ギャルゲーのヒロインの双子姉妹の妹に転生したけど、強制力が半端ない

「ほらぁ、起きないと遅刻するよ? 美夕」
「ふにゅ……?」

 ──現在七時三〇分。平日で普通に授業がある事を考えれば、起きるには少々遅い時間だが……

「う~…………すぅすぅ」
「って、寝るな~!」
「ううぅ……うるさいよ、美奈……」

 せっかく人が気持ちよく寝てるのに……

「もう! 今日から新学期なんだから……ほら、さっさと起きる!」
「むぅ……しょうがないなぁ」

 しぶしぶ、目を擦りながら体を起こすオレ。

「──おはよう、美夕」
「うん、おはよ……美奈」

 オレを起こしに来たこの少女は、坂本美奈 十五歳。常夏高校一年B組、出席番号三十八番。身長一四四・六センチメートル、体重四三キログラム。少々小柄だが性格は明るく、さっぱりハキハキしている。
 現在の服装は、ブレザーに、今年一年生である事を示す赤いタイはまだ着けていない様子。それと明るい、肩まである髪を右側でサイドテールにしている。

 ……何でオレがそんなに細かく知っているのかと言うと、何もストーキングしてだとか、恋人だからだとかではなく、一卵性双生児────俗に言う双子の妹だからだ。
 多少の前後はあるものの、身体的数値はほぼ同じ……さらには、事あるごとに「一センチ伸びた」だの「二センチ伸びた」と勝負し、互いの情報は知り尽くしているのだ。

 ちなみに、右にサイドテールをしてるのが美奈で、左にするのはオレこと美夕で、これがオレと美奈を見分ける目印だったりする。

 ……さて、こんな事を考えている間にも歯を磨いたり、制服に着替えたり、髪を結んだり準備は進む。

「「じゃ、行って来まーす!!」」

 そうして二人仲良く、手を繋いで元気よく登校する。
 ちなみに家から学校までは結構近く、それもオレが朝遅くまで寝ていられる要因のひとつだ。

 いつもと同じ風景を眺め、歩きながら考える。

 いつもと何一つ変わらない一日が始まった──と、思いたい。しかし今日は、今日からはこれまでとは決定的に違う日常が始まったんだ。。

「? ……どうしたの美夕」
「ううん、何でもないよ、美奈」

 どうしてそんなことが言えるのかというと……別には、未来を見通せる超能力者でもなければ占い師でもないが、実はオレには、前世の記憶があるからだ。
 しかもこの口調から分かるように、男だったのだ。
  今では自分の顔も思い出せないが、普通に学校生活を過ごし、一般企業に就職し、可もなく不可もない生活を送っていたのは覚えている。

 ……そんなオレが事故で死ぬその日までやっていた、あるゲームがある。

  もう名前も登場キャラもストーリーもほとんど忘れてしまったが(なにせ十五年前の、しかも前世の記憶だ)、よくあるギャルゲーだった事は覚えている。

 ────ここまで言えば、勘のいいヤツならもう分かるだろう。

 ……なんとオレは、ギャルゲーのヒロインの一人に転生してしまったのだ!!

 そしてそのギャルゲー、主人公が二年の二学期から攻略が始まる設定なのだ。
 オレ達姉妹は主人公の一つ下なので、つまり今日から主人公による攻略が始まるというわけだ。
 ちなみに、ゲーム内では主人公の幼馴染みの他で唯一、ゲーム開始前から主人公と仲が良いオレ達は攻略難易度は低めだ。

 元男として言わせて貰おう

 ──オレ達は、絶対に攻略されないぞ!!

「おっ、おはよう美奈、美夕」
「あっ、お兄ちゃん」「おはよー」

 おぉっと、いきなり主人公、登場だぁ!?

「どうした美夕? そんな警戒して」
「お兄ちゃん、何か今日の美夕おかしいんだよね」
「大丈夫か?」

 そう言って頭を撫でて来るお兄ちゃん。

 ……はわぁ、気持ちイイ♪


 ──────じゃなーい!!

