TS月の巫女

「魔術とはなにか。その説明の前に、君は魔術というものに、どんなイメージを持っているか訊いても良いかな?」
「え……」
 
 突然訊かれても、そんなパっとは出てこない。
 
「そうですね……魔法陣や呪文を唱えて、火の玉を出したり……箒で空を飛んだり、ですか?」
「ふむふむ、では、その力はどこから来るものだと思う? どんな事象も、それが起こるにはエネルギーが必要となる」
「その人が持ってる魔力とか、大気中に満ちてたり……あ、悪魔とか?」
 
 そこで楡木は人差し指を立てた。
 
「その通り! 正確には、魔術で呼び出した存在にだけど。魔術の本質は、超常たる存在を呼び出し、その恩恵を受けることにある」
 
 ってことは、映画でたまに見る悪魔召喚こそが、魔術ということなのか。
 
「じゃあ次の問題だ。君が『悪魔』と呼ぶ存在。この正体は一体何だと思う?」
 
 これまた難しい質問だ。
 コミックやアニメなどはよく読むが、明確に悪魔として描かれるそれらの正体はよくわからない。
 
「地獄とか魔界に住んでる……山羊の頭を持ったやつとかですか?」
 
 そう答えると、楡木は可笑しそうにクックックと喉を振るわせて笑った。
 
「なんですか、馬鹿にしたように笑って……」
「いやすまない、実に様々な宗教感が混ざっていて、日本人らしい答えだなと思ってね」
 
 そういえば地獄って、仏教用語だっけ……。魔術、悪魔というからには、確かに世界観が違うのかもしれない。
 楡木はたっぷりと笑って一息ついた後、もったいぶるようにその正体を答えた。
 
「悪魔とは即ち――神だ」
 
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「魔術の始まりは、まあはっきりとわかっている範囲で言うと、古代エジプト文明に遡る。その頃はまだ、神を召喚して力を借りるなんて概念はない。なぜなら彼らの王、ファラオこそが神の末裔とされているからだ。日本の天皇と同じような存在だね。
 しかし確かに、魔術の基礎はそこにあった。天文学、占星術、哲学……はたまた占いであったり、呪術であったり。様々な学問・思想に共通して、何らかのエネルギーを得ようとした。
 それから時代は流れ、古代ギリシャ神話にローマ神話、そしてユダヤ神話といった神々の物語が人々によって語り継がれ、人々はそれらの神から力を借りようとした。
 
 さて、ここで登場するのはキリスト教だ。
 君も知っているだろう? イエス・キリストと呼ばれる男が、我こそは神の子、預言者だと言って旅をして、殺された歴史を。
 まあイエスの話はどうでもいい。問題は紀元よりあと、ローマ帝国がキリスト教を国教と定め、それまで各地で信仰されていた神々を悪魔と定義したことだ。
 
 ところで河童を知ってるかな。川に住んでいる緑の化け物だ。頭には水が入った皿を乗せ、キュウリが大好物で、人間の尻から尻子玉というものを奪っていくやつだ。
 あれが実は低級な川の神だったというのは?
 
 ――ほう、知っているのか。ならば話は早い。
 神聖なる神々も、人に仇なす部分だけに着目され、その呼び名を変えられることを。呼び名とは大切だ。神とは不変的かつ絶対的な存在ではなく、人間によって名……すなわち形を与えられた存在なんだ。
 観測による存在の証明。あまりにも人間にとって都合の良い論だから好きになれないが、まさに神々とは観測者によってその姿、名前、力を大きく変える存在なのだよ。
 
 神には様々な面がある。時には相反するような物事を象徴することもある。それは、神を観測する人間たちによって好き勝手に能力を押し付けられているともいえる。
 
 さて、話を戻そう。
 魔術とは、キリスト教によって悪魔とされた古き神々を呼び出し、その力を借りることだ。
 ……君は初詣なんかは? あまり行かないのか。非国民だねぇ。
 いやすまない、また話がそれた。日本人が神社に行って、手水舎で心身を清めて、お賽銭という生贄を捧げ、鈴を鳴らして神を呼び出し、願い事をする。
 まさにこれは魔術そのものだ。
 
