駆逐艦響としての一生
1.第一話
3月31日。 その日は私にとって、とても素晴らしい日になったのよ! なんと姉妹がそろったの! もう嬉しすぎて、その知らせを聞いたとたん走って工廠まで行っちゃったもの。 レディーとしてあるまじき行為だけど、それでもようやく最後の妹と会えるんだもの、仕方ないわよね。 工廠に入って、建造室の前に行く。 ここは私たち「艦娘」が誕生するところ。一度建造が始まったら、完成するまで妖精さん以外は入ることが出来ないの。 どうやって艦娘が作られているのか……永遠の謎ね。 それよりも、今は新しくできた妹のことが気になるわ! 扉のところにいた妖精さんに声をかける。 「妖精さん、こんにちは」 『あかつきさん! こんにちは!』 「新しくできた子は……?」 『はい、あかつきがたくちくかん、にばんかんのひびきさんです!』 暁型駆逐艦……響……! 「ほんとに、そろったのね!」 あまりの嬉しさに、その場でぴょんぴょんとはねてしまいそう。レディーにはふさわしくないから、グッとがまんがまん……。 それに、妹には大人のおねえさんとして、かっこいいところを見せなきゃ! 「ねえねえ、まだ入っちゃダメかしら?」 『………………はい、だいじょうぶです!』 そうして妖精さんによってその扉が開けられる。 もうドキドキが止まらないわ……! 扉が開いて、最初に目に付いたのは、その長い髪だった。 深海棲艦の白い髪とは違って、キラキラ輝く綺麗な銀髪! 私とお揃いの服を着たその艦娘は、目をゆっくり開いていく。 「こ、こんにちは……あの、わかる……?」 恐る恐る、声をかける。 なぜか半開きのままそれ以上開かない目が、私をとらえた。 「……あか、つき?」 「……! そうよ! ちゃんとわかるなんてえらいじゃない!」 そういうと、響はキョロキョロと辺りを見回した。 「どうしたの? 響」 「ひび、き……? え?」 「え?」 え、どういうことなの……? ~・~ その日俺は、家族と海へ来ていた。 北海道の夏は短い。海へ入れるのは、もっと短い。 海水温が低くて、入るには寒すぎることが多いんだ。 きっと今年はこれで最後だろう。 俺は悔いが残らないように、精一杯楽しむ。 砂浜で貝を拾ったり、岩場で蟹を捕まえようとしたり、遊泳禁止区域ギリギリまで泳いだり。 「おーい、昼ご飯にするぞー」 「はーい」 泳ぎ疲れ、砂浜で座って休んでいると、親父から声がかけられた。 立ち上がり、海の家の方へ向いた、その時だ。 『────』 「……? なんだ?」 『────』 「気のせいじゃ、ないよな……」 『────』 海の方から、誰かが助けを求めている声が聴こえた。 「ちっ……」 それが気のせいでないことを確認し、監視員がいるはずの監視塔を見る。 しかし、人影が見当たらない。 「しょうがねえ……」 俺は海の向こう、遥か西に方を睨みつける。 姿は、見当たらない。 やばい、急がないと……! 俺は海へ飛び込み、声のした方へ泳いでいく。 数十メートルと泳ぎ、だいぶ浜辺から離れたところで、それは起こった。 (うあ……っ!?) 右の足が突然ピンと伸び、痙攣し始めたんだ。 (やばい、吊った!?) 体が沈み始める。 慌てて手で水をかいて抵抗するが、意に反して体は下へと沈んでいく。 (く、そ……) 気付けば、ステンドグラスのように輝く水面が、頭上にあった。 (もう、だめだ……) 意識を失いかけた、その時だ。 『──ンナ、サイ』 (あ……?) 先ほどの声だ。 『イキ、テ……ワタシノカワリニ……』 ふと、意識が明瞭になる。 吊っていたはずの足が動くようになっていた。 (これなら……!) 俺は、一心不乱に上を目指した。 ぐんぐんと体が浮かんでいき、ついに海面に顔を出した! 「こ、こんにちは……あの、わかる……?」 ……は? どういうことだ? 俺の目の前には、黒髪の少女が立っていた。 幼い少女は、見間違えじゃなきゃ俺がよくやるゲーム、艦隊これくしょんに出てくるキャラクター── 「……あか、つき?」 ──そう、暁というキャラクターにそっくりだった。 