「あー、美夕ばっかりずるーい! 私も私も~」
「はいはい……」

 苦笑いで美奈も撫でるおにぃ……主人公。
 ぐぬぬ、やっぱりかぁ!
 オレがこの世界がギャルゲーのだと確信したのは、小学生の頃だ。
 ゲームの中で、姉妹と主人公との最初の出会い…………小学二、三年の夏休みに大きな野犬に襲われている姉妹を、偶然通りかかった主人公が助け──姉妹が好意を持ち始める過去描写があるのだ。

 その時は本当に、ただ兄が出来た様な感じで、何となく一緒に遊ぶ様になったのだが…………ふとデジャヴを感じ、よくよく考え──そして気付いてしまったのだ。

 この世界が、ギャルゲーの世界であると!

 その日以来、オレはとにかく手を尽くした。
 出来るだけ主人公と会ったり、遊んだりしない様にしたり、高校も違う所に行こうとしたり……が、この世界の強制力は異常だった。
 家に閉じこもうとしても、美奈や主人公自身に説得され、結局仲良く遊んでしまったり、何となく嫌いになれないのと、美奈への対抗心から「美奈ばっかりずるーい!」なんて言って、おんぶしてもらったり、撫でてもらったり、遊んで貰ったり……

 ぐああああ!? 黒歴史だぁ!!

 高校については────現状を見れば分かるだろう。
 家が近いから登下校が一緒になることも多い。

「ところで二人は、部活入ってんだっけ?」
「ううん」「入ってないよ」「たしかお兄ちゃんも、どこにも入ってなかったよね?」
「あー、実は……」

 ────うん? この流れは……

「西園寺先輩の部活に入れられたんだよね……」
「えぇ~!?」

 あわわわ……これはマズイやつだ!!

「何部に入ってるの、お兄ちゃん!?」
「探求探究部って言う、活動内容が謎すぎる部活だ……」

 あ、美奈がアイコンタクトしてきた。

 ────よし、私達も入ろう!!

 やっぱりかぁ……オレがNOと送ると、美奈が信じられないモノを見るようにして来た。

 ──やっぱり、今日の美夕おかしいよ。どうしたの?
 ──────。

 まさかシナリオ通りに進んでいるからだ、なんて言えるはずもなく。オレは一人悩む…………


 そうこうしてる内に学校に着き、オレ達はそれぞれ自分のクラスへと別れた。
 自分の席について考え込んでいると、一人の少女が話しかけて来た。

「美夕ちゃん、どうしたの? 元気ないね……」
「あ、香織ちゃん……別にどうもしてないよ」

「うっそー、なんか悩んでる顔してる……あ、もしかして恋のお悩みですか!?」


 恋の悩み……案外そうなのかも知れない。
 たぶんこのまま行けば、間違いなくオレは強力な強制力によって主人公を好きになるだろう。
 そう考えると、ある意味恋の悩みと言っても過言ではないのかもしれない。

「えっ、本当にそうなの………?」
「っへ!? いやいや、違うよ?」
「うむ~ん、怪しいですにゃー」
「もう、本当に何でもないってばー」
「んー、無理してる感じもないし……ま、何かあったら相談してね」
「うん…………ありがとね」

 案外に周りのみんなに心配をかけていたみたいだ。
 ……よしっ、うじうじしててもしょうがない。
 前向きに攻略回避していこうか!!





《番外編》

 いつも姉ぶっている美奈に、ちょっとしたイタズラをした事があった。それは、家族で夕食を摂っている時の事だ。

「もぐもぐ……ねえ美奈、“イヌカイツヨシ”って知ってる?」
「なにそれ?」
「うんと……美奈は、おっきな犬と、その飼い主のちっちゃい子供と、どっちが力があって、強くて怖いと思う?」
「そりゃ犬でしょ」
「ところがドッコイ、その大きな犬に言う事聴かせて、自由自在に操る子供の方が怖いんだよ。───つまり、“犬を飼っている人は、とっても強い”ってことわざなんだよ。“犬飼強し”って」
「えぇ~、そうなの!? ねぇお母さん、ウチも犬飼おうよ~」
「なに言ってるの美奈、ウチはペット禁止って言ってあるでしょう? それに美夕も美夕よ、そんな嘘教えて…………いい? 美奈、犬養毅って言うのは昔の人の名前で、ことわざでも何でも無いのよ?」
「うなぁ! 美夕ひどーい!!」
「ふふ~ん、知らない方が悪いんだよ~」
「こら美夕! いい加減美奈をからかうのは止めなさい。……ほら二人とも、ご飯中に喋ってばかり居ないで、さっさと食べちゃいなさい」
「「はーい」」