 それだけじゃない。スマートフォンでソーシャルゲームをやるだろう? そう、ガチャだ。ゲーム内課金で代償を払い、運営によって名前を、形を、能力を与えられた存在を呼びだして、戦わせる。これもまた魔術に相違ない。
 
 ……要するに魔術はありふれているんだよ。
 いつでも、どこでも、だれでもやってる普遍的な行為なんだ。
 だが、実際にその存在を呼び出し、力を借りるのは簡単なことじゃない。まずまず成功しない。人々はその行動を行ったということに満足して、プラシーボ効果で願いを叶えたり、はたまた叶わなかったりする。
 
 だが、その方法は秘匿されながらも体系化され、再現性のある状態で語り継がれている。
 君は運悪く、その『本物』に遭遇した。まったく運が悪いね。怪しい教団が怪しい儀式をして、その生贄に選ばれる。これだけでも相当に運が悪いのに、その教団も儀式も由緒正しい本物と来た。最っ高に運が悪いね。
 
 だが、運がいい。不幸中の幸いだ。君は救われた。信じる者は救われるとはこのことか、はたまた信じていなかったから目を付けられなかったのか。
 本来ならば獰猛な悪魔に血の一滴まで啜られ、魂のひとかけらも残らず食らいつくされる運命にあったというのに、そんなことにはならなかった。
 
 彼らが呼び出した神の正体は割れてる。魔法陣を見れば誰でもわかる。あいや、魔術に精通してる者だけだけど。
 
---
 
「月の女神だ」
「月……あぁ」
 
 そうだ、月だ。あの儀式が行われた広場の天井には、立体的なステンドグラスが設置されていた。深夜だというのに、異様なほど月の光を取り込む構造のせいか、照明器具を付けているのかと思うほど室内は明るかった。
 
「魔法陣は、よくある五芒星や六芒星、カバラ十字ではなく、三角形≪トライアングル≫だった。それも下向きのだ。頂点にはそれぞれ新月、半月、満月を思わせる図形が描かれ、始まり、繁栄、死を表すルーン文字まで刻まれている。また陣の中央から三方向に延びる直線、即ち三叉路まで描かれている。どう考えてもギリシャ神話の月の女神が一柱『ヘカテー』を呼び出したとみて間違いない」
 
 楡木は、黒板にあの魔法陣を、まるでコンパスや定規を使っているかの如く正確な図形を、すらすらとフリーハンドで描いていく。
 
「月の女神、ヘカテー……」
 
 あの光は、あの存在が、僕を女の身体にした神の正体が、ヘカテー。
 
「だが、ここからが難しいところで、本当に呼び出されたのはヘカテーなのかがわからない」
「へ? え、でも今ヘカテーって……」
「まあ落ち着けよ。言っただろう? 神は多くの人々によって色々な名前、形、能力を与えられるって」
 
 楡木は、黒板に描いた魔法陣の三角形の頂点に、それぞれ『アルテミス』『セレーネー』『ヘカテー』と書き記した。
 
「ギリシャ神話において、月の女神は三柱登場する。
 銀の弓を携える処女性を象徴するアルテミス。まあ、もとからギリシャ神話の神ではなく、そこらの土着の神だったのを取り込んだらしいが。
 それからセレーネー。月そのものの神格化とされている。こいつは出産や母性を象徴する。
 そして、ヘカテー。最初こそ、セレーネーと同じく出産や成功を象徴する神だったが、時が流れると魔術や死を司るようになった。まあ元から月と夜を司る神だったからね。
 
 そんな三柱の神々だが、全て同一視されることもある。ヘカテーが司る三叉路、または移り変わる月相といった要素が、一柱の神が三つの面を持つと解釈されるようになった要因だとされる。
 ようするに、呼び出されたのがヘカテーをベースにしていることは間違いないが、最初期の綺麗なヘカテーなのか、後期の邪悪なヘカテーなのか、はたまたアルテミスやセレーネーが混ざったヘカテーなのか、そこまではわからないということだ」
 