「……! そうよ! ちゃんとわかるなんてえらいじゃない!」 なぜかドヤ顔で胸をはる少女。 しかし、いったいこれはどういうことだ? 辺りを見回すと、俺が立っているのはそう、二メートル四方の空間で、なぜかちっちゃな足場が壁にくっついていた。 間違えても、海の上ではないし、しかも俺は立っている。 「どうしたの? 響」 「ひび、き……? え?」 「え?」 響? なにを言ってるんだ? しかし、そこで俺は、ある違和感に気付いた。 まずは、声。 俺が出したとは思えないほど高い、小学生のような声。 次に、目の前の少女との身長差。 俺はそう、立っているんだ。 170はある男子高校生が立っているのに、俺より高い位置に少女の頭があるのか。 段差か? ……うん、たしかに段差はある。しかし、その高さは10cmもないだろう。 そして何より驚いたのは、俺は高さ数センチに張られた水の上に立っていることだった。 それを確認するために足元を見た俺は、思わず頭を抱えた。 視界の端に映る、銀糸。 白い服に、赤いリボン。 濃い灰色のスカートに、同じ色のニーハイソックス、ローファー。 そこまではいい。 良くはないが、気が付けば俺は女装コスプレをしていた。 ああ、そういうことにしよう。 しかし、そのニーハイソックスが包む足は小学生のように細く、手を見て見れば小さく、ふにふにとした質感。 ──嫌な予感がする。 「……暁」 「な、なに? 響。どうしたの?」 「もしかしてだけど……俺、響なのか?」 「え? それはそうでしょう? 大丈夫? 様子も喋り方もおかしいけど……」 「そ、そうか……」 ああ、わかった。わかったぞ。 一体どうしてこんなことになったのか、それは全然わからないけど、1つだけわかったことがある。 俺は、艦これの世界に、響として生まれたようだ。 ~・~ 「しつれいするわ!」 「し、失礼します……あ、いや、失礼する」 暁に続き、俺も室内に入る。 室内を見渡すと、木張りの床に、クリーム色の壁。 壁には大きな地図──しかしほとんどが海で埋め尽くされている──。それから本棚。難しそうな本がたくさん詰まっている。 手前には、長机に6個の椅子。窓際、つまり奥には、重厚な机が中央に置かれ、右側に小さい机が隣接していた。中央の長机をよけて、一番奥の机の前まで歩いていく。 そこには、白い学生服……いや軍服だろう。を着た20代半ばと思われる男性が座っていた。 「ほ、本日着任しました、暁型二番艦、響で、だよ」 いかんいかん、下手にかしこまると響っぽくなくなってしまう……。 「ようこそ、響。歓迎するよ。 今日は暁に、鎮守府内を案内してもらってくれ。 明日からは学習室で勉強してもらって、それ以降から訓練が始まるから、しっかりと準備をしておくように。 なにか質問は?」 「な、なにも……」 「そうか……では、暁型駆逐艦響、我が国のために、共に戦おう」 「は、はい!」 ~・~ 「あ、雷と電は今は護衛任務でいないわ」 「雷と電もいるのかい?」 「ええ。夕方には帰ってくるはずよ。これで姉妹が全員そろうわね!」 ああ、どうやら暁はずっと4人が揃うのを待っていたらしい。 ぴょんぴょんと跳ねる暁を微笑ましく見守りながら、今までいた建物を出る。 「ここが本舎ね。執務室や食堂、図書館……が入ってるわ」 「うん」 「あっちが、さっき響ができた工廠ね。建造や開発、整備ができるわ」 「うん」 「こっちが艦娘寮よ。寝泊まりするところね! どこから行きたい?」 どうやら鎮守府はПの字型に建物が建っているようで、中央の本舎を正面に見て左手が工廠、右手が艦娘寮だという。 「……あ、海へはどこから行くの、行くんだい?」 「海は本舎の裏手から行けるわ」 さらに説明を聞くと、正確には鎮守府はH型だそうで、海側にはレーダーやら大砲やら、防衛施設があるらしい。 「うーん、海、見てみたいなぁ」 「そう? ……そうよね、艦娘だもの。海は気になるわよね!」 別にそういうのではないのだが……。 わざわざ訂正する必要もないので、俺は大人しく案内されることにした。 