どうやら勇者は(真祖)になった様です。
第一章 転生──そして少女は目覚める
2.(真祖)戦
最初に攻撃を仕掛けたのは、後方から矢を放ったサラだ。
勿論ただの弓と矢では無い。エルフ族が得意とする、自然に存在する精霊の力を借りて属性を付加する、精霊魔法を使った弓矢だ。
その精度も威力も、普通の弓矢の数十倍──厚さ30cmの鋼鉄で出来た壁を容易たやすく貫くまでになる。
流石にコレだけで仕留める事は出来ないだろうが、不意を突いたりするのには十分役に立つ。現に(真祖)の注意が矢に集中している。
勝人はブーストをかけ、音速を越える矢と同じくらいのスピードで回り込む。
魔力が動く(魔法を使う時など)と、周囲に漂っている魔力・魔素が振動し、波となって伝わる──つまりは魔力波が発生し、接近を気取られない様、ギリギリまで魔法を使わない。
振った剣が相手に当たる瞬間に魔法剣を使う。
タイミングは、バッチリだ。
矢を躱す、掴む、撃ち落とす──何をするにしても隙が出来る。そしてその刹那に、勝人の魔法剣が背後から襲い掛かる。
タイミングは、バッチリだった、はずだった────。
気付けば、高い天井を見上げていた。魔王城とは違って、魔法陣が刻まれていないソレを見上げながら、一瞬今まで何をしていたか考え込んでしまった。
すると、いきなり爆発音が鳴り響いた。急いで立ち上がりながら、先ほど起こった事を思い出す。
一閃の光が己に当たるのを気にも留めず、(真祖)は優雅に指を鳴らした。
その瞬間、凄まじい衝撃が躰を襲ったのだ。床や背後の壁は抉えぐれ、剣に込められた魔力はロウソクの灯火の如くかき消された。 そして勝人は後ろに……そう、背面跳びを失敗した様に頭から地面に叩き込まれたのだ。
──恐らく脳震盪を起こしたのだろう。回復魔法を使いながら、辺りを見回す。
『悪を貫き、聖なる道を創り導かん────』
「イグニファイトアローッ!」
「グ・ラ・ン・ド・イ・ン・パ・ク・ト!」
「…………はぁ!」
「蜂鳥ハチドリの舞い!」
どうやら気を失っていたのは数秒程度だったらしく、各々攻撃している様だ。
しかし……ミランナの生み出した光線やサラの火?の矢は、(真祖)の眼前で弾かれているし、ドラグリアの爪でも届かないし、グランの大地の衝撃に関しては(真祖)が宙に浮いてる為を最早論外。あとギリアヌスの刺突なんかは、ヒラリと余裕で躱されている。
(……俺でさえブーストをかけなきゃ躱しきれない刺突だぞ?)
明らかに相手は余裕綽々。と言うより、一度も攻撃らしい攻撃をしてないのにも関わらず、簡単にあしらわれている。
(……コイツは、余裕ぶっこいてる場合じゃないな。ひょっとしたら、全滅なんて事になりかねない)
勝人は覚悟を決めると、スイッチを入れる。
それは人間としての、勇者としての本能をフルに目覚めさせる事──言いかえれば、生物が無意識の内に設けているリミッターを解除し、取り払う事。
以前はブチギレたり、命の危機が迫った時に勝手に切り替わっていたのだが、幾度となく修行修行を積み、何時でも使える様にしたのだ。
ただしリミッターであるから、それを超えて使うのはオーバーヒート、体に多大な負荷を与えてしまうことになる。
……だが、そんな事を言っていられないだろう。
心臓が1度 トクン──と鳴り、カァァと体中が熱くなる。溢れ出す熱と力が、意識を高ぶらせていく。
「────ブースト、十倍」
途端に、全ての動きが急速に引き伸ばされていく。それに伴い、視界が暗くなっていく…………勝人にとっての光が目に到達するスピードが遅くなった為だ。
「うぐっ!?」
十倍────体の大きさが約10分の1の、例えば子犬何かと感じる時間が同じになっている。 つまりは犬の疾走が、人の腕を振る速さ並に見えたり、それと同じスピードで動ける速さだ。
