いなりさま!
3.参話
「貴女……だれ?」
「えっ、あっ、美月!?」
艶やかな黒髪をポニーテールで垂らし、鋭い眼差しの瞳からは殺気が迸るが、これはデフォルト。嬉しいときも悲しいときも、常に目付きが悪い。そんな少女が、セーラー服をまとい、そこに立っていた。
俺の妹の、美月だ。
たしかに兄からみても目付きは悪いが、それを差し引いても美人なので、学校ではよく告白されるらしい。なんでも、下げずんだ眼差しで見下ろされて、罵られたいだとか、目つきは悪いけど、ちっちゃくて可愛いだとか……。
また見た目は漬け物とか食べてそうな感じだが、甘い物が大好物で、他の女子から餌付けされる所をよく見かける。
小動物みたいに食べるから可愛い! とは妹の親友の台詞だ。
「貴女……今私の名前を呼んだわよね? それにその耳と尻尾……」
「あっ、えーと……そ、そう! わ、わらわはこの神社の神であるっ!」
「神様……? それにしては威厳とか信仰力とか、全然ないわね」
信仰力!?
「おまっ、美月! 何か知ってるのか!」
……あ。
「その口調……やっぱり兄さん?」
呆れた様に、そして確信した様に言う美月。そうだ、コイツは昔から妙に勘よかった。
「…………あぁ、そうだよ。お前の兄ちゃんだよ」
ふんっと鼻から息を漏らす美月。その勘が当たるとドヤ顔で鼻を膨らませる……これまた昔からそうだ。
「……で、どうして一体、何があってそんな姿に?」
「ああ、それは──」
「ちょっとみっちゃん、お兄さん見つかったのー?」
さっそくと説明しようとしたところ、聞き慣れた声と共に少女が部屋に入って来た。
「って──ケモっ子だああああああああ!!」
突進。
お前はイノシシか! とツッコミたくなる様な勢いで突っ込んでくる少女──軽くウェーブのかかった茶髪をカチューシャで留めたその子は、しかし一瞬後後ろから伸びてきた手にセーラー服の襟を掴まれ、ぐえっと女の子に有るまじき声を出して止まった。
「こらっ、なのちゃん……ダメでしょう?」
「かはっ……み゛、み゛っぢゃん……ぎまっでる、ぎまっでる……」
「あ、ごめんなさい」
全くもって申し訳なく思っていなさそうに謝り、手を放す美月。
少女──例の妹の親友で、その兄合わせてケモナーとして有名な兄妹の妹、高野奈乃華だ。
「し、死ぬかと思った……」
「だ、だいじょぶか?」
「だいじょうぶ私もう生き返った!!」
「お、おう」
相変わらず頭のネジ飛んでんな……。普段は普通の娘だけど、ケモっ子の話となったら爆発的にビスが吹っ飛ぶ。それがこの娘、奈乃華ちゃんだ。
むしろこの娘の方が犬っぽい……と常々思っているんだが、どうだろうか……。
一方、同じ学年の、奈乃華ちゃんの兄、勝人とはめったに話さない。別に仲が悪いって訳じゃないが、仲良くはない。
それこそ廊下ですれ違ったら挨拶したり、互いに「うちの妹が迷惑かけてすまん」といった事を話すくらいだ。
なにかきっかけがあれば、親友とまでは行かなくても、そこそこ仲のいい友達になれるかもしれない。
「……で、この娘、なんなの? よくよく考えてみれば、ケモっ子なんて普通いるはずないし……」
お、頭のネジが刺さったようだ。まともモードになると普通なんだよな。
「これ、うちのアニ」
「アニ……? ペット?」
「なわけあるか! 神城和樹だよ、奈乃華ちゃん」
「えぇっ!? マジですかっ!?」
そうそう、これが普通の反応だよな。うちの妹は察しが良すぎる。
「はぇ~、なあんでまたまたそんな姿に……」
まぁそっから、今までの経緯を話した訳だが、全く同じ話だし、長くなるから省かせてもらう。
「……と、いう理由だ」
と話し終えた俺は現在、奈乃華ちゃんの膝の上に座らされて抱かれている。まるでぬいぐるみ扱いだ。
「すごーい……そんなことが現実にあるなんて……」
素直に感心する奈乃華ちゃん。説明してる俺が言うのも何だけど、素直すぎて将来が心配だ。怪しい奴に騙されなきゃいいが……。
一方の美月、うんともすんとも言わず、ただただ話を聴いていた。
逆に、俺が聞きたいことがある。
「なあ美月、お前、何か知ってんじゃないのか?」
「…………うん、知ってる」
コイツはコイツで、ある意味素直なんだよなぁ……社交辞令とかが苦手なタイプで。
「そもそもうちの家は、この神社の、天音之神を神殺しから護るためにある」
「……そうなのか?」
「なのっ!」