 片やふてぶてしく、もう片や勝ち誇った様に。込められた感情は少々違うが、その息はぴったり揃っていた。





「じゃあ西園寺先輩」「これからよろしくお願いします」
「はい、二人ともよろしくね」

 ……さてはて、やっぱりと言うか何と言うか……オレ達二人は、ゲーム通り『探求探究部』に入部してしまった。
 っと、ここで部長の西園寺優香について、説明しておこう。

 成績優秀、容姿端麗、美しい黒髪は腰まであり、紫のカチューシャがミステリアス感を引き立たせる。
 その艶っぽい声色は男子共の耳を攻め。
 そのムッチリとした体付きは男子共の目を攻め。
 左目の所の泣きボクロが美麗さを醸し出す。
 上品な口元から紡がれる言葉は、多くの男子には辛辣で、逆に悦ばせている。しかし一部の男子と女子には優しい(色っぽい、誘う様な)口調なので、男嫌いなのではないかという噂もある。

 また、生徒会と敵対している事でも有名だ。
 なんでも生徒会長と『そう』いう関係があったが、西園寺先輩が変わらず何人にも手を出したため、生徒会長のハートが傷付き、それから(一方的に)仲が悪くなったともっぱらの噂だ。。

「それで先輩、結局ここって、何をする部活なんですか?」

 おっと、ここで主人公が当前の質問!!
 しかし、ゲームだったら今画面に三つの選択肢が出ているはずだ。


一、「ここって何をする部活なんですか?」

二、「たしか五人居ないと部活申請出来ないですよね?」

三、「帰ります」


 ……とまぁ、こんな感じだった筈。
 そしてこの一の選択肢を選ぶと……。

「うふふ……もちろん、性と愛を探求して探究する部活よ。……どう? さっそく探究しる?」

 そう、先輩が主人公を誘惑し始めるのだ。
 ……っと、たしかここでも選択肢があったな。


一、「え、遠慮しときます……」

二、「さっそくヤリましょう!!」

三、「帰ります」


「い、いや……遠慮しときます」
「あら、残念」

 よ、良かったぁ……もしここで三を選んでたら、お兄ちゃん取られ――って違う違う!!
 あっぶねぇ! また引きずられた!

 オレが一人で世界と格闘していると、

 ───コンコン

 ノックと共に、一人の少女が入って来た。

「あら、貴女は……二年C組の木村瑞希さんじゃない。どうかしたの?」
「あ、あの……私も入部させてくれませんか?」

 おずおずといった様子で申し出る少女に、主人公が不思議そうに話しかけた。
 
「どうしたんだ瑞希、お前家庭科部だったろ?」
「うふふ……分かってないわね、木村さんは貴方と一緒の部活に入りたくて来たのよ」
「ちっちちちちち違います!! ただ心配で・・・」
「おう、俺も瑞希が一緒なら嬉しいよ」
「な、ななな……!」

 あーあ、“幼馴染み”の木村瑞希が顔真っ赤にして、あわあわしてるよ。
 設定ではこの主人公、天然のタラシでお調子者だけど、いざと言う時にはかっこよく決める、ザ・主人公……なのだ。

「───じゃあ、これで部員は確保出来たわね」

 西園寺先輩がしたり顔で言う。あとは…………

「あとは生徒会が認めるかどうか、ですね」
「あぁ、それなら大丈夫」

 こんな活動内容もいまいちハッキリしない部活が承認されるのか。
 誰もが思っていった事を代弁する主人公に、さも当然とばかりに言う西園寺先輩が、ニヤリ――っと嗤って言うのだから嫌な予感しかしない。