 それにまだ問題があると、楡木は言う。
 
「儀式はまだ終わっていない。魔術儀式は、神さんに帰ってもらうまでが魔術儀式だ。だが、術者たちはみんな生贄として持っていかれ、残った君は意識を失った。途中参加のオレが終わらせることはできず、今もなお儀式は続いたままだ」
「そんな……」
「だがそこもまた不幸中の幸いだ。まだ儀式は終わっていない。神はそこにいる。事態を好転させてから終わらせられる可能性がある」
 
 そういうと、楡木は机の上に置かれていた、布にくるまれた何かを僕手渡してきた。麻布をほどいて広げてみると、それは儀式の最中、僕の腹を傷つけた銀の短剣だった。
 
「う……」
 
 嫌な記憶がフラッシュバックして呻き声が漏れる。
 
「儀式は反転した。術師が生贄となり、生贄が術師となった。この儀式を終わらせられるのも、終わらせる前に好転させられるのも、君しかいない」
 
 僕が、魔術儀式を……?
 
「ちなみにだが、放っておくとどんなことが起こるかわからないよ。何せこの世ならざる超常の存在が顕現してしまっているのだからね」
 
 僕の躊躇を読み取ったように、楡木は釘をさしてくる。
 
「安心しなよ。一流の魔術師たる俺がついているんだからさ。君は俺に言われるがままに事を成せばいい」
「あの……」
 
 畳みかけるように言ってくる楡木に不信感があふれ、思わず口を出した。
 
「これまでのことが本当だとして、楡木さん。あなたが僕を利用して、そのヘカテーの力を何かに使おうとしているという疑いを否定できますか?」
「ほう! そこまで気に掛ける余裕があるか。いや、それとも重なる不幸に疑心暗鬼になっているだけかな。まあ君がそれを疑ったところでどうしようもないことは確かだろう? 君は元の姿とはかけ離れた少女の姿になって、身分も証明できない。ここがどこかもわからない。頼れるのは俺だけ。悩む余裕は、君にはない」
「ぐっ」
 
 なんて奴だ。弁明もせず正論をぶつけてくるだなんて。
 でも確かにそうだ。楡木に下心があろうがなかろうが、僕には楡木を信じて儀式を終わらせることしかできない。
 
「わかった……とりあえずあなたのことを信じます、楡木さん」
「よろしい。では準備に取り掛かろう」
 
 無駄話はこれまでと言わんばかりに、楡木は手を鳴らした。
 
---
 
「魔術儀式の流れは、まあ団体・個人によって色々あるけれど、大まかには変わらない。身を清めて、魔法陣を描いて、魔法陣の中を聖域として、生贄を持って神を呼び出す。そして力を受け取り、神に帰ってもらって、場を元に戻す。
 今は力を受け取った段階だ。追加で贄を捧げて追加で力を借りるなり、逆に力を返すことで贄を返してもらうことも不可能ではない」
 
 買い物から帰って来た楡木は、コンビニの割引シールが張られたパック肉と、赤ワインを取り出し、それぞれ祭壇に供えていく。
 
「ただまあ、今回君が元の姿に戻ることは可能でも、すでに食われた教団のメンバーを吐き出してもらうのはあきらめた方が良い。もうそれは人間の形をしていないだろうからね」
「う……」
「だから今回は追加の贄を差し出して、君を元の姿に戻してもらうことにしよう。なに、そんなに難しい事じゃない。儀式が終わっていないということは、その姿は確定していないからね」
 
 それから楡木は、鞄から小さな天秤を取り出し、魔法陣の外側に置いていく。
 なおここまで、楡木は魔法陣の中に足を踏み入れることはせず、外側から手を伸ばしてすぐに引っ込めていた。
 
「さて、じゃあアサメ……短剣をしっかりと持って。それはなんちゃらポッターでいうところの杖だ。俺が言う通りに動かすんだ。
 本来なら儀式の初めは、神を呼び出すのに長い賞賛の言葉を唱えないといけないんだけど、もうすでに神はいる。だから必要ない。願うんだ。願って、願って、生贄と代わりに願いを叶えてもらうんだ。いいかい? 感謝の気持ちを忘れちゃいけないよ。相手の好意で願いを叶えてもらうんだからね」
 