「なのちゃんうるさい。うん……兄さんが教えられてないのは、それは兄さんが男だから……だったから」
言い直さんでよろしい。
「でも、なんで男は教えられないんだ?」
むしろ神様を護るんなら、腕っ節の強い男が知っているべきだ。
そう訊くと、なぜか頬を赤めらせて、少し躊躇いがちに口を開いた。
「その……やっぱり、神殺しから神を護るには、清らかなる力が必要な訳」
「あぁ……それで?」
「だから、その……お、男の人って、大きくなる前に自分でやっちゃうでしょ……?」
やっちゃう? って、まさか……
「それって、オナ────」
「…………!!」
むぐぐっ……口を塞がれた。
でも、普通女の子も自分でしたりするだろうに……あ、もしかしてあれか。女の場合、破らなければ穢れずに神聖なままとか。なるほどなあ……。
「兄さん、変なこと考えてる?」
「まさか」
まさか口が裂けてもイエスと言う訳にはいかない。
と、ここで今まで置物の様にお座りしていた天音が、ピョンっと俺の膝の上に飛び乗って来た。
「おわっ!?」
『ようやく説明は終わったかの!』
「ああ、終わったよ」
「っ! もしかし──」
「すごおおおおおい! 華月ちゃん、狐の言葉がわかるんだね!」
華月ちゃんて……
何かを言おうとした美月を遮って、大きな声を上げる奈乃華ちゃん。ガンガン頭に響くからやめてほしい。
それにほら、美月のただでさえ鋭い目が、もう日本刀も尻尾を巻いて逃げ出すくらい鋭くなっている。
「あ、あはは……ご、ごめん」
「はぁ……もしかしてだけど、その狐が天音様なの?」
「ああ、そうだよ。っていうか、二人は声聴こえないのか?」
奈乃華ちゃんの反応を見る限り、聴こえていないらしい。
「私は聴こえないの!」
「私は聴こえる……まぁ、霊能者の修業は積んでるし」
えーいいなーと漏らす奈乃華ちゃん。さり気なくミミを触るのを辞めてほしい。くすぐったいったらありゃしない。
「んっ……それで、何か言おうとしてたんじゃないのか?」
『うむ、なに……もう暗くなって来たしの。女子だけじゃ。そろそろ家に帰った方が良いんではないかのう』
「確かにそうだな」
「ほんとだ。早く帰らないとお母さんに怒られるかも……」
「ん…………兄さんは、どうするの?」
「どうするって、そんなの帰るに──」
『ダメじゃ』
「──決まって……ない、の?」
ドクターストップならぬゴッドストップ入りましたー。
「な、なんでだよ」
尻尾を不満げに揺らしながら訊く。
するとそれに対抗するかのようにミミをフルフルさせ、天音はこう言った。
『ダメというか、無理なんじゃ。
なぜかというと、今のカヅキは半分この神社の神じゃ。して忘れては行けないのが、この神社が神を外に出さないための檻だということ』
「え、じゃあ……」
『うむ、出たくても出れんじゃろう。しかしまぁ、もう半分は人故、妖力を抑える神具を使えば、出られん事もなかろう。
ま、今はそれすらないからの、せいぜい諦めい』
「マジですか……明日からの学校どうしよう……」
軽く絶望し、一人黄昏ていると、我が妹様が声をかけてきた。
「安心して、兄さん。……私が家族に説明しておくから」
「いや、そこじゃねーよ……」
ほんと、どうしたらいっかな~。
「けど、これから何をして過ごせばいいんだ?」
美月と奈乃華ちゃんが家に帰ってから。俺はそう天音に訊ねた。
『まあ、これからは半分神、半分巫女として修業するんじゃな。いつまた奴らが来るとも限らん。自衛の準備はして置かんとのう』
巫女さんですか……アレは見るから良いもので、なって楽しい訳ではないだろうに……。
「巫女かぁ……ハードル高いなぁ」
軽く絶望し、一人黄昏ていると、神様が声をかけてきた。
『安心せい。……巫女服ならタンスのなかに入っておる』
「いや、そこじゃねーよ……」
ってかなんで入ってるんだよ。
「まあ今日はもう寝るだけじゃし、着替えんでもいいじゃろう」
ほっ……一先ずは女装回避だ。
そこで一つ、疑問が浮かんだ。
確か今の俺は半神だって話だったけど……食事とかどうすればいいんだ?
『あー、そうじゃなぁ……基本は食べなくても平気だと思うが……もし腹が減ったら美月に持って来てもらえばいいじゃろう』
「それもそうだなぁ……」
『まあ何はともあれ、色々考えるのは明日にしよう。今日は色々あったからのう、ゆっくり休むのじゃ』
「あい、りょーかい」
こうして半神生活1日目が終了したのだった。