筋肉など、体のあちこちが悲鳴を上げ始めるのは、当たり前。
その痛みを堪え、ほとばしる敵意や殺意を剣に込める。
「う、おおおおおぉ!!」
トップスピード、一瞬足が床にのめり込み──一気に駆け出す。
…………いや、数十メートルの距離を二、三歩ほどで行ったのだから、最早滑空と言っても良いかもしれない。
とにかく、その全スピードを使い剣を振る────とっさに身を捻り、進路を変える。
(真祖)からより離れるために。
……目が、合ったのだ。
犬の脚の回る速度よりも速く迫り来る勝人と、しっかりと目を合わせ、そして嗤わらったのだ、この(真祖)は。
「──────────くぉ───」
(真祖)は、何かを言っている。
「─────るぇ────く───ら──い─の速さで喋れば、汝にとって丁度いいのかな?」
そう言って、(真祖)は普通にこちらへ体を向けた。
「んなっ、馬鹿な……!」
人間にとっては余りにも速すぎる時の流れの中、(真祖)は楽しげに目を細めた。
「面白い…………さすが“女神の恩恵”を受けているだけある」
そう言って、ゆっくりと手を上げ──と言ってもかなり速いが──芝居がかった優雅な様子で、また嗤った。
「お前…………何を知ってる!?」
女神の恩恵……つまりはチート能力。そしてその事を知っているこの(真祖)、一体何者なのか。
「ふむ、吾輩はただの(神祖)に過ぎないが…………たぶん、汝が知らぬ事も少なからず知っているであろう」
勝人は、これまでずっと口にしてこなかった不安があった。それはすなわち、元の世界に帰れるのか? というものだった。
──勝人は、無言のまま剣を構えた。
「そうだ、それで良いのだよ! 知りたければ力を示す。この世の理だ──」
そして滑らかな動作で細剣レイピアを構える(真祖)。
「さあ──来るがよい。己の全てをかけて、力ずくで吾輩を従えてみよ!」
「言われるまでも無えっ! ……はぁぁぁああああ!!」
ブーストをもう1段階上げ、全力で跳んだ。
再度数十メートルの距離を一瞬で詰め、剣を振り下ろす!
──が、(真祖)は慌てた様子も無く、それを受け流した。
「うおぉっ!」
持って行かれそうになる体を、左足を一歩前に踏み込み、引き戻す。 さらに左前にある右手、剣を右上に振り上げる。
これも(真祖)は華麗に舞い、事も無さげに躱すと、急激にピッチを上げて刺突を繰り出してきた。
ギリアヌスと同じ位、もしくはそれ以上に鋭いそれを、サイドステップで何とか躱しきる。が、急な動きの変化に、明らかに反応が遅れた。
「ほぅ、今のを躱すか……汝の世界で言う“蝶のように舞い蜂のように刺す”をやってみたのだがな」
言う最中にも幾度も突きが襲い来るが、ギリギリを見極めて避け続ける。
「どうした、動きが鈍くなっているぞ?」
「う…………っるせえ!」
ブーストが徐々に解けて来ているのだ。……が、もう一度“ブースト”する。
「あああっ! 魔法剣『デトロイト・ライト』!」
隙を見て、吸血鬼の弱点である光属性の魔法剣を使う。
そこいらの屍喰鬼ならば、漏れ出した光だけで灰に還す事が出来る程の威力。だが────。
「ほう! ならば………魔法剣『ヴラッティ・ソード・レイ』」
真紅色の波がそれを飲み込み、迫り来る。
「うおぉぉぉおおおおおっ!!」
ソレを、最早“魔法”とも呼べない様な、“波が勝手に避けて行く”イメージでやりきる。
「何と!?」
「魔法剣『ドラグーン・サンダーボルト』!」
言葉を待たず、雷と衝撃波を叩き込む。
「────ふんっ!」
「んなっ──!?」
しかし、あのか細いレイピアで一刀両断されてしまう。
…………そして、とうとうその時が訪れる。
(くそっ、ダメだ……ブーストが!)