 楡木の言葉に従い、魔法陣に描かれた三角形の頂点に、時計回りに短剣尾切っ先を向けていく。
 そして事前に言われていた「別に古代ギリシャ語でも、ラテン語でも、英語でも、日本語でもなんでもいい。神様は言葉そのものじゃなくて、言葉に宿った願いを読み取ってくれるからね。だから決まった文言もないし、素直に元の姿に戻りたいと言えばいいよ」という言葉に従い、願いを口にする。
 
「月の女神よ、月の女神よ、どうか僕を元の姿に戻してください。お願いします。この姿のままだと生活していけないんです」
 
 眼を閉じて、心からそう願った。
 
 
 ――願って、しまった。
 
 
「三枝君 ? どうしたんだい……っ!?」
 
 魔法陣をアサメで切り裂く。
 ニンゲンが、焦る声が聞こえた。
 眼を開く。
 
『お前か、私の巫女を唆す者は』
 
 問う。
 
「オイオイ、嘘だろ……まさか、これは魔術じゃなくて……」
 
 一歩、魔法陣から踏み出す。
 
「――『神降ろし』だったのか!」
 
 後ずさるニンゲンにアサメを突き付ける。
 
『もう一度問う。お前が、私の巫女を唆したのか?』
 
---
 
「くそったれ、魔術儀式が失敗したんじゃない。成功してたんだ。あいつらの目的は神の力を借りることじゃなく、神をこの世に解き放つこと!」
 
 身を翻し逃げ出すニンゲン。
 さっさと殺そうと、アサメを振るい光を飛ばす。
 
「うおっ!? あぶねぇ! ったく、神が相手だなんて冗談じゃねぇ」
 
 ニンゲンは意外と素早い身のこなしで、広間から逃げ出だそうとする。。
 このまま逃がすのも癪だ。
 
『三叉路の出現』
 
 ニンゲンの目指す扉が、三つに増える。
 
「ちぃっ! 『旅路の守護者、ヘルメスよ、我が道を開き給え !』」
 
 ニンゲンは魔法陣が描かれた紙を投げながらインヴォケーション を唱える。
 すぐに別の神の気配が現れ、私が増やした扉を無視し、元からあった外へとつながる扉に張り付いた。
 
『暗明』
 
 すぐさま置かれた蝋燭や、壁に設置された松明の火が消え、月の光を取り込んでいたステンドグラスが闇に染まる。
 ニンゲンの眼には、一瞬にして広間が暗黒に包まれたように見えるはずだ。
 しかしニンゲンはまるで見えているかのようにまっすぐに扉の方へ行き、何の迷いもなく開いて逃げて行った。
 
 それを追おうとして、すぐに咳込んだ。血の味が口に広がる。
 私の力に耐えうるよう作り替えた身体だったが、さすがに未だ馴染み切っておらず、権限を連続して使ったことによるダメージに耐えきれなかったようだ。
 
 ……仕方あるまい、今は休ませよう。
 
 私は巫女の肉体を横たわらせると、その体の奥に戻るのであった。
 
---
 
「はぁ、とんでもないことになっちまったなぁ」
 
 ……そんな声で、目が覚めた。
 楡木さんだ。
 
「お目覚めかい、お嬢ちゃん」
「あ……」
 
 すぐさま思い出した。
 僕が、楡木さんを殺そうとしたことを。
 
「今はしゃべらなくていい。というかそのまま眠っといてくれると助かるんだがねぇ」
 
 その言葉にあたりを見渡すと、場所は先ほどと同じ儀式の行われた広間で、僕は魔法陣の真ん中に寝かされていた。
 
 楡木さんは、チョークで魔法陣を書いている。
 書き直しているのか、書き足しているのか……。
 
「いったい、何を……」
 
 先の攻撃で懲りたらよいものを、まだ私の巫女を誑かそうとするのか。
 
「さて、準備終わりっと。悪いがアサメは取り上げさせてもらったし、力も封じさせてもらった」
「!」
 
 慌てて自分の身体を見ると、鉛でできた首輪に手枷もされている。
 
「さて、さっそく儀式を始めさせてもらう。せいぜいそこでおとなしく見てるんだな」
『ニンゲン、お前一体何を……!』
「『アテー』『マクルト』『ヴェ・ゲブラー 』『ヴェ・ゲドゥラー 』『レ・オーラム 』『アーメン 』」
『くっ……!』
「『栄光のアポロンよ、癒しの光を放つ者よ。我は汝に請い願う、その神聖なる力をもって、この苦しみを和らげ給え。闇を払い、健康をもたらす者よ。アポロン、癒しの神よ、我は汝を呼ぶ!』」
『あああああっ!!!!』
 
 熱い! 光が! 体が煮えたぎる!
 