本舎と寮の間を通り、徐々に視界が開けて行き──── 「──ああ」 どこまでも広がる海。どこまでも続く水平線は空の蒼と溶けあって、境界が曖昧だ。 今更なことだが、そんな景色を見てようやく俺は、艦これの世界に来てしまったんだなぁと実感していた。 「いい景色でしょう!」 「ああ、そうだね」 「……ん?」 ずーっと吸い込まれそうな青色を目で追っていると、遥か先に黒い点のようなものが見えたのだ。 「どうかしたの? 響」 「いや……なんでもないさ」 しかしもう1度目を凝らしてみると、その染みは消えてなくなっていた。 気のせいだったのかもしれない。 「……戻ろうか。風が冷たいしね」 なんとなく、嫌な感覚を覚えた。その感覚に急かされるように、俺は海に背を向けて歩き出す。 「あっ、ちょっと響ー!? まったくもう、あの噂はほんとうだったのかしら……」 ~・~ 『入ってきてもいいわよ―』 扉の向こうから、暁が俺を呼ぶ声が響いた。 時間は経ち、ヒトゴーマルマル。要するに午後五時。 俺は駆逐艦寮のある一室の扉の前にいた。 言わずもなが、我ら第六駆逐隊の部屋だ。 さて、どう入ろうか。暁のときは向こうから開けられたし、挨拶とかそれどころでなかったから何もできなかったが……。 しかし今回は違う。なにせ他の姉妹艦との初対面だ。初対面はその後の印象までをも決定するというし、しっかり考えないと。 やはり初顔合わせはインパクトが大切か。 なにせ彼女たちはすでに三人で仲良くやっているんだ。冴えない、当り障りのないことを言っていてはその輪に入っていけないかもしれない。 ――よし。 「Ураааааааа!! 」 「「「ふえぇっ!?」」」 俺は扉を数ミリ開けると、助走をつけて、胸の前で腕をクロス。 思い切り跳んで扉に体当たりをかました。 もちろん扉は派手な音を立てて開き、響の小さい体は室内に放り込まれる。 着地は三回転前回り受け身だ。 くるくると床を転がり、反動で身体を起こし、ビシっとポーズを決める。 「響だよ。その活躍ぶりから不死鳥の通り名もあるよ!」 「「「………………」」」 あれ? おかしいな。なぜか目の前の三人は、目も口もまん丸にしたまま固まって動かない。 「どうしたんだい? 三人共」 最初に動き出したのは、濃い茶髪の子だった。活発そうな顔立ちのその少女は、暁型駆逐艦三番艦、雷だ。 「……ええと、あなた、響よね」 「もちろんさ」 「なるほど……認めたくないけど、あの噂は本当だったってことね……」 噂? 何の話だろうか。 「はわわ……い、電なのです。よろしくおねがいしますね、響ちゃん」 「うんと、雷よ。よろしくね、響」 「あらためて! 暁よ!」 「ああ、よろしく。暁、雷、電」 うん、掴みは上々だ。これならあっという間に三人と仲良くなれそう―― 「じゃあ、まずそこに座りましょうか?」 「……なにを言ってるんだい、雷? そこは床だよ? あ、いや、なんでもないさ」 あれ? なんだろう、雷の背後から黒いオーラが吹き出している幻覚が見える。 「いい? 響」 「うん」 「……扉はしずかにあけなさああああああああい!!!!」 ――あまりの迫力に、思わずビクリとしてしまったのは内緒にしといてくれ。
中央の長机をよけて、一番奥の机の前まで歩いていく。
そこには、白い学生服……いや軍服だろう。を着た20代半ばと思われる男性が座っていた。
「ほ、本日着任しました、暁型二番艦、響で、だよ」
いかんいかん、下手にかしこまると響っぽくなくなってしまう……。
「ようこそ、響。歓迎するよ。
今日は暁に、鎮守府内を案内してもらってくれ。
明日からは学習室で勉強してもらって、それ以降から訓練が始まるから、しっかりと準備をしておくように。
なにか質問は?」
「な、なにも……」
「そうか……では、暁型駆逐艦響、我が国のために、共に戦おう」
「は、はい!」
~・~
「あ、雷と電は今は護衛任務でいないわ」
「雷と電もいるのかい?」
「ええ。夕方には帰ってくるはずよ。これで姉妹が全員そろうわね!」
ああ、どうやら暁はずっと4人が揃うのを待っていたらしい。