「真奈美の弱味の一つや二つ、握ってないとでもお思い?」

 新堂真奈美、金髪縦ロールの生徒会長だ。

「「うわー」」

 黒い、黒すぎるこの人……

「西園寺先輩って……」「怖いね…………」

「聞こえているわよ? 坂本姉妹」
「「ひぃ!?」」

 おっかなすぎる!
 蛇ににらまれた蛙のように、恐怖の余り美奈と指を組んでくっついて震える。
 ──やはり体に引き摺られているようだ。だから別に私がビビリってわけじゃないんだから……!





《番外編》

 これはまだ、この世界がギャルゲーの世界だと気付いていなかった頃の話だ……
 その日は二人で近所の裏山に来ていた。
 裏山と言っても、ただは雑木林でしかなく。大人からしたらなんてことない林なのだろうが、当時のオレ達にとっては森と言っても過言ではない感覚だったのだ。

「みゆ~、ドングリどれくらいひろった?」
「うんとぉ、いち、にぃ、さん………じゅっこくらいかな?」
「え~! そんなに~!?」
「ふっふ~ん、わたしのかちだね!!」
「む~」

 そんな感じで、どっちがドングリを沢山拾えるか、何となく勝負していたのだが……。

 ──ガサガサ

「うぇっ!」「なにっ?」

 急に茂みがざわめき始めたのだ。

 ────グルルルルッ

「い、いぬ……」「かなぁ?」

『ワ゛ン゛!!』

「「きゃぁぁああああ!!??」」

 しかし出て来たのは、可愛いチワワ等とはほど遠い──大きな野犬だった。

 互いを抱き締め、震える……頭の中で逃げなきゃ逃げなきゃと思うのだが、二人揃って腰が抜けてしまった様で、ズルズルと這って後ずさる事しか出来なかった。

「ううぅぅ、こっちに」「くるなぁ……!」

 しかし野犬の方は言う事を聞く気が全く無いらしく──ジリジリと追い詰めて来る。
 
 グググッと後ろ脚の筋肉が一回り太くなる。

 もうダメだっと思い、ギュッっと目をつぶる――。

『キャウン……!!!』
「「え…………?」」
 しかし聞こえてきたのは、甲高い悲鳴だった。
 びっくりして恐る恐る目を開けると、見えたのは逃げて行く野犬の姿と。
 そして木の棒を持つ男の子の姿だった。

「二人ともだいじょうぶ!?」
「あ……」「う、うん」
「よかったぁ」


 ……これが、主人公と双子の姉妹の出会いである。
 それから三人(時に主人公の幼馴染を入れて四人)でよく遊ぶ様になったのである……。





 …………さて、時はとんで十一月。残り僅かとなったのは、二学期だけではなく、ヒロイン攻略もだった。
 すでに、血の繋がってないヤンデレ妹と、ツンデレ幼馴染みは攻略されている様で、時たま主人公と仲良く歩いているのを見かける。

「おっ………美奈、美夕、お待たせ」
「あ、お兄ちゃん」「おはよ~」

 ……残るヒロインは、なんとたったの三人。しかも、オレ達姉妹は同じタイミングで堕とされるので、実質は二人と言っても過言ではない。
 ちなみに攻略は、キスをもって完了となる。その点は十五禁ゲームだったので安心だ。

 なお最後の一人は、意外に思うかもしれないが、われらが探求探究部部長、西園寺優香である。

 噂にあった男性嫌いではないが、なんと彼女は極度の男性恐怖症だというのだ。
 彼女は幼い頃、父方の叔父に「暴力」をされたと言う壮絶な過去を持つ。そしてそれから、男と近づくだけで発作が起きたり、忌々しい記憶とともに穢れた自分自身を消し去りたいと、自殺やリストカットに走った時期もあったらしい。

 今でこそレズビアンとして名をはせている彼女だが、依然として心の傷は刻まれたまま。
 それゆえに彼女は、一度途中まで攻略し、その過去を聴き攻略を中断し、その間に他のヒロインを全て攻略し終わった後でないと攻略出来ないという──つまりラスボス的な人物なのである(?)