「悪いが、返してもらうぞ。『太陽たるアポロンよ! 夜を払い、月を隠し給え!!』」
 
 真夜中のはずだというのに、ステンドグラスから真昼のように日光が降り注ぎ、広間を光の本流で満たしていく。
 
 ――あぁ、今は夜を明かそう。だが、夜は再び訪れる。太陽がなければ夜だ。夜こそが本質なのである。私は……。
 
---
 
「って言うのが今回のあらましだね」
「結局男に戻れてないじゃないですか」
「しょうがないだろう? そもそもの想定が違っていたのだから」
 
 月の女神は封じられた。
 完全に追い出すことはできなかった。それは僕がいるかららしい。
 
「君を生贄に月の女神を呼び出し、力を引き出そうとしたところ、儀式が失敗し、術師が生贄となって女神が降臨した。そして下向きのトライアングルにあるように、女性性に偏り、君の肉体は女になってしまった。それくらいだと思った。思ってた。だが実際は違った。
 奴らは端から自分たちを生贄にして、君という器に女神を降ろしたんだ。そこで君の肉体は女神の魂が宿るにふさわしい肉体に、巫女に変えられた。君はすでに半分人間じゃないということだね。
 だが、同時に人間でもあった。いきなり神なんていう大きなアプリケーションをぶち込まれても、とてもすぐには起動できない。だが、俺に言われるがままにアンインストールしようとした。そこで機能制限された軽量版で起動し、迎撃を始めた。幸運なことに、君の肉体は軽量版の力にも耐えられなかった。それこそコンピューターで例えるなら、CPU稼働率が100%に達して、ついでに熱暴走も引き起こされたような感じだ。
 緊急シャットダウンが起こり、その間に僕が太陽の神を召喚する準備をし、そしてあとは君も知る通りだ」
 
 僕の身体は、月の女神がいつでも乗り込めるようにチューニングアップされた上に、女神の力でエンジンがかかっている状態らしい。
 僕が生きるために女神の力が使われている……つまり、僕が生きている以上、女神もまたそこにいるということだとか。
 
「例えるなら、真昼の月ってことかな」
 
 とは楡木の談。
 
「残念ながら元の姿には戻れないわけだが……まあ、魔術を使って他人からの認識を阻害することはできる。
 ま、非術師にしか効果はないけどね」
 
 結局、僕は月の女神の力を抑えるアンクレット(魔術的には足枷らしいけど)と、周囲からの認識を阻害する指輪にチェーンを通して、ネックレスにして身に着けることとなった。
 
「今の君は生ける魔道具……それも国宝並の強力なやつだからね。おそらく他の魔術師や、超常現象に襲われることになるだろう。
 とりあえず、君を弟子にするから、毎日学校が終わったらここに来るように」
 
 渡された名刺には「エルム探偵事務所」と、駅近くの所在地が書いてあった。
 
「え、探偵なんですか」
「表向きはね。さ、子供はもう寝る時間だ。さっさと家に帰って寝なさいな」
 
 そうして、楡木さんの運転するおっさん臭い軽自動車に揺られて、その日は帰宅した。
 自室の窓から侵入し、姿かたちがまるで違う僕を、果たして僕と認識してくれるのか恐怖に震えながら両親に会ったところ、「あんたまだ起きてたの。早く寝なさい」とただそれだけ。
 ほっとしながらもようやく戻って来た日常に、そそくさとベッドにもぐりこむのであった。
 
 ……なお、月の女神の巫女の身体になったせいか、夜は一睡もできず、日中は眠気とダル気に襲われる悲しきモンスターとなっていたのだった。
			

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