段々と周りの音が、はっきり聞こえて来る様になる。
また視界も明るくなり、何かを言う(真祖)の声も高く、早口になって行く…………。
「はぁっ、はぁっ……」
「────何だ、もう時間切れか」
「はぁっ…………くそっ!」
(動けよっ! もっと速く、もっと強く!)
…………自惚れではないが、勇者パーティの中ではやはり勝人が圧倒的に強い。
(────魔王の時と同じ様に、皆を逃がすか?)
しかし、もうそんな時間も余裕も無い。常に“魔法”で大気中の魔素を取り込んではいるが、とても間に合わない。
(このまま死ぬのか? 傷一つ負わせられないまま──)
勝人の目の前に、諦めの文字が浮かび上がり……。
(嫌だ…………そんなのは、イヤだ!
勝てなくても良い、死んでも良い。だけど……このまま何も出来ないまま終わるのだけは、絶っっっ対に嫌だ!!)
何かを、引き寄せる。宙に漂う魔素を、腹の奥底にある熱を……。
意識が薄れて行く──が、それと同時に確かに感じる……最期の、限界の力を。
「はぁっ、はっ──────!」
────ブチンッ
ナニカが、全部崩れて消えて無くなった。
「────!」
時が、止まる。
空中の埃1つ1つがピクリともしないのが見える。
…………いや、これはあくまでブーストだ。限りなく全てがスローになったのだ。
体中が燃えるように痛み、鼻血が吹き出た。あちこちの血管がブチブチと悍おぞましい音をたてながら切れ、到る所から出血している。
──しかし、それだけだ。
頭の中が真っ白になり、余計な考えが全て吹き飛ぶ。
「あ、あ……あぁあああああああ!!!」
もう、何も気にしない。ただ出せる力の全てを出し切る。
……構えも何も必要ない。ただ何も考えず、ただ本能のままに、ただ殺意のままに────駆ける。
「──っ!?」
光のそれに限り無く近い速さで、後ろから切り付ける──が、恐ろしいまでの反応速度で防がれてしまう。
…………だが、その(真祖)の表情から、どこか余裕の色が無くなっている。
「な──!」「がぁっ!」
発せられる言葉も待たずに、さらに回り込んで右下から斬り上げる。それがついに、(真祖)の頬に一線の傷をつけた。
(いける……!)
反撃が来るよりも早く、左手に持った剣で振り下ろす。さらに魔法で創り出した剣を右手で握り、体の回転を利用して横に薙ぐ。
そこで襲い掛かって来た突きを、跳び、後方に一回転し、躱す──そして足が地面と接した瞬間、剣をクロスさせ一瞬で接近。
防御の為に上げられたレイピアを左手の剣で抑えつつ、さらに踏み込みながら力を切先に集中させ、光線銃の如く突き刺す。
────が、それを華麗なバックステップで躱されてしまい、体制が崩れ、思わず蹈鞴たたらを踏む。
(真祖)がその機会を逃す筈がなく、蜂の様に鋭い突きを放って来た。
重心が前に向いた体を、半ば倒れ込む様にして躱そうとする。
「……う゛ぐああっ!?」
────何とか心臓からは外したが、右手が体から切り離された。
業火で炙られた様な痛みを我慢し、一瞬思考する。
腕を生やす時間も魔力も勿体ない。どうするか……。
(──いや、良い。このまま、行く……!)
結論は、特攻。この身朽ち果てようとも、この一撃は、決める。勝人は、考える事をやめた。
「──────ッ!!!」
…………もう自分で何を言っているのか、理解していなかった。
勝人は、体中から沸き上がってくる灼熱を左手に込め、ただそのまま、その手を振り下ろす────振り下ろしている途中から意識が急速に薄れ、剣が(真祖)の額に直撃し、物凄い轟音が鳴り響いた時にはすでに、完全に意識を手放しているのであった……。