 ……さて、話を戻そう。

 時刻は昼前の十時。
 現在オレ達三人は学校ではなくて駅前に来ていた。
 おいおい、不登校か? ──まさか、今日は日曜日であるからして、不良行動では決してない。
 何を隠そう……そう、今日は何とお兄ちゃんとデートの日なのだ!!
 今日という日までをこれ程長く感じたことは無い。楽しみで昨日はなかなか寝付けなかった。



 ――――じゃないっっっ!!

 ハッと正気に戻ったオレは思わずうなだれた。
 も、もうダメかもしれない……以前はゆっくりと進んでいた“美夕化”だが、オレ達の攻略が始まって一気に進行してしまった。
 
 だってほら、そう言う今もお兄ちゃんから目が離せない……はぁ、普段マヌケなのに、いざと言う時は格好いいんだからずるいよなぁ……。



  じゃ、な、く、て!!

 ううぅ……わかってる。
 原因は、主人公にのみ見る事を許されたパラメータ『好感度』。
 この二ヵ月の間にあったイベントを経て、確実にオレ達の好感度は上がっている。

 好感度的にもシナリオの流れ的にも……たぶん今日中に攻略されてしまうだろう。
 ……けど私的にはお兄ちゃんとなら、良いかな……。



 だ か ら チ ャ ウ っ て ! ?

 しかもだ、オレが抱える問題はもう一つある。
 昨日の夜のことだ……。





「「ねぇ、美夕「美奈」あっ……」」 

 時刻は十一時、薄暗い部屋の中二人でベッドに潜って、向かい合っていて。
 ずっと話そうと思っていたことを切り出すと、声がかぶった。

「お、お先にどうぞ……」

 ひとまずは譲る。

「うんとね、美夕……お兄ちゃんの事なんだけどさ……美夕は、お兄ちゃんの事、どう思ってる……?」
「…………」
「あーうん、やっぱり大丈夫。言わなくてもわかってるから……美夕が、私と同じくらいお兄ちゃんの事好きだってことは」

 美奈……。

「私……恐いの。私、美夕の事もお兄ちゃんの事も、とっても好き。……だけど、どっちかを選ばないといけないだろうなって。ずっと前から気付いてた」
「そんな……っ!」
「もちろんお兄ちゃんが、どっちを選ぶか……どっちも選ばないのか、それは分からないけど。告白すればどの道、誰かが傷付く……私、それが恐いの」
「み、美奈、わたし……」

 ───あぁ、なんて事だ。オレが自分の気持ちに蓋をしてうだうだ悩んでいる間に、美奈は自分の事だけじゃなくて主人公やオレの事まで考えていたんだ。
 
 ……自分が恥ずかしくなった。前世の記憶があるのと、ゲームのストーリーを知っていることからか、いままでどこか、美奈に対し優越感を覚えていたのかもしれない。

「……美奈、覚えてる? 三個のプリン、最後の一個をどっちが食べるかで喧嘩したの」
「え、え……?」
「あとほら、二段ベッド買ってもらえそうになった時に、どっちが上で寝るか喧嘩したり……」

「うん、プリンは半分ずつ食べて、ベッドは結局、ちょっと大きいサイズのを買ってもらって、一緒に寝てる」

 戸惑いながらも、美奈は答えた。

「……私達さ、つまんない事でいっぱい喧嘩したけどさ、最後は…………どっちかが勝つとかじゃなくて、二人とも満足のいく様になったじゃん」
「……うん」
「だからさ、きっと……今回も大丈夫」

 それは自分自身に対する言い訳だったのかもしれない。
 でも、美奈を元気づけたい一心でオレはそんなことを言った。

「美夕……」
「――ほら、そんな顔しないで。……大丈夫、何とかなるよ。だから」

 一旦そこで切り、オレは満面の笑みを作って言った。

「明日は、一緒に楽しもう!」





 ――うん、オレ何言っちゃってるんだろう。
 楽しもうって……楽しんだらダメでしょ。好感度下げなきゃ。
 あくまでオレの最終目的は、オレも美奈も攻略されない事。

 ……今日のデートで、今まで建ってきたフラグを全部へし折ってやる!!