ぴょんぴょんと跳ねる暁を微笑ましく見守りながら、今までいた建物を出る。
「ここが本舎ね。執務室や食堂、図書館……が入ってるわ」
「うん」
「あっちが、さっき響ができた工廠ね。建造や開発、整備ができるわ」
「うん」
「こっちが艦娘寮よ。寝泊まりするところね! どこから行きたい?」
どうやら鎮守府はПの字型に建物が建っているようで、中央の本舎を正面に見て左手が工廠、右手が艦娘寮だという。
「……あ、海へはどこから行くの、行くんだい?」
「海は本舎の裏手から行けるわ」
さらに説明を聞くと、正確には鎮守府はH型だそうで、海側にはレーダーやら大砲やら、防衛施設があるらしい。
「うーん、海、見てみたいなぁ」
「そう? ……そうよね、艦娘だもの。海は気になるわよね!」
別にそういうのではないのだが……。
わざわざ訂正する必要もないので、俺は大人しく案内されることにした。
本舎と寮の間を通り、徐々に視界が開けて行き────
「──ああ」
どこまでも広がる海。どこまでも続く水平線は空の蒼と溶けあって、境界が曖昧だ。
今更なことだが、そんな景色を見てようやく俺は、艦これの世界に来てしまったんだなぁと実感していた。
「いい景色でしょう!」
「ああ、そうだね」
「……ん?」
ずーっと吸い込まれそうな青色を目で追っていると、遥か先に黒い点のようなものが見えたのだ。
「どうかしたの? 響」
「いや……なんでもないさ」
しかしもう1度目を凝らしてみると、その染みは消えてなくなっていた。
気のせいだったのかもしれない。
「……戻ろうか。風が冷たいしね」
なんとなく、嫌な感覚を覚えた。その感覚に急かされるように、俺は海に背を向けて歩き出す。
「あっ、ちょっと響ー!? まったくもう、あの噂はほんとうだったのかしら……」
~・~
『入ってきてもいいわよ―』
扉の向こうから、暁が俺を呼ぶ声が響いた。
時間は経ち、ヒトゴーマルマル。要するに午後五時。
俺は駆逐艦寮のある一室の扉の前にいた。
言わずもなが、我ら第六駆逐隊の部屋だ。
さて、どう入ろうか。暁のときは向こうから開けられたし、挨拶とかそれどころでなかったから何もできなかったが……。
しかし今回は違う。なにせ他の姉妹艦との初対面だ。初対面はその後の印象までをも決定するというし、しっかり考えないと。
やはり初顔合わせはインパクトが大切か。
なにせ彼女たちはすでに三人で仲良くやっているんだ。冴えない、当り障りのないことを言っていてはその輪に入っていけないかもしれない。
――よし。
「Ураааааааа!! 」
「「「ふえぇっ!?」」」
俺は扉を数ミリ開けると、助走をつけて、胸の前で腕をクロス。
思い切り跳んで扉に体当たりをかました。
もちろん扉は派手な音を立てて開き、響の小さい体は室内に放り込まれる。
着地は三回転前回り受け身だ。
くるくると床を転がり、反動で身体を起こし、ビシっとポーズを決める。
「響だよ。その活躍ぶりから不死鳥の通り名もあるよ!」
「「「………………」」」
あれ? おかしいな。なぜか目の前の三人は、目も口もまん丸にしたまま固まって動かない。
「どうしたんだい? 三人共」
最初に動き出したのは、濃い茶髪の子だった。活発そうな顔立ちのその少女は、暁型駆逐艦三番艦、雷だ。
「……ええと、あなた、響よね」
「もちろんさ」
「なるほど……認めたくないけど、あの噂は本当だったってことね……」
噂? 何の話だろうか。
「はわわ……い、電なのです。よろしくおねがいしますね、響ちゃん」
「うんと、雷よ。よろしくね、響」
「あらためて! 暁よ!」
「ああ、よろしく。暁、雷、電」
うん、掴みは上々だ。これならあっという間に三人と仲良くなれそう――
「じゃあ、まずそこに座りましょうか?」
「……なにを言ってるんだい、雷? そこは床だよ? あ、いや、なんでもないさ」
あれ? なんだろう、雷の背後から黒いオーラが吹き出している幻覚が見える。
「いい? 響」
「うん」
「……扉はしずかにあけなさああああああああい!!!!」
――あまりの迫力に、思わずビクリとしてしまったのは内緒にしといてくれ。