識のはっきりした夜だったならそう言っていたであろうロザリーだが、あいにく今はスルー。
「準備は出来たかね────おぉ、似合っているではないか! ……ところでお前は一体なにをやっているのだ?」
と、ヴラキアース部屋に入って来て、ディアの奇行に訝しげな目を向ける。
「っは! すみませんご主人様、取り乱していましたっ」
急いで立ち上がり血を拭い、掃除を始めた。
さてはて、今日なぜ眠たい目を擦ってまで、真昼間から人間の街に行くのか……!それは、このキャラチェンしている幼女の言い出した事が始まりだった。
~・~
「うー、あまいモノが食べたい……」
「甘い物──バナナとかモモとかですか?」
「ちがーう! そーゆうのじゃなくて……チョコレートとか、ケーキとか──」
「あー……けど、材料も無ければ加工する設備も無い。そして作れる人も居ませんからねぇ」
「食べたいのーっ!!」
そんな時に現れたのは、バラメスだった。
「お嬢様、三日後にスウィルツ王国で四年に一度の祭りが行われる様ですよ」
「おまつり?」
「はい。何でも……世界各地からその道の職人が集まり、出店で甘い物を販売する様です」
「…………っ!?」
そして
「絶対行くー!」
からの
「しかし昼間しかやっていないのです」
そして
「ねむいのガマンして行くっ!!」
~・~
と、言う流れで──
「────♪」
「何だかジト目無表情なのに楽しそうですね」
「──そう?」
「はい、とても」
──こうして馬車に揺られているのである。
道のりは至って順調で、ものの4時間程でスウィルツ王国の街壁が見えて来た。
「…………」
「すぅ……すぅ…………」
「────」
車内では、ボーッとしているロザリー、眠りこけているディア、本を読むヴラキアースと、退屈な時間を過ごしていた。
またバラメスは“神の加護”とやらである程度日光に耐性があるようで、外で馬を操っている。
「すぅ…………っは! す、すにましぇん、寝てました!!」
……と、目を覚ましたディアが慌てて体を起こした。
「なに、──気にすることは無い。我が城は辺鄙な所にあるからな。どこへ行くにしても時間がかかる」
「あ、いえ……その──」
「いやなに、嫌味などではなく我の本心だ。気にするでない」
「は、はい!」
「────」
そんな2人のやり取りにも一切の反応を見せず、ただぼんやりと宙を見つめているロザリー。
ここまで動かないと、本当に人形と見分けがつかなさそうだ。
「──と言うより、実は寝ている間に本当に人形とすり替えられてたり」
なんて事をいってみると、その人形(仮)の視線がふらふら~とディアの方を向き、こてんっと首を傾げた。
「いやいや、冗談ですよ」
ロザリーは、再びふらふら~っと宙に視線を戻す。
それにしても──
「こんなに長い時間よく退屈しませんね~?」
常に馬を見ていないといけないバラメス、ずっと本を読んでいるヴラキアースはともかく、ロザリーは暇を潰す物を何も持っていない。
いや、お気に入りのティディベアはしっかり抱き締めているが。
「ふむ、昼間はな────」
うんともすんとも応えないロザリーの代わりに、ヴラキアースが話し始めた。
「────吸血鬼はあまりの眠たさに、脳の活動が数十分の一位になるのだ。その分周りが速く動く様に感じるのだよ」
「え、じゃあバラメス様も……?」
「うむ、その通りだ。まぁ──」
「事故ったらどうするつもりなんですかっ!?」
「──落ち着きたまえ。我輩やバラメス程になれば、脳の働きを制御する事など造作もない」
「そ、そうなんですか…………」
ほぇーと口を△にするディア。
「ほら、見ておれ」
そう言ってヴラキアースが、ロザリーの眼前で手を振る────と、何拍かして思い出した様にパチリと瞬きし、コテンと首を傾げるロザリー。
「かわい──じゃなくて、こんなにタイムラグが?」
なんでもない、もうすぐで着くからな。と微笑みながら、ゆっくりとロザリーに言うヴラキアース。
「ロザリーももう数年すれば、思考速度の調節など簡単に出来る様になるであろうな」
「数年…………長いですね~」
言いながらふと窓の外を見ると、いつの間にか馬車は普通のソレと同じスピードで走っていて、景色がゆっくり流れていた。
「────それにしても、スウィルツ王国か。聞いたことがないな」
人間の情勢にてんで興味を持たない神様は、記憶にない国名に首をかしげた。
そしてその答えは、つい数ヶ月前まで城の外にいたディアが知っていた。
「スウィルツ王国は建国十二年目だそうですよ。
元々は甘い物作りを仕事としている職人達が、自分の腕を振るう為に集まる中継村だったらしいんですけど。
まぁ色々あって四年に一度のお祭りで最も美味しい甘い物を作った人が、四年間国王として国を治める制度になったらしいです」
「ほぅ……それはまた珍しい国だな」
「そうですねぇ……甘い物が沢山並ぶので、スウィルツ王国の王国に行くのは世の女性の夢なんです! けど、入国料も高ければ屋台の甘い物も高いと言う──まさに夢何ですよねぇ」
「────はぁ、分かっている。お前も好きに買うと良い。金はあるからな」
「ホントですかー! やった!」
そしていよいよ一行は国の中へ。
「ようこそスウィルツ王国へ。ゆっくりとお楽しみください」
ちなみに関所では、国際指名手配の有無の確認と入国税(かなり高め)を払う程度ですんなりと入る事が出来た。
「────!」
「わぁ、凄いですねぇ……」
「馬車の中にまで甘い物臭いが……バラメスよ、お前は大丈夫なのか?」
「はい、鼻栓を使ってますから」
「なにぃ!?」
目を輝かせている女子二人とは対称的に、若干顔を青ざめるヴラキアース。甘党ではない彼には少々キツく感じる程、甘ったるい匂いの様だ。
早速と目に飛び込んでくる、甘い物の出店に目を奪われていたロザリーだが、一瞬、表情を曇らせた。
「……サラ、あまいの、すき──」
「え? なにか言いました? 姫様」
「──────? なに、が……?」
「あ、いえ……」
──その一瞬、ロザリーの脳裏には、長い耳の???の姿がよぎっていた。
が、その影はすぐに風の前の塵の様に形を崩してしまい、あっという間に記憶から消えてしまったのだった。
「準備は良いかね? では……行こうか」
とヴラキアースが声をかけ──。
こうして四人の甘い一日が始まったのであった。