 まず、映画を視た。
 私と美奈は恋愛モノを視ようって言ったんだけど、お兄ちゃんは私達が動物モノが好きなのを見破って、「俺が見たいんだけど、付き合ってくれない?」なんて言って、結局ゴールデンレトリバーの映画を視た。
 私達が号泣(大きな声は出してないよ?)してる間、お兄ちゃんはアクビを噛み締めて、最後まで一緒に視てくれた。

 次にお洒落なカフェに入った。
 私達が大人ぶってブラックコーヒーとモンブランを頼んだら、お兄ちゃんがトイレに行った。
 まったく、デリカシーが無いんだから……なんて美奈と話してると、お兄ちゃんが戻って来た。

 そしてしばらく待って、運ばれて来たのは甘いカフェラテとショートケーキだった。

「あーすみませんお客サマ、間違えてしまいました」
「いえ、きにしないでください……二人とも、これで我慢してくれないか?」

 ……あまりにお兄ちゃんも店員さんも棒読みだったから、思わず美奈と顔を見合わせて笑っちゃった。

「次からは」「気を付けてくださいねー」

 なんて私達も棒読みで言ったら、店員さんは微笑ましそうに「はい」って言って、奥へ戻って行った。
 ……きっと、トイレに行くって言って、本当はこっそり店員さんに頼んだんだなぁ。

 
 その後も服を見たり、アクセサリーを買ったりして、時間を潰す――。



 その内、クレープの移動販売を見付けた私達に、お兄ちゃんがプレゼントしてくれる事になった。

「じゃあすぐ戻って来るから、そこのベンチで待ってて」
「「うん!」」

 ……そこで、わた、オレは、深呼吸をして覚悟を決める。

 姉妹攻略最後の鍵は、これから起こるイベント…………不良に絡まれる事なのだ。

 今までことごとく失敗してきた、ストーリーへし折り。ここでキメないでいつキメるってよ!
 両頬をぺちんと叩いて、オレはフンッと息を吐いた。

 と、そのタイミングで足音が近付いてくるのに気が付いた。

「ねぇ、そこの君たち……今暇?」
「俺達とあそびにいかね?」

 来た!

 オレはこの日のために、この日の為だけに全力を注いできた。
 道場に通ったりするのは、幼少期イベントをこなせなくなるので出来なかったが、図書館で本を借りて、暇のある時にコツコツと一人練習してきたんだ。

 男達の片方が、一歩こちらに歩み寄るのを見て、オレは美奈の前に出た。

「み、美夕!?」
「心配しないで、美奈」

 ……そんな悲壮感満載の顔をしなくても大丈夫。オレが、護るから。
 主人公の手は煩わせない!

「ほら、あっちいこうぜ」

 予想通り、男はそう言ってオレの左手首を取ってきた。

 ……大丈夫、あんなに練習したんだ。

 オレはフッと息を止めて、幾度となく繰り返した動きを再現した。
 左脚を軸に、右脚を大きく円を描くように回し、相手の右側に回り込み、相手の右手首を上から掴む。
 そして剣を振り上げるように両腕を上げ────クルリと一八〇度右回転。この時点で男の腕は、折りたたんだ手羽先みたいになっている。

 そうして最後は、面!!

「うがぁあ!?」

 ドタバタという音とともに男が崩れ落ちる。
 決まった、四方投げ──合気道の基本技だ。

 そして唖然とする美奈ともう一人の男。が、すぐに顔を真っ赤にして「何しやがるこいつ!!」と殴りかかって来た。

 オレは慌てることなく構え、息を合わせる。

 前もって左脚を左側にやり、男が拳を伸ばすのと合わせて、右脚をよせる。
 その時に、その腕の──手首を掴み、先程と同じように右回転。
 左側を継足して──。
 右脚を踏み込みながら、相手の小手を内から外へ返す!!

「いでででででっ!?」

 そして男は、綺麗に地面に叩き込まれた。
 ──小手返し、これもまた合気道の基本技だ。
 ……うめき声をあげながら起き上がる不良達。。だが、こちらの勝ちだ。

 すぅぅぅぅぅっと息を吸い込み――。

「きゃああああ! 誰か助けてぇ!!」

 男達が行動を起こす前に、こちらからアクションを起こす。
 そう、オレが次にとった行動は女らしく悲鳴を上げることだった。

 男二人、さらには美奈までも口をポカンと開けている。
 
(え? 投げ飛ばした張本人がなに悲鳴上げちゃってるの?)

 そんなところだろう。だが徐々に集まってくる群衆に、流石の不良達も自分達の方が悪いと思われると思ったのか、悪態をつきながら去っていった。
 そして慌てて駆け寄ってくる美奈。

「みみみみ美夕……い、今のって?!」
「合気道だよ。もしもの時の為に練習しといたんだよ」

 まぁ、今日この時の為だけに練習したので、半分は嘘になるが。



 ……これで、オレは最終目標を達成したのだ。それは「ボコボコになりながらも助けてくれた主人公に、姉妹そろって完全に墜ちてしまうのを防ぐ」というもの。

 ────この勝負、オレが貰った!!



 「おーい! 二人とも大丈夫かー!!」

 おっと、ようやく使えない主人公が急いでやって来た様だ。

 ――ちなみにゲームでは、最初の方からガヤの中に西園寺先輩がいて、主人公にこの事態を伝える事で主人公が駆けつけるシナリオだ。だが……むふふ、残念だったな! お主の攻略は失敗に終わったのだよ!!

 内心ほくそ笑み、ドヤ顔で主人公を迎えようとする。

「…………ふぇ」

 あれ? おかしいな、急に膝に力が入らなく……。

「お、おい美夕、大丈夫かっ?!」
「だ、だいじょ……ぅ…………」

 急に襲いかかってくる恐怖心に、視界がボヤけていく。

「お、おにいぢゃん、おぞいよぉ」

 あ、ダメだ。涙が抑えきれない。
 ギュッと抱き締めてくれるお兄ちゃん。
 ……暖かい安心感が、私を優しく包み込む。

「ごめんな二人とも。俺が早く来てやれなかったばっかりに、恐い思いさせて……」
「ううぅぅ」「おにいちゃんんんん」

 美奈も涙を浮かべてお兄ちゃんに抱きつく。

「これからは俺が絶対に護ってやるから。だからもう、安心しいてくれ」



 あぁ……結局、この世界の強制力には勝てなかった様だ。
 本当、これじゃあ一人で頑張って合気道練習したの、無意味だったって事じゃん。
 
 ……あいや、もしお兄ちゃんがこれから浮気した時に、投げ飛ばしてやるのに使えかも。なんて。
 そんな事を思い、左頬に美奈が。右頬に私が、同時に唇をつけるのであった――。





《番外編》

「お兄ちゃん!」「これ!」「「どういう事!?」」
「うわっ、美奈! 美夕! いつからココに!?」
「あらぁ、坂本姉妹じゃない。どうしたの?」
「「どうしたの? じゃありません!!」」
「西園寺先輩!」「お兄ちゃんをたぶらかさないで下さい!!」
「あらあら、恐いわねぇ」

 まったく、昨日からなんか態度がおかしいと思ったら、早速次の攻略に移ってるととは!
 ほんっと――。

「「お兄ちゃんサイテー……」」
「ち、ちがっ……誤解なんだ!」
「あら? 私とのデートの話はどうなったのかしら?」
「優香先輩は黙ってて下さい!!」
「い、いま……」「下の名前で……!?」
 
「「お~に~い~ちゃ~ん~!?」」
「ちょっ、ま、うわ、美夕まって!」
「問答無用!! …………おりゃあ!!!」
「それ痛いヤ……うぎゃぁあああ!!??」





 ──────ちゃんちゃん、ってね♪
			

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